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HIRUKO  作者: 月岡 あそぶ
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HIRUKO ウラ篇 其の壱 イソラ

「イソラ。急だが、今からサラスヴァティと共にお前の家に寄るからな」

 部活も終わり、帰り支度をしていたイソラにヒルコが声を掛けた。


「えっ?何でいきなり?・・・・・・」

 ヒルコからの突然の申し出に、イソラは焦った表情になった。

「ぼ、僕の所、ここしばらく掃除もしてないし・・・・・・伯母さん達にも何も言ってないし、ええっと・・・・・・」

 足元を見ながら、もごもごと言葉を濁す。

「馬鹿者。彼女を家に呼ぶんじゃないんだ。汚かろうと何だろうと構わん。それに、お前が伯父の家で酷い扱いをされている事は聞いている。だいたいお前の部屋とは、伯父の家の裏手にあるボロボロの倉庫の二階だろうが。とても部屋と呼べるような代物ではないとハクが呆れていた。

 それに、誰が訪ねて来ようようが伯母達は気づきもせんだろう。

 というより、あ奴ら、お前の事に関心なんぞない。関心があるのはお前の奨学金がいくらかを計算するときぐらいだ・・・・・・

 だから、つまらぬことを気にせずにさっさと案内しろ」

 ヒルコはくいっと顎をしゃくり、イソラを促した。


「えっ?何でそんな事知ってるの?」

 ヒルコと並んで歩きながら不思議そうにイソラが尋ねた。

「ウチには便利な狐がいてな・・・・・・名前はハクという。今度来たら紹介してやろう。お前を探し出したのもアイツだ。失せ物探しにはめっぽう強い」

「狐が?・・・・・・探し物をするの?それって、ヒルコのペットなの?・・・・・・」

 ヒルコはクスリと笑った。

「そんなものだ・・・・・・でもアイツの方が私より先にジジイに拾われているからな。本当は兄貴分のはずなんだがな・・・・・・」

 イソラはよく解らないという風に小首をかしげた。そして、自分も秘密を打ち明けるようにそっと言った。

「僕のとこにはね、犬がいるよ」

「犬?」

 イソラの目が嬉しそうな輝きを放った。

「昨夜の事なんだ・・・・・・」


「ヒルコ~!イソラ~!」

 校門の所でサラスヴァティが手を振り、大声で二人を呼んだ。

「さっき、ダイキが通りかかってね。イソラのトコ行くって言ったら、一緒に行きたいっ!て叫んでたけど、アナスタシアと、爺やサンに首根っこ掴まれて引っ張っていかれたの。あの情けない様見せたかった~ホント可笑しいったらありゃしない」

