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HIRUKO  作者: 月岡 あそぶ
20/23

HIRUKO 其の壱参 人を呪わば穴二つ

 両手両足を切り落とされながらも、鬼のような形相で足に喰らい付いてきたチャンに対し、ウラは顔色ひとつ変えず、口の端に咥えたタバコをその額へと押し当てた。


 羽虫が蝋燭に飛び込む様な音と共に、酸化した脂が燃える胸をつく匂いが立ち上る。

「オヤジよぅ……これまで、命を長らえる為の薬や手術に大枚はたいてきたけどよぉ、こんなになっちまったらどうしようもねぇよなぁ……」

 その言葉に対しチャンは、ウラの足を死んでも離すまいと眼を血走らせ野獣のように唸った。

「何恨みがましく睨んでんだ!お前がオレの妹にした事は、こんなもんで許される訳ねえだろうがっ‼︎!その腐った命で償いやがれっ‼︎!クソオヤジ‼︎!」


 ウラは足を勢いよく蹴り上げた。

 必死の抗いも虚しく、あっさりと振り払われたチャンは、怨みの咆哮を残しながら、ついさっきまで愛人と仲良く泳いでいたプールへと飛んでいき、澄み切った水を真っ赤に染めながら、少しの間もがき、なすすべもなく水中へと沈んでいった。


「おい!逃げたマグダレーナはまだ見つからないのかっ?」

 ウラは、背後に控える1人に声をかけた。

「屋敷の中を隈なく探しましたが、何処にもいませんっ!」

「あの女狐め。バカ丸出しの色気女だと思って油断してたが、その実、この屋敷で一番抜け目ない奴だったのかもしれねーな。クソッタレめ!

 オヤジは、オレに殺されるなんて微塵も思ってなかったから楽なモンだったけどよ。マグダレーナが兄貴達の所に知らせたら、今度はこっちがただじゃすまねぇぜ。

 皆に伝えろ!急いで撤収だ!」

「了解!」

 撤収の声が広い屋敷の中に響き渡った。


 最初に中庭に走り出た数人の頭上から、マシンガンが火を噴いた。仲間達が血飛沫を上げバタバタと倒れていく。

 後に続こうとしていたウラ達は、慌てて建物の影に飛び込んだ。

 そこに今度は、迫撃砲が次々と撃ち込まれる。みるみるうちにチャンの豪奢な屋敷の壁が崩れ落ち、至る所に大穴が開いた。


「おやおや、そんなに急いで何処に行くつもりだ?可愛い可愛い我が弟さんよぉ。まあ、ゆっくりダンスでも楽しんでいったらどうなんだ」

 ガラスの破片をビッシリと埋め込んだ高い塀の上に、真っ白な鳥が舞い降りたかのように、純白のスーツ姿の男が現れた。

 その身体の重さなどないかのごとく、尖ったガラスの先端に気取ったポーズで立っている。

 その手に持っていた迫撃砲が、男のスーツのポケットにスルスルと飲み込まれていった。

「どんなマジックを使ってんのか知らねぇけど、お前自身が飛び込みやがれ!」ウラが忌々しげにつぶやいたのに対し、

「聞こえてるぜっ!」男は、叫びつつ今度はポケットからグレネードランチャーを取り出しぶっ放した。

「次から次へと!この武器オタがっ!たまには、綺麗なネーちゃんでも出しやがれっ!」勢いよく横に転がりながら、ウラも叫びかえす。


 続いて塀の一部が、まるでスポンジのようにグニャリと潰れた。

 その後ろにはピエロの衣装を身にまとい、風船の様に肥え太った醜い小男。開いた左手の上には、中空に浮いた色とりどりのジャグリングボールがクルクルと回っている。


「兄貴の言う通りだぜ、お前は付き合いが悪いんだからよ。たまにはオレたちと一緒に遊ぼうぜっ!」

 小男の何も持っていない右手がウラ達の方に伸ばされた。

「命賭けのゲームってヤツでなっ!」


「やばいっ!下がれっ!」慌てて飛び退ったウラ達が、今までいた場所が、重い鉄球でも落としたかの様にグシャリと地面にめり込んだ。

 逃げ遅れ、無惨に潰された仲間の姿。

「アルベルト!フーリエ!」

 ウラの顔が憤怒の色に染められた。  

「訳のわかんね〜力で、俺の仲間をっ!!!このバケモノどもがっ‼︎!」


「バケモノたぁ、聞き捨てならねぇな」

「自分だけはまともだって言いてぇのかぁ」

 

