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HIRUKO  作者: 月岡 あそぶ
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HIRUKO ウラ篇 其の拾肆 イソメ

近未来。人々の愚かな行為により、一度は終焉をむかえた世界。


地上に降臨した神によって作られた、7つの都市の一つに住む十三歳のイソラ。


そんなイソラの通う学校に、ヒルコという不思議な力を持つ少女が転校してくる。

神や妖魔。様々な能力者の思惑がからみつつ、学校から始まった闘いの舞台は拡がっていく。


近未来を舞台に、神と人、妖魔に巨大企業の思惑も絡んで進むダークファンタジー。

 板敷きの部屋の中央には囲炉裏が切られ、自在鉤に掛けられた鉄瓶がシュンシュンと湯気をたてる。

 

 その囲炉裏の端で、ハルの大きな身体にすっぽりと包み込まれるようにしてイソラは眠っていた。

 

 ハルの毛むくじゃらな手が、優しいリズムを取りつつイソラの背をトントンと叩く。


 赤子のようなその様を、ヒルコは禍々しいものでも見るかの様な顔つきで見下ろしていた。

 「この軟弱者が!」

 魂の奥底まで凍りつかせるような冷たい一声。

 イソラはびくりと反応し、怯えた眼でヒルコを見上げた。


「貴様、なんだその様は。いい歳をして恥ずかしくはないのか・・・・・・」

 言葉や視線に込められた強い非難の調子。それを敏感に感じとったハルはたくましい腕により一層力を込め、慌てて起き上がろうとしたイソラを自分の方へと抱き寄せた。

「ウプッ・・・・・・ハル、く・苦しいってば・・・・・・」

 その腕に抗おうとするも、なす術もなく赤子のようにただ抱え込まれる。そんなイソラの非力な様に、ヒルコは益々苦虫を噛み潰したような顔つきになった。

「ハル・・・・・・お前のその愛情はイソラを駄目にするだけだぞ。わかっているのか?」

 その意味を真に理解しているのか、していないのか。ハルはイソラの体を再びしっかりと抱え、ヒルコに向かって抗議するかのようにホォッホッと声を発した。

「お前は、本当に・・・・・・」

 様々な感情が綯い交ぜになったような表情が、ヒルコの顔に一瞬浮かんで消えた。そして、諦めたように肩の力がふっと抜けた。

「もういい!これからダイキの所へ行く。お前達も来い!」ヒルコは、ハルのその愛情に満ちあふれた視線から、一刻も早く逃れたいと言わんばかりに背を向けた。




 ダイキ達のいる座敷の襖を開けた途端、触れれば切れそうな程に交差する殺気。

 座敷の上座には、煮るなり焼くなりどうとでもしてくれとの態度がダダ漏れのダイキが座らされ、

下座には、アナスタシア、ヒルデガルド、ムロジ、チル、アマニレナス、ダーキニー、6人の彼女達が向かい合わせで座る。

 各々の魅力を振りまき座る彼女達は昔の歴史絵巻のよう。

 しかし今、その眼差しは互いを射貫かんばかりの殺気をはらんでいた。


「何だ、この部屋だけ重力が違うのか」座敷の中に一歩足を踏み入れたヒルコは、火花散る視線の一極集中に晒され眉をひそめた。

「ヒルコォ〜」救世主が現れたとばかりに、ダイキの声が上がる。


 ダイキの横には、うんざりとした表情で煙管の吸い口をかみしめているハク。

「おやおや、また新しい姫君の御登場かよ?

