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HIRUKO  作者: 月岡 あそぶ
10/23

HIRUKO ウラ篇 其の参 ジョカ

「さて、では過去をたどる旅に出発するとするか」

 ヒルコは、サラスヴァティの持ってきたお菓子を食べ終わると、スカートに落ちたお菓子クズを払いながら立ち上がった。


「それなら早く行かなきゃ、暗くなっちゃうし」サラスヴァティも当然といった風に立ち上がる。

「えっ?何?」訳がわからずイソラの目が二人を交互に見た。

「その場所に実際に行って確かめてみるのだ。また違う発見があるやもしれんからな」

「まずは、D9地区ね。ルート検索・・・電車を使うほどじゃないわね。バスの時刻表、と・・・」

 サラスヴァティは、電子辞書ほどの厚みのある機械を鞄から取り出した。


「何、それ?」

イソラは、見たことのない機械に興味をそそられて尋ねた。政府からは国民に対し、電話やメールなどの機能がついた電子端末“シード"が配布されているがそれとは明らかに違う。


「これはね、大きな声では言えないんだけど、量子コンピュータカムイに接続するための端末。違法だし、個人には配布されてない代物だけど、いつの世でも、情報を握った者の勝ちだからね。ウチの父親みたいな、ヤバイ橋を渡らなきゃいけない探偵業なんて、これにすごく助けられてるって訳」

「ほう、興味深いものだな。量子コンピュータ本体に接続しているのか」ヒルコは興味津々といった呈で覗き込んだ。

「ううん、カムイ自身は幾重にもブロックがかけられてて、その末端にしか接続できないの。それでもいろんな情報が一般市民には伏せられてるって事がわかるわよ。少し覗けるだけでも世界が変わって見えるから。

 それに、国から配布されてる端末は、持っている者の通信や情報がダダ漏れだっていうのが、父親達の業界では周知の事実だし。今度この機械、ヒルコやイソラの分も手に入れられるか聞いてみるね」

 サラスヴァティは親指を立て、自信ありげに片目をつぶってみせた。



 自動運転のバスに揺られ、夕闇が迫る頃三人はD9地区に到着した。


 イソラの胸は懐かしさで高鳴った。足が自然と小走りになる。

「ここ、此処だよ。僕の住んでた家!今も相変わらず配給所のままなんだ!あの頃と厨房の中も全然変わってない」イソラは窓の中を覗き込み声を上げた。


 夕食を各家庭に配る時間帯の為、配給所の中は明かりが消え誰もいないようだった。イソラは隣の家に向かって走り出した。ドンドンと扉を叩く。

「ブルームリヒさん!いる?僕、イソラだよ!ブルームリヒさん!おばさん、エンゲル!ねえってば!」

 しばらくの間が開き、用心深げに少しだけ扉が開いた。顔色の悪いはげ頭の男の顔が覗く。

「ドンドン扉を叩かないでくれ。この世の終わりがやって来るわけでもないんだろう」男は陰鬱な表情で、感情のこもらない言葉を吐いた。


「ブルームリヒさん。僕のこと覚えてないの?隣に住んでたイソラだよ。父さん達が事故にあった後、しばらくの間お世話になった・・・」

「ああ・・・イソラか・・・急に訪ねて来られても困るな。それに、もうそんな昔の事などとうに忘れてしまったよ・・・じゃ元気で・・・」それだけを言い終わると、その顔がそそくさと引っ込んだ。