 サラスヴァティは、先ほどの光景を思い出し笑った。

「アイツの自業自得だ。甘い夢の世界に騙されながら精気を搾り取られれば良い。そうすれば少しは大人しくなるだろう」

「いやいや、今までさんざん搾り取られながらもあの状態なんだから無理なんじゃない?でも、騙されてって、本当はダイキは美味しい思いはしてないって訳?」

「多分な・・・・・・夢うつつで見た幻を本当だと思い込んでいるだけだろう」

「哀れ~」

「もしかしたら、大きなお屋敷だと思ってる場所も墓地だったりして・・・・・・」

 サラスヴァティとイソラは恐ろしげに顔を見合わせた。


「話を元に戻すが、昨日何があったのだ?」ヒルコがイソラに話を振った。

 再びイソラの目が輝いた。

「昨日、夕食を取りに行くために伯父さんの家の裏口に行ったらね」

「何?食事を取りに行くために裏口って?」サラスヴァティが怪訝な顔をした。

「コイツは伯父の家の居候だ。食事もろくろく与えられていない。与えられるのもまるで残飯。犬猫やイエティの餌のほうがマシだと聞いている」

「えっ!ひっど~い!訴えるなら力になるから!いつでも言って」サラスヴァティの頬が怒りで赤く染まった。

「う、うん。ありがと・・・・・・」気弱げにイソラが頷く。

「もう~シャキッとしなさいよ!そんなんだからアンドリューなんかに虐められてんのよ!」

「で、でも・・・伯父さんに迷惑かけてるのは事実だし・・・でも、この前、学校の警備員さんに助けてもらった時にも、同じような事言われた・・・・・・」

 前髪を引っ張りつつ益々消え入りそうな声で呟く。

「誰が見たってそう思うわよ!男なんだからもっとシャンとしなさいよ!」

 サラスヴァティは、イソラの背中をバンッと叩いた。小柄なサラスヴァティの一撃にも簡単によろけ、ゴホゴホと咽せかえる。

「だって、僕。サラスヴァティみたいに頭良いわけじゃないし、ヒルコやダイキみたいに強いわけでもないし・・・・・・」

 そのウジウジとした態度にいらつきを隠せずヒルコが再び口を開いた。

「もういい!それでどうした・・・・・・」


「置いてあった食事を取って、倉庫の二階に上がろうとしたら階段の下に何かがうずくまってたんだ。すごくびっくりして怖くって、すくんで動けなくなって・・・・・・

 でもね、それがさ、ゆっくり近づいてきて僕の手を舐めたんだ。綺麗な銀色の大きな犬でさ、甘えた声を出してじゃれてきて。しゃがみ込んだら今度は顔をペロペロ舐めてきたんだ。

 それにね!その犬は、僕が昔助けた犬だったんだよ!」弾むイソラの声を制しながらヒルコが尋ねた。

「野良犬などそこらに沢山いるだろう。なぜそうだと解る?」


「だってヴォルフは、見たらすぐ解るよ。

 僕がまだ初等学校ジュニアスクールに通ってた頃、あの日は珍しく大雪が積もってた。寒さで震えながら、少しでも早く学校から家に帰りたくって、近道して公園の植え込みの中をつっききってたんだ。

 今でもチビだけどさ。あの頃はもっと小さくて、獣道みたいな所もスイスイ通れたから。

 でも多分、大人だったら通るのも難しいと思う。それに大体、そこに道があることも解らないと思うよ。

 そしたらさ、そこの途中にある、僕がこっそり作った秘密基地の所に何かが倒れてたんだ。その上に、もうすでにうっすらと雪が降り積もってて、最初は何なんだか解らなかった。恐る恐る近づいて見てみたら銀色の大きな犬だったんだ。

 もの凄い大怪我をしてた。左耳から胸の所まで何かでザックリ切られてて、頬の傷口からは歯が覗いてるし、胸の所なんて大きくえぐれて肉や骨が見えてた。あたり一面に、いっぱい血が拡がってた。