「そうですよ。何の力も持たない只の人間を、あのオヤジ殿が養子になどする訳がないでしょうに」

 二人の声とは、明らかに違う涼やかな少年の声が、荒れ果て戦場と化したその場に、一服の清涼な風となって吹き抜けた。

 いつからそこに居たのか、アンティーク人形が着る様な、大きなレースの襟が目を引く、天鵞絨生地で丁寧に仕立てられた服を着た少年が一人。


「一番ヤベェ奴のご登場かよ」

「ヤベェとはどういう意味でしょうか?ボクは兄さん達みたいな馬鹿力も特殊能力もありませんし、か弱いただの子供ですよ。

 ただ、頭の中身は兄さん達より多少マシなようですけど」少年はツンとした表情で答えた。


「アルファ、お前は相変わらず鼻持ちならねぇ奴だな。か弱いが、聞いて呆れらぁ。お前がか弱いって言うなら、俺たちは虫ケラレベルだぜ。

 そんな事より、お前も親父の敵討ちで俺を殺しに来たのかよ」

 ウラが身体の埃を払い落としながら少年に話しかけると、アルファと呼ばれた少年は、美しく整ったその顔に、人形の様な笑みを浮かべ、その手に持つものを重そうに差し上げた。

「ボクにとって、そんな事はどうだっていいんですよ。コレを取りに来ただけですから。だから、親愛なる兄さん達は気の済むまで殺し合いでも何でもしててください。昔っから、兄さん達が喧嘩し始めたら、ボクが何を言ってもどうせ無駄でしたからね」

 その手には、切り落とされたチャンの右腕が。


「ウラ兄さんが、あらかじめ切り落としてくれてたから助かりましたよ。プールの中に入ってびしょ濡れになるのはご免ですし、生まれてから今まで、泳いだ事なんてありませんし」


「そんなもん、どうするつもりだ。親父の形見として抱いて寝るつもりか?」痩せぎすの背の高い白スーツ姿の男の方が、冷たい笑いを唇に浮かべながら問いかけると、少年は益々ツンとした表情をして答えた。

「ディーダ兄さん。気持ちの悪い事言わないで下さい。この指紋とボクの目の両方が合わさらないと、大金庫の鍵が開かないんですから」

「てめぇ、親父の財産独り占めする気か!」小男の方が血相を変えて叫んだ。


「タマリンド兄さん。相変わらずの単純おバカっぷりを遺憾なく披露してくれて、弟としては悲しいかぎりですね。

 兄さんは、金の卵を毎日産む鶏がいるのに、それを殺して腹の中にあるわずかな金を手に入れて満足するつもりですか?ボクはそんなの嫌ですけど。

 大体、貴方たちがどう思ってるか知りませんが、うちの大金庫に今ある資産なんてたかがしれてますから。

 貴方たちが勝手に、娼館やカジノで日々飛び交っている金が莫大だからとか。オレたちがやってるのは、濡れ手に泡の悪徳商売なんだから、もの凄い利益があるに決まっているとか。

 そんな都合の良い思い込みで、ウチには物凄い資産が有るに違いない……そう思われてるみたいですけど、財務担当の僕から言わせてもらえば、我々みたいな違法企業でも、運営していく為には莫大な経費が日々必要になるんですからね。

 その上、オヤジ殿は底なしの浪費家の女好き。ワガママ言いたい放題のやりたい放題。そこら辺にいるストリートチルドレンの方が、まだ話が通じますよ。

 あのオヤジ殿のせいで、今までボクがどんなに泣かされてきた事か。いつも経理は火の車、自転車操業もいいところでした。

 まあそのおかげで、知恵を絞って、新たなお金を生み出す為の新規事業を、次々と考え出せたんですけどね。

 実の所、ボクとしては親父殿が亡くなってくれて、これでやっと我が企業も健全運営が出来ると、心底ホッとしてる所なんですよ」

 アルファは真珠の様な歯を見せ、人形の様な無機質な笑みを浮かべた。


「オレたちの取り分は、今まで通りちゃんとしてくれるんだろうな。上前をはねたりしやがったら、いくら弟でもタダですむと思うなよ」ディーダ兄さんと呼ばれた、白スーツ姿の男が凄味をただよわせてアルファを睨みつけると、アルファは、再び人形の様な笑顔を見せた。