「おじさん待って!エンゲルは?もう学校から帰ってきてるんでしょ」

 必死で呼びかける声も空しく、イソラの鼻先でバタリと扉は閉められた。


「お前の話とは、かなり違うな」ヒルコはフンと鼻を鳴らした。

「そんな・・・ブルームリヒさん、前はあんな人じゃなかった・・・もっと明るくて、何時でも笑ってて・・・」イソラは慌ててまたその隣の家に走った。

 しかし、そこでも木で鼻をくくったような受け答えが帰ってくるのみ。何軒もの家を走り回ったイソラは呆然とその場に立ちすくんだ。


「こんなの、こんなの・・・僕が知ってる皆じゃない・・・」

 サラスヴァティがイソラの肩を叩いた。

「何がどうなったかはわからないけど、しょうがないよ。暗くなってきたし、次に行こう・・・」


 イソラは涙ぐんだ。振り返り振り返り、重い足取りでバス停に向かって歩を進める。その足が、ピタリと止まった。

「此処・・・」

 その視線の先には、石の舗装で覆われた広場。

「此処がどうした?」

「皆で野菜を作ったり、ニワトリを飼ったりしてた場所」

「今はその面影はないわよね」サラスヴァティが靴で石の舗装を蹴った。

「ピカピカで新しそうだから、最近舗装されたみたいね」

 イソラは益々肩を落とした。

「本当に、変わっちゃった・・・」

「そう力を落とすな。次に行くぞ」

「次って何処?」


 サラスヴァティは端末で地図を確認した。

「孤児院はかなり山の上で、電車どころかバスルートもないし、とりあえず市場の方に行ってみることにする?」

「そうだな、孤児院の方は後でハクを呼んで連れて行ってもらうとするか」

「何?ハクって?」

 ヒルコは小さく笑った。

「イソラにも紹介してやると言ったが、ウチの便利屋狐だ」

「狐・・・まあ、よく解んないけどヒルコが言うなら大丈夫でしょ。まずはバスに乗って市場に行きましょ」


「僕、もうあそこと孤児院には二度と行きたくないんだけど・・・」イソラが、その小さな体を益々縮めるようにして言った。

「大丈夫だ。私がついている」

「やだ、ヒルコ男前!イソラももっとシャンとしなさいよ!」サラスヴァティの手が伸び、イソラの背中を力強く叩いた。本日二回目となるその一撃に、やはり前のめりに倒れそうになる。


「もっと臍の下に力を入れておけ!」ヒルコの手が伸び、イソラの腹へとあてられた。

「ヒルコの手ってすごく暖かいんだね」熱い固まりが、体の中に流れ込むようなその感覚に驚きの表情を浮かべる。

「お前も、少し鍛えなしてやらねばいかんな。エネルギーというものが全く感じられん。今度、ウチに来た時は特訓だ」ヒルコがニヤリと笑った。


「ヒルコの特訓って、命の危機を感じるんだけど・・・」

 不安げな表情を浮かべるイソラを笑い飛ばしつつ、二人は歩を進める。イソラも慌ててその後を追いかけた。


 バスは、停留所を3つ通過して市場の入り口へと到着した。闇市場は仕事帰りの人でごった返していた。

 そこには、食材や生活物資を手に入れようとする一般市民と、それらを何処からか調達してきたスラム街の住人とのやり取りで活気づいていた。


「お前が連れて行かれた屋敷を覚えているか?」

「多分、こっち・・・だと思う」イソラは何度か迷いながら、大きな屋敷の所までヒルコ達を案内した。


 あの時と同じように、優雅な屋敷の庭には薔薇が咲き乱れていた。何人かの召使いであろう男達の姿が見られ、水やりをしたり、草取りをしたりの作業に余念がない。


 道を渡り、スタスタと玄関の門に近づこうとするヒルコを、イソラは慌てて押しとどめた。

「あの、ジョカとかいうおばさんに会ってもいけないし、遠くから見るだけにしようよ」

「遠くから見るだけならわからんこともあるだろうが」

「でも、ホントヤバイから。あのおばさん堅気の人じゃないから」


 押し問答をする二人の横を、車椅子に乗った少女が通り過ぎようとした。

 ちょうどイソラの横に来たとき、少女の車椅子を押していたイエティが、ハッとした表情でイソラの方を見た。フオッフオッと優しげな声が漏れる。


「エリザベスどうしたの?静かにしなさい」車椅子の少女がいぶかしげな声を出した。目が見えないのか、その瞼は固く閉じられている。

 それでも、主人であろう少女の制止の声も聞かずにイエティは声を出しつづけた。イソラも不思議そうにそっちを見やった。


 イエティはイソラを見つめていた。その瞳が潤み嬉しげに輝く。

「ハル・・・」

 イソラは信じられないといった表情を浮かべた。

「ハル・・・ハルだよね」イソラはそのイエティの体に飛びついた。ハルは片手は車椅子を持ったまま、もう片方の手でイソラを抱きしめた。


 飛びついた衝撃を感じたのか、少女は益々不安そうな声を出した。

「エリザベス。何をしているの?そこに誰かいるの?」

 イソラは慌てて言った。

「不安がらせてごめんなさい。このイエティ。昔、僕の家にいたイエティなんだ」

「えっ?貴方、エリザベスの昔のご主人様なの?もしかして、この子を連れて行っちゃうの?

