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HIRUKO  作者: 月岡 あそぶ
19/23

HIRUKO ウラ篇 其の拾弐 愛と憎しみは同じ所に住まう

「おい、早く開けやがれ!」ガンガンと拳を打ちつける音が住宅街に響いた。

 そのただならぬ雰囲気に、道行く人がいぶかしげな視線を送る。


「チクショウ!!!さっきから開けろって言ってんのが聞こえね~のかよっ!!!」

 街の中に建ち並ぶ、同じ形の四角い家々の中の一軒。他と比べても、取り立てて代わり映えのしないその家のドアを、打ち破らんばかりの勢いで叩きながら、ウラは堪忍袋の緒が切れたように大声で叫んだ。


「お~いヒルコォ!?」ダイキも開かないドアを前にして困惑顔で呼びかける。


 二人の後ろ姿は、ダイキが赤毛でウラが黒髪なのを除けば、雰囲気も背格好もまるで双子のようによく似通っていた。


「おいダイキ!こちとら紳士的によ、さっきから呼び鈴押してノックもしてんのに、何でこの家の奴、誰も出て来やがらないんだ!シカトかよ?イソメが危ないっていうのに、何かあったらどう落とし前つけてくれんだ!!!」

 呼べど叫べど誰も出てこない事にしびれを切らし、ウラは錆びが浮き出たドアを力任せに蹴りつけた。

「クソッ!このボロドア。たたき壊してやろうと思うのに、ビクともしやがらねえっっっ!」頭に昇った血を抑えきれないように繰り返し蹴りつける。


「おいおい、此処は知り合いの家なんだぜ。乱暴なことはなしにしてくれ」そうウラをなだめながら、ダイキは背後に向かってチラリと視線を走らせた。


 そこには、ガマと蛇が睨みあうような一触即発な雰囲気を漂わせる一団が。


「アマニレナス。次の日になっても、我が君につきまとうとは、どういう了見ですの?後朝の別れも、あまりにしつこいようでは興ざめですわ。

 広場でたまたま見かけたから良かったようなものの、わたくし達に見つからなければ、うやむやのうちにもう一日一緒にいるつもりだったのでしょうけど!」

 今日も縦巻きロールを完璧に決めている金髪美女アナスタシアは、苛立たしい気持ちを表すかのように手に持った羽の扇で開いて閉じての所作を繰り返した。


「朝、最初に声を掛けた者がダイキを独占できるのは一日だけとの約束だ。これは、明らかな協定違反だ・・・」

 その頬に触れようものなら、淡雪のごとく儚くとけてしまうのではないか。見る者にそう思わせるふうわりとした真っ白な肌。練り上げた絹糸のように光を纏わせ、とろりと輝く白銀の髪。

 雪の精と見まごうばかりの透明な美しさを醸し出すムロジは、無機質な表情のまま腰に差した刀の柄に手を置いた。


「皆さん。わたくし、ヒルデガルドは神に誓って宣言させて頂きます」凛と通る声。黒縁の眼鏡越しに、理知的なラピスラズリ色の瞳がきらめいた。

 三つ編みにされたブルネットの髪に、搾りたての乳の如くしっとりと滑らかな肌。美しい顔立ちながら、古代宗教の聖人の像の様に静謐な印象を周囲に与えるヒルデガルドが宣誓するように片手を上げた。

「今日、ダイキ様に最初に声をかけたのはわたくしですの。ですから、明朝まで行動を共にさせて頂く権利があるのは私ですわ」

 そう言うと、瑠璃色の石に薔薇の紋章が彫り込まれたぺンダントを持ち上げ大切そうにそっと口づけた。


「うわっ。それは勘違いもはなはだしいってばぁ。あの広場で最初にダイキに会ったのは私だったしぃ」

 ピンクとブルーに染められたツインテールの先をクルクルと指に巻き付けながら、不満げにプウッと頬をふくらませているのは、可愛らしい仕草の中にも隠しきれないあざとさが見え隠れするダーキニ。指先を飾る、キュートでポップなネイルの下から、指を曲げる度に猛獣の爪のようにも見える何かが、冷たい硬質な光を放ち見え隠れした。


