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48話 追撃戦②

 クード隊長がその念話を受信したのは病院の三十四階にいる時だった。


(…こちら突入一班。………に侵入した…と交戦。その際………。……は……。……付近を警戒……。……終了…)

(…こちら隊長。一班応答せよ。念話の受信状況が極めて悪い。もう一度報告せよ…)

(……せ……う…)

(…応答せよ、一班。聞こえるか?……)

(…………)


 駄目か。クード隊長は念話通信を諦めた。

 念話の通信状態が非常に劣悪だった。おそらく目標の妨害念波による妨害(ジャミング)だろう。

 突入一班のビグマール曹長からの通信内容自体はほとんど聞き取れなかった。しかしその切迫した調子は聞き間違いようがなかった。

 犠牲者が出たのだ。

 今回の目標が近年まれに見る凶悪さだということはわかっていたし、おそらく遊撃部隊も無傷では済まないだろうという予感はあった。しかし、まさかこんなに早いとは……。

 野郎、やってくれるぜ。

 隊長の顔に不敵な笑みが浮かんだ。見るものを慄然とさせる凄絶な笑みだ。

 王都の民の守護者たる「赤の騎士」の隊長としては不謹慎なことだが、戦士としてのクードはこの状況を楽しんでいた。彼が近衛軍に入隊して以来、初めて遭遇した強敵だった。トラー王国の破壊工作員やウジュムのテロリストが王都を震撼させたのもすでに半世紀以上も昔。ここ数十年、王都は平和を謳歌していた。それは素晴らしいことだ。だが近衛軍の多くの者が平穏な日々に物足りなさを感じていたのも事実だった。クード隊長も日々の厳しい鍛練の成果を試す機会を心の底で待ち望んできた。

 なるほど、これは楽しめそうだ。今回の目標は予想以上の怪物だぞ。クードは警戒レベルを引き上げた。




 突入開始直後、まず初めにクード隊長が五人の戦士とともに向かったのは病院最上階にある院長室だった。

 クードは院長に事態を説明した。院長ことジジェルク・マコウプスキ医術師長は突然の事態に驚愕し、少なからず狼狽したが、すぐに気を取り直し、念話連絡網を通じて医術師や職員たちに次のように指示した。

(…廊下を出歩かないように。至急、最寄りの病室内に退避すること…)


 指示が行き届いたことを確認した隊長たちは、最上階から一階ずつ下に向かって進んでいった。

 病室を一室ずつ確認し、目標が潜んでいないかしらみつぶしに捜索していく。

 病室内には医術師と看護師、そして大勢の子供たちが息を殺して隠れていた。突然の凶悪犯侵入の報に、全員が恐怖と緊張の色を浮かべていた。大人たちの異様な雰囲気に、幼い子供たちもただならぬ事態が起きていることを感じ取っているようだった。子供たちは医術師や看護師に不安げにまとわりつき、クードたちに怯えた目を向けてきた。白衣の医術師たちと白い寝間着の子供たちの間で、遊撃部隊の武骨な赤の装甲はあまりにも場違いだった。

 それにしても子供が多い。この病院全体で数百人はいるだろうか。症状の程度は様々だった。痩せ細っている子供、頭の毛がすべて抜け落ちてしまった子供、ベッドに寝たきりの子供。その姿は痛々しかった。




「三十四階、目標の不在を確認。封鎖せよ」

 三十三階へと下りた後、隊長に同行する五人の戦士たちは三十四階との間に「不可侵の呪法」の魔法の壁を張った。代わりに三十四階―三十五階間の防壁を解除した。こうして一階ずつ魔法の防壁を張り直しながら下へと進んでいく。これで上の階にいる者の身の安全は確保されるとともに、犯人はより狭い範囲に追い込まれていく。



 三十三階の病室の捜索に取り掛かり始めた時だった。

(…こちら突入一班、二十七階の……から目標が脱出した……を発見…)

 突然、突入一班のビグマール曹長から念話が入った。今度は近距離で発信されたため妨害の程度が軽い。近いぞ。すぐそこに目標がいる。クード隊長の胸が期待に高鳴り始めた。


 その時、さらに別働隊の突入二班から緊迫した通信が入った。

(…こちら突入二班!現在二十九階にて目標と交戦中!……バカな!おい!やめろ!なんてことを!おい!…)

(…こちら隊長!どうした二班!何が起きた?…)

(…………)

(…応答せよ!二班!応答せよ!…)

(……)