 私、私・・・エリザベスと、とても良いお友達なのよ。この子がいなくなったら私・・・」

 少女の閉じられた瞼から涙がこぼれ落ちた。

「いや僕、今、伯父さん所の居候の身だから。連れて行きたいのは山々だけど、今すぐって訳じゃ・・・」

 イソラは現実を思いだし、少し悲しそうに言った。


「君が今の、ハルのご主人様なの?」

「ええ、お母様が私だけの為にって特別に連れてきてくれたの。貴方はハルって呼んでるのね。私はエリザベスって呼んでるの。この子、とても優しい子よね」

「うん、すごく優しいよね。僕の親は仕事で忙しくって、寂しくて泣いてるとよく慰めてくれたんだ」

「まあ、貴方もなの?私のお母様も仕事で忙しくって。寂しくて泣いているとエリザベスはその度に私をギュッと抱きしめてくれるの。足と目が不自由な私をこうやって散歩に連れて行ってくれるし」


「同じだね。僕、ヨリカミ・イソラって言うんだ。よろしくね」

 少女の境遇に共感を覚えたイソラはそう言うと、驚かせないようにゆっくりと少女の手を取った。少女は少しびっくりした表情を浮かべたが、その手を振り払うことなく微笑んで言った。「私、マリヤ。こちらこそよろしく」

 そして、イソラに向かって手を伸ばしてきた。少女のひんやりとした細い手がイソラの顔をゆっくりと撫でる。彼女の手からは、薬臭い匂いが漂ってきた。

「顔の形や、声の感じからして私と同い年ぐらいなのかしら?」

「僕、十三歳だよ」

「私も同じだわ・・・」

 そして、おずおずと言葉を続けた。

「私、こんな体だから学校にも通ってないの。お母様に学校へ行きたいってお願いするんだけど、家庭教師で良いからって。家の外は危ないからって行かせてくれないの。

 この散歩だって、屋敷の周りを三十分だけならって辛うじて許してくれたの。

 でも、もし、よかったらお友達になってくれない?屋敷には大人ばかりでつまらないの」

「屋敷って・・・」イソラは道の向こうに視線を走らせた。

「私の目には映らないけど、この前。薔薇が咲き乱れてる所よ。香りで私にはわかるわ」少女は微笑んだ。


 イソラは、背中にずしんと嫌な気配を感じた。

「坊ちゃん、久しぶりだね・・・」

 振り向いたイソラの目の前に、男達を引き連れたジョカが立っていた。


「マリヤを屋敷に連れてお行き」ジョカは、男達の中の何人かに命令を下した。

 男達は、マリヤを抱き上げるとさっさと歩き出した。ハルはその一人に電気棒で殴られ、ついて行くように促される。ハルは小さなうめき声を上げ、空になった車椅子を押しつつ、何度も後を振り返りながら歩いて行った。


「ハル!」イソラの声が響く。

「お母様!その人は悪い人じゃないの。エリザベスの昔のご主人様だって!だから、立ち話をしていただけなの!」少女の必死の声も響いた。

「マリヤ。コイツはね、ここらでも有名な札付きのワルなんだよ。お前に悪さをしようと近づいてきたんだ。母さんは何時だってお前を守ってあげてるだろ。だから何も心配する事なんてないよ。先に屋敷に帰ってトリニティーと一緒に夕食を食べていなさい」