「貴女方、ご自分に都合の良い夢でも見ているのではありませんこと。その権利があるのは私ですわ。ねえ爺や、アレクセイ。わたくしが一番最初でしたわよね」それらの意見に対し、アナスタシアは後に控えている初老の男と少年に同意を求めるように呼びかけた。

 その言葉に対し、フロックコートを完璧に着こなし、白手袋をはめた初老の男は微笑みを浮かべて深く頷き、ビスクドールのような少年は感心なさげに小さな欠伸を漏らした。


「愚かな人間共よ・・・」

 頭上からメカニカルボイスが降ってきた。

 それに続く面倒くさげな少女の声「何言ってんのあんた達。あたしが最初。映像記録に残してる。人の記憶なんて当てになんないし。機械はウソつかないし」半透明の緑のさやのような機械に横たわり、空中にゆらゆらと浮かんでいるおチビでやせっぽちのチルが、その体に似合わない重そうなブーツの足をゆっくりと組み替えた。その動きと共に、身体を這うケーブルが生き物のようにうねうねと蠢く。そしてチルは、チカチカ光るゴーグル越しに蔑んだような瞳で皆の事を見降ろした。


「お前の撮った記録なんて、誰が信用すんだよ。どうせ何か手ぇ加えてんだろうがっ!!!」

 アマニレナスが足もとに転がっていた石ころを拾い上げた。そして碧眼の目でチルに狙いを定めると、背中の竹刀を抜いて勢いよく打ちつけた。

「ナ~イスバッティン!」しかし、石はチルに届く直前に、まるで何かに侵食されたようにボロボロと崩れ落ちる。チルはそれを知ってか知らでか、無関心な様子で大きく伸びをして見せた。

「ちっ!!!相変わらず鉄壁の防御壁かよ!」アマニレナスは悔しげに舌打ちをした。


 パシッと何かが弾けるような音がした。


 いきなり玄関のドアが開いたかと思うと、周囲の空気がもの凄い勢いでその中に吸い込まれていく。

 そこにいた皆が、その凄まじい風に一瞬目を閉じた。

 そして次に目を開くと、そこは古びた屋敷と、頂きに霧を纏い、幾重にも重なる翠深き山々。


 あっけにとられる皆の目の前で、ギギギィと軋んだ音をたて屋敷の外塀の門が閉じていった。

 その光景に目を奪われていた一行の背後から声がした。


「ようこそ、我が屋敷へ」「いや、違うだろ。此処、ジジイの屋敷だし・・・」

 振り返ったウラ達の目の前に、小柄な身体ながら、犯しがたい気迫を滲ませて立つヒルコと、その横でブツブツ文句を言っているハクの姿。

 ウラは、辺りの景色の激変ぶりに一瞬驚いた表情を浮かべたが、すぐに気を取り直したようにヒルコに詰め寄った。


「イソメは!イソメは無事なのか?」

「まだ意識は戻っていない。が、婆様の呪術の甲斐もあって命の瀬戸際の状態は脱したぞ。後は、お前があの娘にとっての妙薬となれば良いがな。ただし、お前がオルフェウスとイザナギと同じ轍を踏まぬようにと祈るばかりだ」


「何だ、そのオルフェウスとナントカっていうのは!それに、そんな事たぁどうだっていいんだよ。早くイソメの所へ案内しやがれ!!!」ウラは、ヒルコの襟をつかみ割れ鐘のような声で怒鳴りつけた。

 ヒルコはその手を鬱陶しげに払いのけた。小柄な少女相手にウラも本気で掴んでいたわけではない。しかしあまりにも軽々とその手を払いのけられ、一瞬怪訝そうな表情がウラの顔に浮かんで消えた。