 重力が違うって?そりゃそうだろ。ここは深海の竜宮城だからな。それで水圧も半端ねえって訳。

 だけど竜宮って所はよ、本来、飲めや歌えの男にとってのパラダイス。

 鯛やヒラメの綺麗どころが舞い踊り、テーブルの上には世界中から集められた山海の珍味。

 七色の光を灯す瑠璃の杯には、磨き上げられ、じっくりと醸された香り高い美酒が・・・・・・のはずなのによ。

 此処では、乙姫の数が多すぎてややこしいことになってやがるんだよな~」


「部外者は口を挟まないで頂きたいですわ」その言葉に素早く反応を返したのはアナスタシア。

 何処から持ち込んだのか、玉座の様な豪奢な椅子に座り、ハクに険しい眼差しを向けつつ、長く美しい足を優雅に組み替えた。

「恐ぇ恐ぇ・・・・・・」睨まれたハクは小さく呟き、素知らぬ顔で横をむいた。


「私は、ウラがチャンとの落とし前をつけに行った事をダイキに知らせに来ただけだ」ヒルコ。

「何だって!」ダイキの顔色が変わった。


「アイツの親父と一戦交えるとなったら、双方共、只では済まぬだろうな」と、ヒルコ。

「首尾よくチャンを撃ち取ったとしても、他の兄弟達が、ちょうど良い大義名分が出来たとばかりに襲いかかってくるのは目に見えてる。それに、アイツの今の自分のファミリーは、昔みたいな一枚岩でないことも聞き及んでいるしよ。

 あいつ本人がいくら強いからって言ったってどれだけ持ちこたえられるか・・・・・・」一瞬の思案の後「こんな事してる場合じゃねえっ!!!」


 慌てて外へ飛び出そうとしたダイキの進路を、立ち上がったアマニレナスが遮った。

「止めるな!俺が行かなきゃアイツが・・・・・・」

 焦る表情のダイキの前で、アマニレナスは指をバキバキと鳴らしつつ舌舐めずりした。

「誰か止めるかよ、そんな楽しそうなイベント。アタシも行くよ。まだまだ暴れ足りないからな」


「まあ、また抜け駆けするおつもりですの?」

「私も、非力ながら参加させて頂きますわ」

 次々と立ち上がる姫達に、

「これは、男同士の話だからな。女子供を連れて行ける訳ないだろうが!」


「男の友情にかこつけて、ここから逃げたいだけだろうが。やはりクズだな」ヒルコ。

「いやいや、こんだけ手を出してる時点でアウトだろ」と、ハク。


「我が君、今、私たちを置いていったらここで殺し合いが始まりますわよ」

「クソ男が!女の嫉妬の力をなめんなよ」

「ダイキ様、安心して行って下さい。ゴミは綺麗さっぱりと片付けておきますから」

「誰がゴミだぁクソ女!」

「最後の一人が総取りとの確約でいいな」

「かまいませんことよ」「望む所だぜ」「掃除は得意ですから」「いつでもオッケーよ」

「・・・・・・」

「黙ってないで、たまには自分の意見言いやがれ!この雪女が!沈黙は金だとでも思ってるんだろうが、しゃべらなけりゃお前が何考えてんのかわからねぇだろうが!」

「ちょうど良い機会よね。どうせ私が勝つしぃ。みんなぁ、あの世で恨まないでよねぇ」


「おいおい、こんな事に時間取られてる場合じゃないんだよ!イソラっ頼んだぜ!」

「まあ、こんな事。ではございませんのよ!わたくしたちには生き死にに関わる大事ですのよ!」

 血相を変えてキッと睨みつける面々を無視し、「えっ、ムリムリムリ!」と、焦って手を振るイソラを押しのけダイキは外へと飛び出していった。


「信じられませんわ!もうこうなれば日頃の恨みも含め、殺し合いですわ!」殺伐とした空気が部屋中に満ちた時、襖の向こうから、それ以上の体の芯も凍り付く程の禍々しい気が滲み出てきた。