 その声の響きは優しげだが、イソラを睨みつける顔は邪悪さに満ちている。そのちぐはぐさにイソラは恐怖を覚えた。


「僕、何のことだか・・・」イソラは最後の望みと、何も知らない振りをしてとぼけてみせた。

 そんなイソラをジョカは鼻でせせら笑った。

「坊ちゃん。アタシはね、一度見た顔は忘れやしないんだよ。例え相手が子供だろうと、それから成長して顔が多少変わろうとね。

 アタシはこの能力で、アタシの事を売り飛ばしてくれた女衒の奴ら。毎日暴力をふるっては好きなように扱ってくれた置屋の店員達や変態の客ども。それら全てに復讐できたのさ。誰一人とてアタシのこの手からは逃れられなかったよ。

 中でも、アタシからマリヤを取り上げようとした置屋の主人の最後は、本当に胸がすく思いだったね。

 あの子の目が見えず、足が立たないことを知ったあいつは、商品にならないと思ったんだろうね。

 ネコの子を水につけるみたいに、マリヤを殺そうとしやがって!

 足先、指先から少しずつ少しずつとゆっくりと潰してやったよ。己の罪をよーく見ることができるように瞼を切り落としてさ。

 哀れにもションベンをちびって、血の涙を流し、命乞いをして泣き叫んでたよ。

 でもね、あまりにもうるさいからさ、途中で舌を切り落としてやったのさ。

 あの血まみれになってパクパクと口を開け、金魚みたいに目をむいた顔、本当にざまぁみろさ。


 まあ、坊ちゃんにはアタシの昔話なんて面白くもなんともないだろうけどね。でもね人ってモンはさ年を取ると、今の事よりも昔の事をより鮮明に思い出しちまう生き物なんだよ。


 それにアンタは、アタシの顔を潰してくれた可愛い坊ちゃんだからね。

 記憶にも特に刻み込まれようってモンだよ。

 この好機を神に感謝するよ。いったいどうしてやろうかね?」


「何を言う」ヒルコは、イソラの前に出ると腕を組んだ。


「おやまあ、今度は可愛らしい連れも連れてきてくれたんだね。あの時の借りで、三人まとめて売り飛ばしてあげるよ。特別に、あんた達は脳をいじらないであげようかね。

 でも、それを血の涙を流しながら後悔する事になるだろうけどさ。何もわからないまま切り刻まれる方が幸せだったとね」


「イソラがお前を恨むことはあっても、お前のほうが恨むなどお門違いも甚だしいだろうが。何故お前から、四の五の言われなければならんのだ」

「あんたのようなお嬢ちゃんは知らないだろうけどね、アタシ達にはアタシ達のルールってもんがあるんだよ。

 コイツのせいで、それまで蜜月関係を保っていた治安維持警察との関係にヒビが入っちまったんだからね。

 アタシ達のしてるような事は、それまで暗黙の了解で黙認されてきたのに、どっかの馬鹿がコイツを助け出して、このようなことが横行していますと上に報告しやがってね。

 その後始末にこっちもあっちも大変な苦労をしたんだよ。

 でも、その事を公にした部隊長には、お礼はキッチリさせてもらったさ。

 今頃どっかでやさぐれてるだろうよ。

 金や欲望の力に、所詮人は逆らえるモンじゃないのさ。馬鹿なヤツだよ!」

 ジョカは面白そうに笑った。


 マリヤを屋敷内に連れ帰った男達が戻ってきた。残っていた男達と合わせて総勢二十人あまり。

 以前、イソラを牢屋に閉じ込めていた男達のように、見た目からのやくざ者ではない。しかし服の上からもうかがい知れる鍛え上げられた肉体。辺りを油断なく睨みつける鋭い眼光。堅気ではない匂いがぷんぷんと漂よう。