「ハク、ダイキと御一行様は座敷にでも上げておけ。そこで好きなだけ事の決着をつければ良いだろう」

「げー女同士の泥沼の争いなんて俺は見たかねーよ」


「そうだよ。だいたい決着なんてつくわけね~だろ」と、冴えない表情のダイキ。


「まあ、ダイキ様、今宵、誰と共に過ごされるのか選んでいただきませんと、わたくし達帰れませんわ」キラッとヒルデガルドのメガネが光った。

「おい!クソ男!大体誰が本命なんだよ。この機会にハッキリさせろよ」竹刀を肩に叩きつけながらアマニレナス。

「ダイキ。私がこの中で一番可愛いよって言ってくれたじゃない。みんなの前でちゃんと言ってよ♡」ダーキニが可愛らしさ全開でしなを作った。

「貴方のように化粧でそこまで造りこんでいれば、本当に可愛らしいかどうかは甚だ疑問ですわね」そう突っ込んできたのはアナスタシア。

「何ですって!あんただって十分厚化粧でしょ!!!」「わたくしのは地がよろしいので関係ございません事よ」「何よ!!!本当はババアのくせに!!!」「うるさい小娘ですこと。爺や。この野蛮な猿に猿ぐつわを・・・」「きゃぁ!やめて!!!このクソ爺ぃ!!!その手を放さないとアンタの人黄をとって食うわよ!!!」一瞬、ダーキニの顔が憤怒に燃える青黒い不動明王の像のごとく激変した。「おお、怖い恐い・・・」アナスタシアは、大げさな仕草で羽の扇を使って顔を隠した。


 そんな、醜い二人の諍いなど知らぬ顔でムロジが呟く。「ダイキはボクをお嫁さんにしたいって言った・・・お前の作る味噌汁の香りで毎朝目覚めたいって・・・」「我が君は、そんなカビ臭い匂いを良しとする庶民派ではありません事よ」その言葉にもアナスタシアが素早く文句をつけた。


「いえいえ、実に健康的で結構なことではありませんか。でもダイキ様は、わたくしと共に過ごすことで健康で文化的な人としての正しい生活を送る事ができますのよ」とヒルデガルド。

「お前みたいな堅苦しいのと一緒にいたら、ダイキがダイキ本来の良さを見失うね。アウトサイダーこそがダイキの本質だし」フフンと鼻を鳴らしながら空中からチルが言う。「電脳小娘が最もらしいことをおっしゃいます事で・・・」「この、前世紀の遺物のガチくそ真面目女・・・」二人の視線が空間にバチバチと火花を散らした。


「我が君!」「ダイキ!」「ダイキ様!」「ダイキィ♡」「おい!ダイキ!」「・・・」くるりと向き直った女性陣の鋭い視線がダイキに向かって突き刺さる。


「お前が蒔いた種だろうが。きちんと刈り取っておけよ」にべもないヒルコ。

「おい、同じ男同士助けてくれよぉ」ダイキがそう言ってハクに泣きつくも「くわばらくわばら・・・今までの経験上、女の争いに首突っ込んで良いことがあった試しなんてないからな」と、すげなく肩をすくめられた。

「だいたいあんな御一行様に一体全体何言えって?お前もとんでもない奴らと付き合ってるよな。誰かれ構わず惚れた腫れた言ってるお前が悪いんだろうが。一人に決められないんなら、潔く平身低頭謝りたおせよ・・・」

「だってよぉ。みんなそれぞれに良くってさぁ。誰か一人になんて決めらんねぇ」「解るぜ、俺も玄女と瑤姫。どっちかになんてさぁ・・・」二人は頭を突き合わせコソコソと言い合う。


「下衆共め・・・」

 そんな二人にそれ以上構おうとはせず、ヒルコはウラに向かって付いて来いと言いたげに顎をしゃくった。


 屋敷から少し離れ、荒々しい山肌が間近に迫る。

 いくつかの巨大な岩が、はるか大昔に転がり落ちてきたのか元々そこにあったのか、圧倒的な存在感を放ちながら其処にそびえていた。それらは絶妙なバランスで組み合わさり、中に空洞を作り上げ積み重なっていた。


「この磐座の中だ」

 その前で、座ったままうつらうつらと船をこいでいるのはパワードスーツ姿の青年。

 艶めく紫がかった黒髪が動きに合わせて前後に揺れる。大きくなり過ぎた動きに、体の前で支えにしていた刀の柄がズルリと滑った。

「マルコシアス、どうせ眠るなら屋敷に戻って横になれば良いだろうが」ヒルコは、自身の動きに慌てて反応し、口元の涎を拭うマルコシアスに声をかけた。

「隊長が死にかけているのに、おちおち寝てはいられないでしょうが」マルコシアスは、今の今まで寝ていたくせに、何事もなかったかのように涼しい顔でうう~んと伸びをして見せた。

