29.難しい話はわからないので
本日ふたつめの更新です
ネネユノの目の前に、湯気をホカホカたてる黄色い物体の載った皿が置かれた。
「蛇を食べるってユノちゃんが言うから、どうやって調理しようか悩んでたのよ。卵があってよかったわ。しかもストレンヴルムの卵だなんて!」
「食べたことない」
「そ? オムレツよ。食べてみて、美味しいわよ」
皿の上にはアーモンド形をした卵焼きがある。
セーフティエリアには調理器具や皿だけでなく、テーブルに椅子まであった。調度品はもちろん外から持ち込んだものではなく、ダンジョン内の木材を加工して作ったもの。
それらはまるで、先人たちが腰を据えて攻略しようとしていたかのようだ。なんであれ、一気に駆け降りてきたネネユノたちにはありがたい設備である。
「お。うめぇじゃん」
クローの言葉に、ネネユノも卵でできたアーモンドをフォークでふたつに割る。チーズが入っていたらしく、切り口はビヨンと糸を引いた。ひと口大をフォークで刺して、チーズをくるくる巻き取って食べる。
「ん……んー! おいひい!」
「でしょう。お気に召したようでよかったわ」
卵の中にはチーズだけでなく、蛇肉とキノコが入っていた。キノコはこのダンジョン内で採ったものだが、冒険者なら誰でも知っている普通に美味しい普通のキノコだ。
塩だけで調味したこのオムレツが特別美味しいのは、きっと卵のおかげであろう。濃厚でコクがあり、ほのかに甘い。それに舌触りも滑らかだ。
「ここって10層だったかしら? 小規模っぽいし、あまり深くはなさそうよね」
食事をするとホッとする。魔物との戦闘にずっと神経を尖らせていた全員の表情が、すっかり柔らかくなっていた。
ファヴは全員分のお茶を用意しながら首肯する。
「経験則だが、フロアの広さがこの程度しかないダンジョンは浅い。大抵が15層、あっても20層といったところか」
「なのに、セーフティエリアがあるんだものね……やっぱり異様だわ」
小さいダンジョンなど、あっという間に攻略完了となるのが普通だ。
一方セーフティエリアが形成されるのは、攻略が難しくて足止めされたり、あるいは広すぎて時間がかかったりするダンジョンである。
小さいのにセーフティエリアがあるというのは、冒険者にとっての常識から外れていた。
「やっぱ、呪いがネックだよな。今まで遭遇した魔物の中にどんだけ元人間がいたのやら……」
クローはそこで言葉を止め、茶で喉を潤す。
「クロー、このダンジョンをどう思う?」
「そりゃあもう、魔族が手を加えてるね。普通、この規模のダンジョンは魔物もたいして強くないはずなんだよ。なのに地味に手強いのばっかなのは、元人間だからだ。呪いの転身じゃあスライムや植物系みたいに弱くて単純な魔物にはならない」
「確かに魔素による自然発生的な魔物はあまり見なかったか」
「だろ。自然発生した魔物は元人間に食われてるんだろうし、そもそも魔素の多くは入り口の結界や、呪いの罠に利用してる。効率的に狭くて難敵の多いダンジョンを作ってるって感じだな」
ダンジョンとは、地下深くで溢れ出した魔素が魔物を生み、土地を変容させて作り出すもの……と考えられている。もちろん研究は途上で、魔族が創り出すものだとか別次元に繋がっているのだとか、諸説あるにはあるのだが。
魔物は自ら繁殖するが、魔素によっても生まれ続ける。
もし魔物の討伐を行わなければ、いずれ大暴走が発生してしまう、ということだ。そのため人の寄り付かなくなった古いダンジョンなどは、国が定期的に清掃していたりする。
もっちゃもっちゃとオムレツに向き合っていたネネユノが、そこで首を傾げた。
「なんで?」
「なんでって?」
「だ、だってその魔族は人を魔物に変えたいから呪いの罠をたくさん作ったん、じゃない、ですか。なのに魔物が生まれなかったら人が来なくなる。罠作った意味がなくなる、ます」
「逆だ。人間を遠ざけるために作っている」
ファヴはクローより先にそう答え、目を閉じる。
「なんで?」
「アーティファクトを人間に渡したくないから、だな」
そう言ってオムレツを黙々と食べ始めたファヴに、ネネユノたち3人は顔を見合わせた。
ファヴがあまりにも当然のことのように答えるから、戸惑ってしまったのだ。それに、彼の表情にはどこか怒りのようなものが見える。まるでこのダンジョンに手を加えた魔族と、ひとかたならぬ因縁でもあるかのような。
とはいえ。わざわざそれを追及するのも野暮だ。
ネネユノは掻き込むようにオムレツを胃に流し込み、セーフティエリアまで持って来た宝箱と向き合った。それをシャロンが不思議そうに覗き込む。
「どうやって開けるつもりなの?」
「ふふん。なんと素材の一部の時間を進めて劣化させます!」
「時間を進める?」
「そう! たとえば鍵のとこを腐食させるとか」
「なるほどねぇー。そんなことまでできるの……あ、アタシ食器洗ってくるわねっ!」
「おう。間違ってこれ以上老化させられたら困るし、逃げないとなぁ?」
「花も恥じらう23!」
背後でクローの悲鳴が聞こえた気がするが、ネネユノの意識はもう宝箱に向いている。
よく見れば背面側の金属部分の劣化が激しい。先ほどは半日と言ったが、蝶番を壊す方法ならそんなに時間をかけずに済むかもしれない。
右手の中指に嵌めた指輪に口付けを落とし、心の中で両親に祈る。
「“発展せよ”」
ネネユノの手の中で懐中時計の針がグルグルと回り始めた。右手をかざした蝶番が青白く発光しながら、あれよあれよという間にその姿を変えていく。
クローに教わった通りにすると、魔術の威力が上がる。
体内の魔力を常に意識すること、対象物あるいは対象範囲の座標を明確にすること、結果や効果を具体的に想起すること……すべてネネユノが感覚だけでやってきたことだ。基礎がいかに大切であるかよくわかった。
「これはすごいな」
背後からファヴの声。どうやら覗き込んでいたらしい。
蝶番は赤っぽい錆をまるで泡のように表面にボコボコ浮かべ、黒ずんだ端のほうから砂みたいにこぼれ落ちていく。耐えきれず自重で落ちるまでに、5分とかからなかった。
「半日なんて言い過ぎちゃったー。でも前はこんなに早く終わらなかったのに」
「開けようぜ開けようぜ!」
「俺がやろう」
「お、お願いします!」
箱の背面の金具を外したところで、前面に蝶番のような蓋を開けるための機構があるわけではない。そこでファヴが力任せに捩じり開けたのだが――。
「これは」
赤みを帯びた棒状の物体が1本、鎮座している。その形、香り、模様、見覚えがある。
クローが手に取り、3人の目の前に掲げてみせた。
「サーモンジャーキー……」
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