HIRUKO ウラ篇 其の陸 トリニティー
「出でよ・・・冥界の剣」
気怠げに呟くトリニティの背後に、茶色く錆びた剣が現れた。光背のようにぐるりと彼女の周りを取り囲む。
そしてそれらは、見えない弓につがえられたように、次々とその切っ先をヒルコ達の方へ向けた。
「何か、ヤバそうな予感しかしね~し」ダイキの竹刀を握る手が汗ばんだ。
「錆びた刃で切られると、めっちゃ痛いしな~」ハクは心底嫌そうに顔をしかめた。
「それだけでは済まなさそうだ・・・」と、ヒルコ。
そんな中アマニレナスだけは、行け行けモードを崩さない。「な~にびびってんだよ!ガンガン行くぜっ!」竹刀を握り直し、褐色の稲妻のごとく一気に駆け出した。
トリニティの手が振り下ろされた。錆びた剣が次々と撃ち出される。
アマニレナスの竹刀が、その中の一本を弾かんと打ち払った瞬間。竹刀はまるで朽ち木のようにボロボロと崩れ始めた。
その勢いは止まることなく、彼女の腕に絡みつくように上り始める。皮膚が赤黒く変色し、ボロボロと剝けていく。その傷口からは体液と血液の混じった液体が噴き出した。
「ふぎゃあっっっ!」踏んづけられたネコのような声を出し、アマニレナスは変わり果てた己が手を凝視した。
「この野郎・・・!」ブチブチとこめかみに血管が浮き上がった。腐りつつある腕をものともせず、そのまま突進しようとするアマニレナスをダイキは慌てて止めた。
「お前、その手で突っ込んでいってどうすんだよ!」
「離せダイキ!あいつら、ぼっこぼっこにしてやんだからよ!」
「ちょっと待て!冷静になれ!一度落ち着け!」
「いつも、いの一番に暴れまくるお前に言われる筋合いはねぇっ!!!」そう言って再び走り出そうとする。
その騒ぎを通り越し、残りの剣がヒルコ達を狙い飛んできた。
「光 矢!」ヒルコの髪の鈴が四方に放たれた。鈴は剣にぶつかり、双方とも茶色の錆と変わり果てバラバラと落ちてきた。
残った剣をハクの刀が薙ぎ払う。
「うお~!オレの虎徹っちゃんがぁ!!!」錆び付き、朽ちていく刀を目の当たりにしてハクの悲鳴が響いた。
「馬鹿者!早く手を離せ!汚濁が上ってくるぞ!」
叫ぶヒルコの声に、慌ててハクは刃を放した。足元に落ちた刀は、そのままざらついた茶色の砂へと変化し床に散らばる。
「チックショー!これ、高かったんだぜ」
「どうせ、いつものように骨董屋のオヤジに騙されただけだろうが」嘆くハクに、ヒルコは贄もない言葉を投げかける。
「ほほほ・・・なんて楽しい光景。一族からも忌み嫌われる汚濁ですけど、何か事がある度にこうやって使われる・・・」
トリニティの足元から、氷のように冷たい輝きを持った碧い炎が立ちのぼった。
「本当に、皆さんご都合のよろしいことで!」再び手が振り下ろされた。
剣が、次々と発射される。
「うおっ!絶体絶命!」ダイキの叫びが響きわたった。
自分の髪を結わえている鈴の付いた五色の紐の一本を取り、ヒルコはそれを宙へと放り投げた。
「汚濁封緘!」 紐は生き物のようにうねりつつ長く伸びていく。
そして、次々に剣に巻きついていった。ヒルコの手が印を結ぶ。
「六道清浄大祓!」
紐に絡め取られた剣は銀の霞のように消滅した。
「あらまあ、汚濁には清浄ですか?」その声が苛立たしげに震え、革の手袋で覆われた手がギュッと握り閉められた。
「お綺麗なこと・・・羨ましい限りですわね」トリニティーはクルリと後ろを向いた。
「ジョカ、シミ一つ無いお嬢さんには、少し汚れがあったほうが素敵じゃなくって?」
ジョカの口の端がニヤリと上がった。
「無垢な者ほど汚濁には弱いからね」そのままその口から闇の真言が流れ始める。
「同じ手には乗らんっ!ダイキ!サラスヴァティを投げろっ!」ヒルコの声が飛んだ。
「おうよっ!」悲鳴を上げるミニチュアサイズのサラスヴァティをダイキは宙に投げ上げた。
「復つ白玉、流れに逆らいて」ヒルコの言葉と共に降り注いだ銀の雨に打たれ、サラスヴァティの体はみるみる元の大きさに戻っていった。
ハクがその体をキャッチする。
「おっ帰り~。でも、少々立て込んでるからな。早速で悪いけど、いっちょ生ライブお願いな」
「もう!人使い荒っ!」
そう言いつつもサラスヴァティは、乱れた息を整えるように一息つくと、持っていた琵琶を構えた。
滑らかにその指が動く。水が流れ落ちるように美しい旋律が溢れ出した。
その清浄なる音色とジョカの闇の真言が合わさり、いとも凄まじい不協和音が造り出された。
ヒルコは顔をしかめつつよろけた。
「大丈夫か?」ハクがその顔を覗き込んだ。
「オレみたいな半神、半獣の妖魔にとっては、このミックスも気持ちイイもんなんだけどよ」そう言いながら、たまらなそうにブルブルッと体を震わせた。
「吐きそうだ・・・」青ざめた顔で呟きつつ、妙な違和感を感じヒルコはダイキ達の方を振り返った。
ダイキとアマニレナスはその不協和音の渦に身を任せ、魂が抜けた者のように立ちすくんでいた。
「ぐおぉぉぉぉ!!!」いきなりダイキの口から野獣めいた雄叫びが響いた。その体が小刻みに震える。元々、筋肉質で逞しいその体が、メキメキという音を立てながら、なお一層の盛り上がりを見せ始めた。
ダイキは、再び雄叫びを上げると顔を覆った。血管がその腕を這い上がる。顔を覆った指の隙間からも、何かが盛り上がりつつあった。
アマニレナスの変色し、腐り果てていた手が、爬虫類の皮膚のように硬質化していく。その指先には鋭い爪が皮膚を破り生えてきた。
赤黒い血が指先を伝ってしたたり落ちる。その血液は次第に輝きを放ちはじめ、長く伸びた刃へと変化していった。
そして気を失い、床に転がされていたイソラの体も変化しつつあった。
皮膚を突き破り、真っ黒な毛が生え始め、その口が裂けたかと思うと、ずらりと並ぶ鋭い牙が覗いた。
半人半獣の姿へと変わったイソラの目が開く。その、開いた眼が怪しく赤く光った。