 ヒルコは、イソラとサラスヴァティを背後に下がらせ腕を構えた。

「おやおや、勇敢なお嬢ちゃんだ」

 小柄な少女のファイティングポーズを嘲笑い、男の一人は舐めきった態度で押さえ込もうと腕を伸ばしてきた。


 ヒルコは、優雅な動きでその腕を取った。それが枯れ枝でもあるかのように膝を使ってたたき折る。

 男の目が見開かれた。自分に何が起こったのかわからず一瞬その動きが止まった。

 次に、あり得ない方向にぶら下がった自分の腕に視線を移った。完全に折れ、洋服を貫き白い骨が突き出ている。

「ぐおぉぉおー!」獣じみた男の絶叫が響いた。


「何だ、このガキ!」

 男達の態度が急変した。ピリリとした緊張が走る。

 ナイフを抜く者。拳銃を構える者。

 各々が得物を構え、隙のない輪が三人の周りにでき上がった。


 「森羅しんらっ!」息を大きく吸い込み、大声で叫んだヒルコの手がパンッと合わさった。


 ヒルコを中心にして蒼い炎がブワッと拡がり、見えない圧によって男達は吹き飛ばされた。

 追ってその服や髪の毛に炎が燃え移る。男達は叫び声を上げながらその火を消そうと転げ回った。

 しかし、その火は消えることなくメラメラと男達を包み燃え上がった。


「おやまあ、お前、普通のお嬢ちゃんじゃないねえ」ジョカの唇の端が面白そうに上がった。


 そして、その口から不思議な響きが漏れはじめた。

 地の底から湧き上がる念仏のような響き。


 それを耳にしたヒルコは、崩れるように膝を折った。

 イソラの後でサラスヴァティも苦しげに耳を押さえうずくまる。


「何、どうしたの?」イソラは慌てて二人の背中に手を置いた。

「奴め、闇の真言を・・・」

「闇の真言?」

 ヒルコは苦しげに顔を歪め、指笛を吹いた。

 弱く微かな響きではあるが、その音は夜空に吸い込まれるように昇っていった。


 しかしヒルコは、とうとう力尽きたのかバタリと地面に倒れ伏した。イソラが揺り動かしてもピクリとも動かない。


 それを見て、ジョカは勝ち誇ったように笑った。

「アタシにはね、闇の力がついているのさ。

 あの子が、アタシから引きはがされそうになった時、何処からか声がしたんだよ。

 お前は力が欲しいかって・・・もちろん直ぐさまYesと答えたさ。

 あの時にアタシは闇と契約を交わしたのさ。魂と引換にね

 その代わりに強大な力がアタシのモノになったんだよ。


 アタシにとっては精力剤みたいなこの真言は、あんた達にとっては毒以外の何物でもないだろうけどね」

 そして、震えながらヒルコとサラスヴァティを抱えるイソラを見やった。


「アンタは、やっぱりただの人間でしかないようだね。

 もしくは闇の住人かい?そんな事、あり得ないけどね」

 ケラケラと嘲笑う声は続いた。


 暗くなった空にギラリと光が反射した。

 雄叫びと共に、その光が尾を引きながら真っ逆さまに降ってきた。


 白銀の刀が翻る。同時にジョカの右腕が跳ね飛んだ。

 突然の攻撃を避けることもできず、大量の血しぶきと共にジョカの体が大きくかしいだ。


「バカヤロー!だから、いつだって状況舐めんなって言ってンだろうがっ!」

 刀の血を払いつつ、三人の元に走り寄ってきたのはハクだった。

 ジョカは痛みに耐えかね狂ったように吠えまくる。


 ハクは、その隙に巨大な白狐の姿へと変じた。

 ヒルコとサラスヴァティを軽く咥えると、イソラに向かって背中に乗れと促した。


 イソラの手が、ハクの背中に掛かった瞬間、ハクはギャンッと叫び、ヒルコ達を口から取り落とした。


 イソラの触れた場所がジュウジュウと赤黒くただれ、肉が焼け焦げたような匂いが辺りに漂った。

「どう・・・した・・・?」地面に投げ出され、少し意識を取り戻したヒルコが朦朧としつつ尋ねる。


「コイツ、山犬だっ!」

「な・に・・・・?」

「山犬っ!コイツは大神オオカミさ!俺はコイツに触れられないっ!」

 片腕を切り落とされ、猛り狂い鬼のような形相になったジョカがよろけながら迫ってきた。


「僕のことはいいから、ヒルコ達を安全な所へ」覚悟を決めた表情でイソラが前に出た。


「ダメだ・・・」弱々しくヒルコがイソラに向かって手を伸ばす。

「早くっ!」

 イソラが小さな声ながらも、きっぱりとした口調で言った。


「許せっ!」

 ハクはそう叫ぶと、ヒルコとサラスヴァティを咥え、夜空へと駆け上っていった。



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