「当たり前ですよ。企業にとって優秀な人材は貴重なんです。大体、兄さん達がやってる様な汚れ仕事は、誰まれ出来るって訳じやないですし。

 オヤジ殿がいなくなって浮いた分はキチンと還元させてもらいますよ。ざっと計算しても今までの倍以上になりますよ。いい話じゃないですか?」

「倍以上か……」

「それにこれからは、危険手当に特別手当もつけさせて頂きます。これからは悪徳商売でも福利厚生面を手厚くしなければいけませんからね。ボクの夢は今のグループを表社会でも認められる巨大企業にする事なんです。

 ボクはいつまでも裏社会だけでやっていくつもりなんてさらさらありませんよ。

 それから、一つ提案させて頂きたいんですが、お互い養子とはいえ、ボク達はファミリーなんです。

 ウラ兄さんを排除して、その部署に新たな人材を雇う事で、今までにない新たな軋轢が生まれたり、他人に財産を狙われて内部崩壊なんてパターンは勘弁して欲しいというのがボクの本音です。だから、ウラ兄さんのやった事も水に流して、ここは手打ちとしてはどうでしょう?」


「お前、この場を仕切るつもりか?まさかお前が、俺たちを差し置いてオヤジの跡目に座るつもりなんじゃねえのか!」タマリンド兄さんと呼ばれた小男は、醜い顔を益々歪めアルファを睨みつけた。

「兄さんは、ボクの性格を全くわかってないですね。

 ボクはNo. 1なんてごめん被りたいタイプの人間です

 ただ毎日を規則正しく平穏に、そして経理の立場で会社を大きくしていく事が何より楽しいんですよ」

「お前の性格なんて知らねえよっ!それに、言うだけなら、どうとだって言えるだろうが!ガキの癖にいつも人を上から見下ろして、小馬鹿にしたような物言いしやがって!ホントいけ好かねぇ奴だぜ!」

「そうですか?ボクはただ冷静に話を進めたいだけなんですけど。誰でもお山の大将になりたがってると思ってる兄さんの方が、ボクにとっては理解し難いですよ」

「何だと、じゃあお前は俺が跡目を狙ってるって言いてぇのかよ!」タマリンドは、益々激昂して叫んだ。

「おやまぁ、本気でそんな事考えてるんですか?各条件を冷静に判断して、タマリンド兄さんが跡目を継ぐ可能性はかなり低いのでは?」


「まあまぁ落ち着けよタマリンド。確かに俺たちにとっても悪い話じゃ無さそうだぜ」それとは対照的に、ディーダは、少しリラックスした様子で、胸ポケットからタバコを取り出し、口の端に咥えると銀のライターで火をつけた。


「でもよ、このままウラのやつを無罪放免になんてしたら、周りに示しがつかねぇぜ。オレたちのシマを虎視眈々と狙ってる奴らが、この機会に乗じて……」

 ディーダに向かって、不満げに文句を言っていたタマリンドの顔が大きく歪んだ。

 折れた歯を撒き散らしながら弧を描き吹っ飛んでいく。


「テメェらで勝手に話を進めてんじゃねえっ!

 死んじまった俺の仲間達の仇はきっちりとらせてもらうぜ‼︎!」そこには、拳を握り締め、怒りに燃えるウラの姿が。

「テメェ……」顎が変な方向に変形し、ボタボタと血を滴らせながらタマリンドは鬼の形相でウラを睨みつけた。怒りに震えながらその手が伸ばされる。


 辺りの空間を大きく歪め、今までにないほどの広い面積がグシャリと地面にめり込んだ。


 同時に、仔猫の様なか細い悲鳴を残し、アルファの身体の半分がグシャリと潰された。

 それと時を同じくして、タマリンドの絶叫が響き渡った。その巨体が地響きをたて仰向けに倒れる。


「アホめが」ディーダは呆れた笑いを口の端に浮かべた。

 ウラも大きく飛び退った場所から埃を払いつつ呟いた。

「最悪の相手を攻撃しやがってよ」


 アルファの飛び散った肉片がウネウネと蠢き始めた。

 それらは、半分残った身体に向かって、ウジ虫の様にのたくりながらやってくる。

 集まるにしたがって、残った半身も白っぽいゼリーの様にグズグズと形を変えていった。

その塊の一部が大きく脈打ちはじめ、膜に覆われた目や透き通るような骨、水かきの残る手足が形成され、みるみるうちに胎児の様な形を作り出しはじめた。


「ピエロ兄貴はおっ死んだのか?」

「身体半分潰れちまったら流石に無理かもしれんな。でも、コイツの身体にはまだ用がある。おい、お前ら!コイツをそこの戸板に乗せて事務所まで運んどけっ!