 最初、全然動かないから死んじゃってるのかと思ったけど、少しだけ胸が上下してて・・・・・・

慌てて、秘密基地にあった段ボールや布きれを持ってきて手当てしようとしたら、急に頭をもたげて、もの凄い勢いで僕に噛み付いてきたんだ・・・・・・ほら」

 イソラは制服の袖をまくり上げた。

 そこには、引き攣れながらも今も残る噛み跡がくっきりと残っていた。

「でもね、逃げようとした僕が痛みと恐怖で転んでしまって、わんわん泣いてたら、何か暖かいモノが頬に触れた。

 恐る恐る目を開けたら、その犬がヨロヨロしながら立ち上がって僕の頬を舐めてた。

 びっくりして目が合ったら、ごめんねっていう目をしてた。

 笑わないでよ。本当にそんな目をしてたんだから。

 何故だか、噛まれた傷の痛みが嘘みたいに消えて行って。

 でも、それからすぐに力尽きたみたいでバッタリ倒れちゃってさ。

 慌てて、体の下に段ボールを敷いたり、傷口に布を蒔いたり。そして、何とか木の板で雪よけを作って。

 それからは、毎日餌を運んで、家からこっそり持ち出した消毒薬で傷を消毒したんだよ・・・・・・

 まだあの時は、僕の親も生きてて・・・・・・

 でも、僕の家は食べ物を扱うから動物を飼っちゃいけないって言われてたから、両親にも内緒で世話してたんだ・・・・・・


 ヴォルフって名前をつけて。呼んだらちゃんと自分の事だって解って返事もしてくれるようになって。

 それなのに、少し元気になったかなって思ってたある日、いきなりいなくなっちゃった。

 あちこち探し回ったけど何処にも居なかった。生きてるかどうか心配で心配で・・・・・・

 ずっと探し回ったんだよ。

 でも見つからなかったんだ・・・

 だけど、昨日の犬は絶対にヴォルフだよ。僕の傷が残ってるように、あいつにもあの時の傷が残ってた。それにヴォルフって呼んだら、僕の目を見てちゃんと返事をしたんだ」


「それで、その犬はまだお前の所にいるのか?」

「ううん、夕べは僕の足元で寝てたんだけど、今朝起きたらいなくなってた」

「そうか・・・・・・」ヒルコはしばらく考え事にふけっている様だった。


「本当にボロボロだからびっくりしないでね」

 倉庫の階段の下で、イソラが恥ずかしそうに言った。

「でも、初めて人が尋ねてきてくれて凄く嬉しい・・・・・・」小さな声で呟く。

「私も男の子の部屋にお邪魔するの初めて。ちょっと緊張」サラスヴァティは、ギシギシと音の鳴る階段を慣れた様子で上るイソラを見上げながら言った。

「これは、これは、聞いていた以上の部屋だな」

「ホント、虐待よこれ」

「だから、イヤだって言ったのに」

 言葉を続けながら、サラスヴァティとヒルコは部屋の隅々を覗き込み始めた。

「何やってんの?」

「あまりに酷い部屋だから見ているのだ。これでは冬などすきま風が入って寒かろう。今度、ハクに直させてやろう」

 眉をしかめ、ヒルコが軽く唇を押さえながらイソラを見た。イソラは慌てて話を変えた。

「もう慣れたけどね。そういえば、サラスヴァティは吹奏楽部だよね。今、練習大変なんだよね」

「そうそう、今度コンクールがあるから絞られてて。

 特に今度の優秀校には、七年に一度しかない大祭の、奉納演奏をする栄誉が与えられるから、先生達が俄然張り切っちゃって大変よ。神の御前で少しでもいい演奏をしなければって・・・・・・」

「この部屋では、せっかくサラスヴァティが持ってきてくれたお菓子も美味しくいただけんな。少し外の風に当たりながら食べるとしよう。邪魔したな」

 ヒルコは、サラスヴァティに目配せをするとサッサと部屋を出て行った。

 イソラも鞄を置いて二人の後を追う。

「もう、いったい何なんだよ。訪ねるだの、邪魔しただの・・・・・・」イソラは、何が何だかわからずに少しむくれた表情になった。


 早足で歩く二人の足が止まった。サラスヴァティは歩道の脇の柳に隠れるようにもたれかかり、鞄からノートを取り出した。

「此処とここ。この入り口のトコもね」さらさらとイソラの部屋の見取り図と×印を描く。

「何?それ?」

「以前、お前の鞄に盗聴器が仕掛けられていただろう。あの時、サラスヴァティが確かに取り出したはずだったのに、今日再び反応がでたのだ。

 それで、もしかしたらお前の部屋にも、と。ざっと反応をしらべてみたらこれだけの反応があったというわけだ」

「何で、僕にそんな物が仕掛けられるわけ?」イソラは怯えた表情になった。

「私のせいか。お前の過去の出来事に関することか・・・・・・」

「ヒルコがどういったわけでヤバいのかは知らないけど、もしもヒルコに関わる事なら、親密に近づいてる私やダイキにも仕掛けられてもおかしくない。でも、それがない・・・・・・ならば・・・・・・」

 イソラは益々怯えた表情になった。

「多分お前自身。

 お前の過去に関することだ・・・・・・

 お前の事を聞かせてもらおう」

 ヒルコの目が光った。


 



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