HIRUKO ウラ篇 其の伍 鬼ノ城カンパニー
鬼ノ城カンパニー。
それは、闇で手に入れた生活物資を売りさばくブローカー。闇市の商品は、鬼ノ城カンパニーを通さなければ、個人の店だとしても売ることはできない。
商品が右から左へと動く間に、当然のごとく高い手数料が絞り取られていく。ご親切な事に、様々な事情でそれらが払えずに泣く者には、これまた高い金利で金を貸す高利貸しも営んでいた。
カラスで一、二位を争う歓楽街。不夜城と呼ばれているギオンにも数多くの飲食店、風俗店を持っており、経営者のラッキー・チャン・キノジョウは、ギオンを牛耳る夜の四天王の一人とも囁かれていた。
しかしそれすらも表の顔でしかなく、詐欺や恐喝に違法薬物、武器の販売、闇での臓器売買。金になることならどんなことでもオールオッケー。まるで、ハイエナのように全てを噛み砕き、喰らい尽くし、後には骨も残らない・・・
人身売買や無認可のバイオノイドの製造にも深く関わっていると噂されており、最近では客の注文にあわせ、人体改造やデザイナーベビーまで扱っていると言われていた。
マッチ一本から人間まで・・・鬼ノ城カンパニーでは、金さえ出せばありとあらゆる物がそろう・・・
それが、世間での鬼ノ城カンパニーの評価だった。
しかし、経営者であるラッキー・チャン・キノジョウは、跡取りに恵まれなかった。種なしとも囁かれてていたが、もしもそれが本人の耳に入ろうものなら、噂した相手は何日か後に、頭に風穴を開けられて運河に浮かぶ事が決まりだった。
彼は、自分の持ち得る手段の全て使って、己の子供を造り出そうとした。が、その試みに神が微笑むことはなかった。
どんな物でも手に入れる事ができる帝王が、たった一つ手に入れられないモノ。それが彼の血を引く子供であるのは、運命の皮肉とも言えよう。
そんな事情もあって、ストリートチルドレンであったウラは、チャンに見いだされ、養子として引き取られた。しかし、彼が引き取った息子はウラだけではない。
様々な能力を買われ、自分の養子にした男子はウラを合わせ合計五人。彼らは鬼ノ城カンパニーの多様な業種を継ぐべく育てられていた。
しかし、チャンファミリーの息子となった彼らは、お互いに何の絆も築くことなどなく、愛情を通わせることもなかった。
愛情がないどころか、隙あらば相手を食い殺そうと、虎視眈々とチャンスを伺っていた。まるで、母鮫の腹の中で、血みどろの食い合いを繰り広げる小鮫のように。
ダイキは、そんなウラがまだスラムのストリートチルドレンだった時の友人。
世間から見捨てられた薄暗いスラム街と、夜っぴてネオンの輝く歓楽街ギオン。一見対照的に映るその街は、光りと影のように隣接していた。
母の店があるギオンの街で、悪さの限りを繰り広げていたダイキと、野良犬のように餌を探してうろついていたウラは出会うべくして出会う。
親も身よりもなく、スラム街の路上で暮らしていたウラは、もう既に自分の組織と呼べるものを作りあげていた。
スラム街での子供の立場は弱い。大人達に都合の良いように利用され搾取される。たとえ、命がなくなったとしてもゴミのように投げ捨てられるだけの存在。
ウラはそんな弱い子供達をまとめ上げ、大人達に負けない力を作りつつあった。
ウラにとっては、同じ立場の彼らは家族同然。その想いはウラを慕って集まった彼らとて同じ。今現在も厚い絆で結ばれた部下として、ウラの事を支え続けている。
そんなウラと意気投合し、ダイキはよく彼らと行動を共にするようになっていった。
悪さをするが、それらは仲間への深い愛情から・・・そして、皆で今日を生き延びる為。
そんなウラを、ダイキは友として認めていた。
しかし、そんな関係に亀裂が入ったのは、ウラがチャンの養子になってから。
ウラがチャンの力に与したのは、イソメが大きな原因だった。
イソメは、ウラが初めて大人に牙をむき守ろうとした存在。彼女は、心ない大人達に虐げられ、ぼろきれのように扱われていた。
その頃のウラは、まだ仲間もおらず、ひとりぼっちでドブネズミのように生きていた。その頃の彼にとって、自分以外の者は全て敵だった。自分さえ良ければそれでいい。得にならないことはしない。そう思って日々を過ごしていた。
そんな彼が、偶然の成り行きとはいえ、彼女を守り大怪我を負う。
「お前の為にやったんじゃねーからな」とウラは突っぱねたが、血まみれになった体は言う事を聞かず、そのまま意識混濁してその場に倒れ伏した。
イソメはそんなウラを必死で介抱した。何処かで見つけてきたなけなし食べ物を、自分だって食べていないくせに、食べたからと偽って笑ってみせた。