いがみ合っていた彼女たちの視線が、一気に襖の向こうに向けられる。

美女たちの外見が、まばたきをする間より早く変化した。

薔薇の蔦を携え、鋭い牙を光らせる吸血鬼。

炎の剣を振り回し、全身を硬い鱗で覆ったサラマンダー。

十字架の槍を持ち静かに祈る聖女。

数珠と日本刀を併せ持つ、墨染めの法衣の僧侶。

肉切り包丁クルクルと回しながら舌なめずりしている、青黒い肌の恐ろしい邪鬼。

空中に漂うチルの姿だけが元のままだが、その姿が不安定な画像のようにジジジと揺らめいた。


「えっ何?」状況が飲み込めないイソラを、ヒルコとハクは黙って自分達の後に押しやった。

「何だこりゃ?ものすごく濃い汚濁おだくの気配だぜ」

 ハクの問いに、ヒルコが頷く。

「汚濁?ハンフォードが死んで、全ては終わったんじゃなかったの?」

「そう認識していた。ハンフォードの言葉では、汚濁の操り手の継承者はいないとの話だったしな。あのぐらいの濃さであったらそのまま霧散し人々の悪意の中に戻ったと思っていたのだが」

「でも、これは間違いなくハンフォードの汚濁の匂いだぜ、しかも、以前よりもっと濃い・・・・・・」

圧に負けたのか、バタンと障子が倒された。


そこに拡がっていたのは、地獄の最下層より湧き出たような闇一色の世界。

星ひとつ瞬く事も許されない暗黒宇宙のよう。

そして、それをその身にまとう女が一人。


「イソメ・・・・・・?」


イソメのまだ治りきっていない傷口から滲み出る血は、今は墨汁のように真っ黒に変色して、地獄の温泉の様に沸き立っていた。

 そして、その血に染まったせいか、洋服も黒一色に変化し、天使のように純白だった羽は、今や鴉の濡れ羽色へとその色を変えていた。


「新たな主の誕生だ・・・・・・」

「主?」


漆黒のイソメは、自分の腹を愛おしそうになでた。


イソメの真っ黒な唇の端が引き上げられる。

「我が主・・・・・・」


 アナスタシアのバラの蔓、アマニレナスの炎の刀、ヒルデガルドの聖なる槍、ムロジの日本刀、ダーキニーの肉切り包丁が、一斉にイソメに向かって振り下ろされた。


 渦を巻く漆黒の闇は、イソメの周りで5本の大鎌へと変化し、その全てを受け止め弾き飛ばす。

「いたた・・・・・・」

「我々の攻撃を弾くなんて、なかなかのものですわね」

「ちょっとぉ、チル!アンタも何かしなさいよぉ」

「私は分析班だ」

「この役立たず!」

「おやまぁダーキニー、やっぱり貴方、とんでもなく醜いじゃないですこと」

「うるさいわね!人黄食われたいわけ!」

「え?このハゲ坊主、何処から来たわけ?」ふと、横を見たダーキニーが不思議そうに呟く。

 その視線を無視して、僧形のムロジは刀を鞘におさめると、数珠をはらい念仏を唱えた。

 侵食してくる汚濁がその念仏で次々と祓われていく。

「やるじゃない。このハゲ坊主」

「ハゲと言わないでもらえるかな。傷つくから・・・・・・」ムロジは悲しげに下を向いた。

「だって、ハゲはハゲでしょ」

「君だって、青黒い醜い邪鬼と言われたら傷つかないか?」

「え、だって、でも・・・・・・」ダーキニ-はしばらく思案するような顔をした。

「ごめん。その通りね♡アタシはそんな事言われたら、そいつに3倍返ししちゃうし、別にこの姿もキライじゃないけどね。

 どんな姿でもアタシはあ・た・し・なの♡

 アタシが自分自身を認めてあげないでど~すんの?ハゲだって鬼だって、今、自分の持ってるもので勝負するだけよぉ♡邪鬼が可愛くしちゃ駄目って誰が決めたの?