「犬コロは忠実な部下を持っていることで」嫌味を吐きながら岩の隙間にできた空間に歩を進める。


 そこには、外見から想像した以上に広々とした空間が拡がっていた。

 その空間を四角く区切って麻紐が張られ、そのまた外側にはツヤツヤとした緑の葉をつけた木の枝垣がぐるりと囲う。

 ほのかに甘く、それでいて凛とした清廉な香りがその空間を満たしていた。

 その香りと混じり合うように低く高く、うなり木のような音階が途切れることなく続いている。


 その声の主。中央に、小さなしわくちゃの婆様が薄く削いだ木を弾き、歌うように呪文を唱えながら座っていた。その前には、白い砂の上に横たわる二人の男女の姿。


 一人は銀髪の青年。身体のあちこちに古い傷跡が縦横無尽に走る。

 その傷の中でも、一際目を引くのは胸に大きく開いた新しい傷跡。しかもその傷は、まるで生き物のようにうねうねと脈打ち、盛り上がり、新たな組織や皮膚を形成している。まるで、早回しの映像を見ているかのよう。


 しかし、ウラの目は、もう片方の少女に釘付けになっていた。「イ・ソメ・・・?!」ウラの声が迷いを滲ませ揺れた。

 そこには、人としてはあまりに異質な大きな翼を持つ少女の姿。しかもそれはボロボロの片翼だけとなり、だらりと投げ出された右腕も肘から下がちぎれ、グルグルと巻かれた喉や胸の包帯からは抑えきれない血が滲み出す。

「何なんだ・・・これ・・・どうなってんだ・・・」ウラのごつごつとした大きな手が、少女に向かって伸ばされた。


 その伸ばされた手によって、碧く揺らめく空間の堺が突き破られた。

「おやおや。婆の張ったこの結界をこうも易々と突き破って平然としているとは・・・このワラシ・・・」婆様のつぶやきなど全く気づこうともせず、ウラはイソメを抱き上げた。

「イソメ!イソメ!!!しっかりしろ!!!俺だ!ウラだ!」その血の気の失せた頬に顔を寄せる。

「イソメ・・・目を開けてくれ・・・」祈るように呼びかける。


 イソメの瞼が震えながら僅かに開いた。

「イソメ?イソメ!!!」

「だぁれ・・・?」今にも消え入りそうな小さな声。

「俺だよっ!ウラだ!わかるかっっっ?俺達はずっと、ずっとお前の事を探し続けてたんだぞ!やっと、やっと見つけた!早く元気になって、また昔みたいに皆で一緒に暮らそうなっ!!!!」戻ってきたイソメの意識を放さまいとするかのように、ウラは必死でしゃべり続けた。


「ウ・ラ・・・だあれ?誰の事なの?」イソメの瞳に宿る不安げな色。

「イ、ソメ・・・?」自分を覚えていない事実に愕然とする。


「この娘は、ロボトミー手術を受け、全ての記憶は失われている」

「何だって!誰が!誰がイソメにそんな酷ぇ事をしやがったんだ!!!切り刻んで犬の餌にしてやるから教えやがれ!!!」

「貴様の義理の父、ラッキー・チャン・キノジョウだ」

「何、だと・・・オヤジが・・・」

「奴がこの娘を拐かし、ロボトミー手術を施してハンフォードに売ったのだ。お前を手に入れる為にな」

 一瞬の沈黙。「アイツなら、しかねない・・・」ウラは自分に言い聞かせるように呟いた。


 イソメがごふごふと咳き込んだ。赤黒い血が花びらのように散って白い砂を染めた。ヒューヒューと苦しげに喉が鳴った。

「イソメ!大丈夫か?しっかりしろ!!!」

 イソメの目が虚空を彷徨う。

「私は死ねない。だって、約束したの・・・

 誰とだったか、それすら思い出せないけど・・・

 私は、何があっても生きなきゃいけない・・・

 私は、あの人を絶対に一人にはしない・・・

 あの人の為に私は生きるの・・・」


 ウラの脳裏に、昔イソメと交わした約束が蘇った。


 あれはイソメと知り合って間もない頃。自分達の集団は、まだ組織と呼べるようなものではなかった。何の力もない只の浮浪児達が身を寄せ合い、その日その日を必死で生き延びようとしていた。ウラの統率力と腕っ節にすがるように、大人達に虐げられていた子供達が一人二人と集まり次第に仲間が増えていっていた。