その後でイソメのお腹が大きな音でグウッと鳴って、二人して大笑いしたけど・・・
心配そうに自分を見つめるイソメの顔が、泥と垢にまみれて小汚いくせに輝いて見えた。自分の為だけに生きてきたウラに、今まで感じたことのない暖かな感情が芽生えてきた。
「お兄ちゃんって呼んでいい?」そうイソメは尋ねつつ、虐げられ続けてきた者特有の諦めの眼差しを投げかけた。
「俺、もっと強くなって、お前を守れる兄ちゃんになってやるよ」骨折し、ボロ切れで添え木をくくり付けた腕を辛うじて上げると、ウラはイソメの頭をなでた。
イソメの表情がぱあっと輝いた。ウラは自分より小さな存在であるイソメの事を心から愛しいと思った。
その出会いから、ウラは変わった。
イソメと同じように、虐げられている子供達を守っていく存在へと。
そんな大事な家族であるイソメが、突然行方不明になった。もう既に、スラム街でも名を知られるようになっていたウラの組織は敵も多い
しかも女はいつの世でも利用価値が高い。
ウラを筆頭に、仲間達は血眼になって探し始めた。売春宿、臓器売買や人身売買の組織。それらをしらみつぶしに当たっている時にウラはチャンと出会った。
「坊主、噂は聞いてるぞ。お前は本当の力が欲しくないか?そんな、小さなお山の大将で満足するんじゃなく、全てを動かせる強大な力が欲しいとは思わないか・・・」そう言ってチャンは、自分の息子になれと葉巻をくゆらしつつ口の端を上げて見せた。
最初はチャンのような、弱い者を食いものにする組織を嫌悪し、忌み嫌っていたウラだが、彼の強大な力を目の当たりにし考えを改めた。
いや、それを利用しようと決めた。
俺が、この世界を変えてやる。そして、イソメを見つけ出してやる。
彼は決意した。
そして、再び彼は変わった。昔からのファミリーには変わらぬ愛情を注いだが、それ以外に対しては冷酷非道ともとれる態度を取り始めた。
それはダイキとの決別を意味した。非情になったウラを、ダイキは「ちげーし・・・」一言、そう表現して去っていった。
そのイソメが、鬼ノ城カンパニーに売られただと?・・・ダイキは頭が混乱した。
「はめられたって事よ・・・」ダイキの制服のポケットから声がした。
「はめられた?」
「鬼ノ城カンパニーは優秀な跡取りが欲しかった。その為に、ウラの大事な者をこっそり奪っておいて、お前は無力だ。この世は力こそ正義だ。だから、取り返す力が欲しくないか?と誘う。ありがちな手口よ。
本当は妹を亡き者にしてしまった方が、ばれる事も無かったでしょうに、吝嗇家で有名なチャンだから、ついつい金に変える方法を選んでしまったんだと思うわ」
プハ~と息を吐きつつ、ダイキの胸ポケットから顔を覗かせたのは、小さなお人形のような大きさに縮められたサラスヴァティ。
「ダイキ!アンタの制服臭い!いつから洗濯してないの?息が詰まるかと思ったわよ。その上、上へ下への大活劇。何度死ぬかと思ったか」
「あに言ってんだよ!戦闘能力ゼロのお前を守る為に、ヒルコが策練ってくれたんじゃねーかよ」いつものような口喧嘩が始まろうとしたその時、闘技場に声が響いた。
「ハンフォード兄様・・・お気に入りの玩具が取り上げられそうになって、泣いていらっしゃるんですって・・・?」
その声の主は、死神のような黒い闇をまとって現れた。その後には少し距離を置いてジョカが立つ。
漆黒の革製のマントを頭からすっぽり被り、その下からカラスの濡れ羽色に輝く羽毛が垂れ下がる。
顔は、鳥の嘴の様にも見えるペストマスクで覆われ、手足も革製の手袋とブーツで隙間無くガッチリと固められていた。
「トリニティー・・・」ハンフォード兄様と呼ばれた、イソメの主人である男は眉根を寄せた。
「汚濁をわたくし一人に押しつけて、ご自分は楽しく過ごしていらっしゃるのに。いざ、何か事があったら助けてくれだなんて、あまりにもご都合がよろしいんじゃなくって?」
「それを決めたのは我々の両親だ。だがそれも、亡くなって久しい。我が一族は、もはやお前と私だけだ」ゴホゴホと咳き込み、口元をハンカチで抑える。ゼイゼイと苦しげに喉が鳴った。
「汚濁を、誰か一人に押しつけた所で全ては拭いきれないという事ですわ。ざまあみろですわね」トリニティと呼ばれたマントの主は、兄が苦しそうに息をする様を見て楽しそうに笑った。
「でも、わたくしジョカの所で退屈していましたの。少し遊ばさせて頂きましょうか?」
ヒルコ達に向き直ったトリニティの左手が上がった。