 でも、そう考えれないヤツも沢山いるわよね~。あれがナイ、これがナイってね。アタシには理解不能~♡

 でも、ゴメン♡悪かったわ♡もう言わない♡はいっ、ハート」


 ダーキニ-はムロジに向かって片手でハートの形を作って差し出した。

 ムロジも、少しためらいがちにハートを作って合わせる。

「はい、仲直り♡じゃあ、ハゲと醜い邪鬼、行っきま~す♡」ダーキニはそう言って、踊るように肉切り包丁を振り回し、次々と汚濁を切り払っていった。


「なおってないし・・・・・・でも、今の自分を認める、か・・・・・・」ムロジは諦めた顔で小さく笑った。

 それから再び汚濁に向き直ると、念仏を唱えものすごい勢いで祓い始めた。

 その勢いに乗って、他の面々の攻撃も勢いを増していった。


 ヒルコは、濃い汚濁の壁を切り祓いつつイソメに近づいていった。

「我が主は世界を無に戻せと言っている」

「お前は、どうして誰かの為にしか生きれらないのだ!」

 そう問いかけるヒルコに、イソメは表情を変えることなく答える。

「主の考えは絶対」

 ヒルコの剣と、イソメの大鎌が合わさり火花を散らす。

「お前の兄は言っただろうが。自分の為に生きろと」

 二人の攻撃は、益々その速度を速めた。目にもとまらぬ漆黒の渦と銀色の光の応酬。

「自分などない。主に従えば間違いない」


「バカ野郎!間違えの何がいけないんだよ!自分で考えて、ぶち当たって、砕けてみなけりゃわかんない事もあるだろうが!人間は考える葦なんだぜ!」アマニレナスの炎が一面に燃え広がる。


「ご自分の欲望に一度、正直になってみることも大事ですわ。貴方、何がお好きですの?」アナスタシアのバラの蔓が絡みつく。


「未来の自分の夢を実現させる事は、自分にしか出来ませんことよ。他人任せじゃダメですわ」ヒルデガルドの聖なる槍が、周辺の汚濁を切り払う。


「脳筋馬鹿のアマニレナスの言葉を少し補足するぞ。間違えたらその原因を分析して訂正しなけりゃ、ヤツのように同じ所をグルグル回るようになるぞ。間違えの分析と、進む方向の決定は大事だぞ」

 チルは空中に浮かんだまま、アマニレナスに小馬鹿にしたような視線を送った。

「テメェ!どっち攻撃してんだよ!」ディスられたアマニレナスはチルに向かって炎を吐く。

 しかし、炎が収まるとチルにはやはり焦げ一つ残っていなかった。

「ちっ!」アマニレナスの舌打ちの音が響いた。


「自分が見つからない時・・・・・・こんな風に生きたいと思う奴と一緒に時間を過ごす事もいい・・・・・・良い刺激になる」僧形のムロジは静かに手を合わせ念仏を唱えた。


「可愛い♡楽しい♡気持ちイイ事♡大事よぉ。ぞれがなきゃ、自分がどんどん空っぽになっていくもん♡」邪鬼姿でめいっぱい可愛いポーズを取りつつ、肉切り包丁を振り回すダーキニ-。

「他人にどう言われたって関係ない。アタシはアタシ。自分の為にメイクして可愛いコーデ考えて、美味しいもの食べられたらそれでし・あ・わ・せ♡」


「うるさい!うるさい!うるさいっ!」

 イソメの闇の色が一段とその色を増した。

「主と私は同じ・・・」

「違うわよ~例えどんなに好きな人でも、その人とワタシは同じじゃないし。自分から生まれた子供だって、自分のものじゃないわよ~」

「うるさい・・・・・・うるさい・・・・・・うるさいっっっ!!!」

 イソメの身体がグラリと揺らぎ、頭を抱え倒れ込むかと見えたが、次の瞬間、イソメの周辺の渦を巻く汚濁が小さな爆発を起こした。

 それは加速度的に周辺に拡がっていき、そこに居るもの全てを刺し貫き、バラバラに引き裂いていった。




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