 それっきり二班からの念話は途絶した。



クード隊長は側に立つ戦士に近付いた。遊撃部隊でもひときわ大柄な体格の戦士だ。

「ドルムズ、撃って出るぞ」

「了解」。ドルムズは低い声で短く答えた

「キンゲルとベイジェイ、フルマインは三十四階の魔法の防壁を維持せよ。何人たりともこれより上の階に通すな」「了解」。三人は声をそろえて答えた。

 クード隊長とドルムズは二十九階へと急行した。



「くそっ、やられた……」

「……ひどい」

 二人の目の前には破壊の惨状が広がっていた。

 二十九階はより重症の患者たちを対象とした無菌病室だった。外界の病原菌に抵抗力のない子供たちはこの部屋で治療を受けていた。ガラス窓の向こうの無菌病室の中には、子供たちのベッドを封入した透明樹脂製のケースが何列も並んでいた。

 そのすべてが破壊されていた。

 ベッドの大半は銃弾のようなもので撃ち抜かれ、ひび割れた樹脂の内側には血が飛び散っていた。また部屋の奥の方のベッドは焼かれていた。高温で溶けた樹脂が床に垂れ、ベッドの上には小さな黒焦げの骨格が横たわっていた。


「……何故だ。なぜこんな事をする。重い病に苦しみながら必死に生きてきたこの子たちが、何故こんなむごい仕打ちを受けなければならないのか。いったい何の恨みがあるというのだ……」

 クードの目尻に怒りの涙がにじんだ。

「……野郎…ぶっ殺してやる」

 ドルムズの声も怒りと悲しみに歪んでいた。



 その時、クード隊長の眼は動きを捉えた。無菌病室の前の廊下の曲がり角。

 そこには黒いコート姿の男がにやにや笑いながら立っていた。

「くくく……、人生ってのはつくづく不公平なもんだな。病弱な体に生まれ、他の子供たちと自由に外で遊ぶこともできず、ずっと狭苦しいケースに閉じ込められ、最後は突然やってきた訳の分からない男に虫のように殺される。こいつら一体何のために生まれてきたんだろうな。人間は生まれながらに平等だとか言う馬鹿……」


 クード隊長は最後まで聞いていなかった。

 瞬時に最大加速モードに突入して突進すると、男めがけて斧槍(ハルバート)を一閃した。しかし、穂先の斧の描く軌道から男の姿がかき消えた。しかしクードの眼は男を見逃さなかった。男は廊下の天井に逆さに立っていた。男を串刺しにしようと天井めがけて槍を突き出した瞬間、クードの全身を凄まじい圧力が襲った。圧縮の呪法だった。あまりの超高圧に周囲の光景が歪んで見える。しかし圧倒的な防御力を誇る赤い重装甲と鍛え抜かれたクードの肉体はそれに屈しなかった。

「フンッ!」裂ぱくの気合でクードは圧縮の呪法を弾き返した。

 だが、その刹那に男は廊下の曲がり角の向こうへと跳躍していた。

「逃すか!」

 クードは左腕の籠手(ガントレット)から鎖付分銅を射出した。分銅の鉤が男の足に食い込んだ。鎖が男の全身に巻き付き、固く締め上げた。

 クードは鎖を手繰り寄せると、剛腕にものを言わせて男を振り回した。

「うおおおおおお!!!!!」

 男の身体を廊下の天井と床に何度も何度も叩きつけた。その衝撃に天井に亀裂が入り、床が砕け散った。



 その頃、三十三階。

 魔法の壁を張るキンゲルとベイジェイ、フルマインのもとにある人物が姿を現した。

「どうした、リーグ一等兵。突入一班で何があった」

 それは突入一班で行動していたはずのリーグ一等兵だった。

「…いや…大丈夫だ……何も問題ない…」

「どうした?なぜ単独行動している?何か用があるのか。答えよ!」

「……いえ……問題ない」

 三人はすぐにリーグ一等兵の様子がおかしい事に気付いた。口調が普段より間延びしているし、受け答えも怪しい。それにまるで酔っているかのように上体がふらついている。三人は武器を取り出して構えようとした。

 しかし遅かった。

 リーグ一等兵の槌鉾(メイス)の先端が七色にきらめき、フルチャージで一秒間に数万発の魔力エネルギーの弾丸を吐き出した。リミッター上限をはるかに超過した射撃にリーグの腕もろとも槌鉾(メイス)は砕け散った。

 至近距離から三人に襲いかかった銃弾の雲は重装甲をも粉砕し、肉体をずたずたに引き裂いた。そして、上の階との間に張られていた不可侵の魔法の防壁は消失した。

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