 あっ!汚ったねえな。コイツ、ションベンと糞ももらしやがって。

 おいお前ら、そこの噴水の水ぶっかけて洗い流してから事務所の中入れろよ!臭くてたまらん!」

 ディーダが背後に向かって支持を出すと、ぐるぐるに包帯をまいたミイラの様な男達が緩慢な動きで指示にしたがった。


「さて、不死の弟は復活したかな」

 ディーダとウラが視線を映すと、アルファは半透明のクラゲの様な触手を四方に伸ばし、散らばった血肉を取り込みながら、徐々に人の形を形成しつつ粘液をビシャビシャと吹き出していた。

 粘液が吹き出すたびに、痛い痛いと小さな呟きが聞こえる。

 半透明の顔が苦痛のためか、大きく歪む。

「さて、気が削がれたが、まだやるつもりか?オレとしては、アルファの言う様にしても良いと思ってるんだが」

「まあな、オレとしてもオレの妹を陥れた親父は殺ったし、ピエロ兄貴は勝手に自爆しやがったし」

「まあ、オレが欲しいのはアイツの能力でアイツ自身はどうだっていいんだよ」

「ひでぇ兄貴だぜ」

「オレ達に美しき兄弟愛なんて、もともとねえだろうが」

「そりゃそうだな」二人は鋭い視線を交わしながら大声で笑った。


「兄さん達の短絡的バイオレンスな世界はボクにとって理解できませんよ。利のない争いに何の意味があるんですか?」

 まだ少し透明がかった顔色で、アルファがゆっくりと起き上がった。

「お前だって相手にキッチリ返してるじやねえかよ」

「僕の意思でやってる事じゃありませんし、やられた分だけだけ本人に返ってるだけです。

 因果応報って事ですよ。

 それに兄さん達にわかります?何度殺されても、その痛みや苦しみ、恐怖に慣れる事なんてないんですよ。ホント毎回死ぬかと思いますよ」

「しっかり死んでんだよ」

「そりゃそうだ」ゲラゲラと無遠慮に笑う二人にムッとした表情でアルファは言った。

「今、僕が一番殺ってしまいたいのは兄さん達ですね」


「何言ってんだよ。可愛い可愛い我が弟よ。誰よりも大事にしてるだろうが」ディーダは、大仰な身振りでアルファを抱きしめて頭を撫でる。

「息を吐くように嘘をつきますね」

「ウソじゃねえぜ。オレたち兄弟の中で金の計算出来るのはお前だけだからな。オレ達はオヤジとおんなじザルだし、金を使う事は好きだが、稼ぐ事にはなんの興味もねえからな。

それに、俺たち兄弟の中で野心がないのはお前だけだしな」

「公園の砂山の、てっぺん取ったとらないなんてつまらなくないですか?」

「これは本能みたいなもんだからな。お前にどうしてそれがないのか、そっちの方が俺は知りたいぜ」


ディーダは、部下の一人に目配せした。

「アルファを,屋敷に連れ帰ってカモマイルティーとチキンスープ、生姜入りの熱い足湯を用意してやってくれ。

あと、ベッドの羽布団と枕は良く叩いて膨らましとかないと、後で身体が痛くて眠れないだの何だの、ジジィ並に文句たれるからしっかりな」


アルファが部下に連れられ、視界から消えると、ディーダはウラに背を向けたまま、

「じゃあな」と、てを振った。


ウラも手を振り、くるりと背を向けた。


二人の足が、一歩、二歩、三歩と步をすすめる。


クルリと向き直るや否や、二人の銃口が火を噴いた。

「背中から撃つなんて、卑怯もいいところじゃねーかよ」

「どっちが先かもわからねーぐらいだろーが」


「まあ、とにかくさっきの続きといこうぜ!」

再び、二人の銃口が火を噴いた。








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