 そんなある日、弟分として可愛がっていたヴォーノが、ピニャータが、ラファエルがいなくなった。探し回るウラとイソメの目の前に、野良犬とカラスが何かをめぐって争っているのが見えた。

 そこへ、転がってきたマネキンの頭。


 眼のあった場所にぽっかりと開いた深い深い闇の色。鉄と汚物と腐りかけた肉の匂い。

「ひっ・・・・」イソメの小さな悲鳴が飲み込まれた。

「マネキンじゃ・・・ねえっ・・・」


「ラファエルッ!!!」散々に殴られ切り刻まれ、焼け爛れた金属棒でも押し付けられたのか、酷い火傷を負わされ、生きながら体から切り離されたラファエルの頭部。切断された筋肉の盛り上がり方がそれを物語っていた。

 彼の美しかった青空のような瞳は無惨にえぐり取られ、泥にまみれてはいたが天使のような金色の巻毛と、生まれつきだと言う耳朶の星形の痣でかろうじてラファエルだと判別できた。

 そして、犬とカラスが争っていた場所には、ぼろ切れのようにズタズタにされバラバラになった三人分の身体。まるでいらなくなったおもちゃのようにゴミ捨て場に投げ捨てられていた。


 初めてできた家族のような存在。それなのに、誰一人として助けることができなかった。己の非力さに、狂ったように泣き、わめき、悪鬼のような形相で三人の体をかき集める自分に向かってイソメが言った。

「私は絶対に死なないよ。お兄ちゃんを置いてなんていかない。何があっても生きる、生き延びてみせるから。だから泣かないで・・・泣かないでお兄ちゃん・・・」


「俺の為に・・・こんなにボロボロになるまで・・・」ウラの喉から絞り出される呟き。


 しばらくの間が開き、ウラの手が優しくイソメの髪を撫でた。

「イソメ、もういい・・・もういいんだ。お前を守れなかったクソ兄貴の為なんかじゃなくていい。今度こそ、自分の為に生きろ」

 そう言ってウラはイソメの額にそっと口付けた。イソメの瞳が不安気に揺れる。

「自分の・た・め?・・・ご主人様・は?・・・あの人・は?」

「お前はもう自由だ。だから、今度こそ自分自身の為に生きるんだ」

「・・・」イソメの瞳が閉じられ、思案を巡らせるかのようにその眉根が寄せられた。


「ちょっと、兄ちゃんは落とし前をつけに行ってくるからよ。イソメ、お前はゆっくり休んで養生しときな」ウラはスッと立ち上がった。


「ババァ。すまねぇがイソメを頼む。礼はたっぷりさしてもらうからよ」

「ほんに口の悪いワラシじゃ。礼などいらんわい」片手で木を弾きつつ、婆様はもう片方の手をうるさげに払った。


「行くのか?」立ちあがったウラにヒルコは声を掛けた。

「ああ。借りはキッチリ支払ってもらうのが俺達の商売上の鉄則だからな」

「死ぬなよ」

「そんなつもりはさらさらない」

「なら、この指輪をやろう。また、此処に戻ってきた折これで扉を叩け。されば扉は開く」

「サンキュ」ウラは、軽くそう言って指輪をはめ、くるりと背中を向けて足早に出て行った。



              ※

              ※

              ※


    そう言って俺は落とし前をつけるために出ていった。

 

             なのに・・・


              ※

              ※


         ーお帰りなさいませー


     にっこりと笑い、俺の目の前で手を広げるイソメ。


     その周りに、ズタズタに切り刻まれた人だったモノ。




       ー何だ・・・何が起こったんだ!?!?ー


              ※


       俺の目の前で、暗黒の女神が微笑んでいる。








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