→はい、ぶつかります
しばらくして――。
思う存分食べ放題でお腹を満たしたわたしたち六人は、ディナーに向けて一旦クローズしたレストランの前で無言で向き合っていた。
お互いの間を重苦しい風が通り抜けていく。
腕組みして不遜そうに立つクールビューティに、そわそわしているシリル。ため息をついているエドガーに、シリルに女の人との関係を今にも問いただしたくてたまらないわたし。そんなわたしたちをコゼットちゃんと隊長が物々しく見守っている。
「それで、」
そんな重苦しい空気を霧散させるべく口火を切ろうとして、一歩先にシリルが口を開いた。
「ちゃんと君から聞かせてほしいんだけど、君はあのアンジェなんだよね?」
それにこくりと頷くと、シリルはパァッと顔を明るくさせた。
「やっと……やっと会えたね! ずっと会いたかった! この日をどれだけ待ちわびたか!」
「……そう言う割に、そちらの女性はどなた?」
自分とわたしとの温度差に、シリルはきょとりと目を丸くする。
「えっ、フラヴィさん……? 上司だけど」
「じょっ……上司なんかい!」
思わず突っ込んでしまった。
「え? ていうかエドガー、フラヴィさんのこと知ってるよね? まさか……アンジェに知らんぷりとかしてないよね?」
「えー……そうでしたかね」
半眼になって睨むシリルから、エドガーはわざとらしく視線を逸らす。そのシリルの横でフラヴィさんはぶすくれた顔をしていた。
「別にただの上司と部下というだけの関係でもあるまい。あれだけ散々私を付き合わせておいて」
「もー! フラヴィさん! 今はちょっとあんまりややこしくなること言わないでくださいよ!」
「ややこしいことなど言ってない。現に今までおまえと私は数え切れないほど一緒に過ごしてきたじゃないか」
「それはアンジェを探すためって説明したでしょ! フラヴィさん!」
頭の中がハテナで埋め尽くされる。
「どゆこと?」
わたしの疑問にフラヴィさんが口を開こうとして、シリルが遮るように被せてきた。
「アンジェが居なくなってからもう何年も経つけど……またどこか俺の知らないところでアンジェはこの世界で生きているんじゃないかって、そう思えて仕方なかった。だからあっちの国でも、この仕事についてからはこの国の隅々までも、アンジェのことを探し回ったんだ」
エドガーがそっと「シリルは今外交官としてこの国に滞在しています」と耳打ちしてくれた。
「いくら探しても君はどこにもいない……でもこの景色を見ていると、今にもあの街角の向こうから君が飛び出して来るんじゃないかって思えてしょうがなかった。学院の前、孤児院、二人で歩いた市場、君の面影を探して歩きまわって彷徨って……それで、とうとうあと一つだけ、探してないところがあることに気がついたんだ」
深呼吸したシリルは真剣な面持ちで呟いた。
「食べ放題だ」
シン……とした空気が六人を覆った。
わたしは笑ったほうがいいのか突っ込んだほうがいいのか迷って、みんなの顔をそっと窺い見た。
誰も笑っていなかった。みんな真剣な顔で、真剣なシリルを見つめている。
「アンジェにあれだけ付き合わされた食べ放題、そこだけは探していなかった。『そうだ、アンジェは何食わぬ顔して食べ放題で無双しているのかもしれない』そう思い出すと止まらなかった」
なぜその思考が突飛なことに気づかなかったのか。
街中探したってみつからない奴が、食べ放題のレストランに入り浸っているわけなんてない。いくらわたしがこっちにいたときにシリルの前で食べてばっかりだったからといって、そんな食べ放題の主みたいな、まるで妖怪みたいな存在に思われていたことは心外だった。
「……あのさ、そんな、そこら辺探していないのに食べ放題のレストランにピンポイントにいるわけないよね?」
「本当にそう言える? 例えばこの通りを歩いているこの瞬間、もしかしたらこのレストランにアンジェがいたら? 見も探しもせずにアンジェはいないって簡単に断言できる?」
据わった目でそう募られて、わたしがいない時間がシリルに及ぼした影響について思い知って身震いする。
わたしの存在がこんなにシリルを追い詰めていたなんて知らなかった。
「だからフラヴィさんにお願いしたんだ」
フラヴィさんに視線を遣ると、憎々しげに睨まれた。
「フラヴィさんの趣味は食べ放題なんだ。この人は本当に美食家で、いろんなレストランを知ってる。一見さんお断りのところもフラヴィさんと一緒なら入れるから探せる。フラヴィさんがいたら、この国の食べ放題は制覇できる! だから今日までフラヴィさんと一緒にいたんだ」
おいおい、最後目的すり替わっとるぞ。
「でもそれも今日でやっと終わったね」とニコニコしたシリルに、フラヴィさんは爆弾を投下した。
「終わり……だと? おまえ、もう私とは食べ放題に行かないつもりか?」
「え? だって俺の目的はもう果たしましたから。これ以上フラヴィさんと食べ放題を周る意味もないですよ」
「なんだと……!」
フラヴィさんは怒りからか真っ赤になった。
「光栄にもこの私のそばで食べる許可を与えてやったっていうのに、それを自ら足蹴にするのか……!」
「だって、俺がフラヴィさんの下僕として付き従うのはアンジェが見つかるまでですよってはっきり言ってたじゃないですか」
「本当にもう二度と私と行かないつもりなんだな?」
「だから、さっきからそう言ってます」
「今なら前言撤回させてやってもいい。これからも連れて行ってやっていいんだぞ」
「結構ですよ」
やけに食い下がるフラヴィさんに、わたしを含めた他の四人の疑問が確信に変わっていく。
フラヴィさんって、もしかしなくとも。
「おまえは私よりもこの女をとると言うんだな!」
吠えるように怒鳴ったフラヴィさんに、シリルは躊躇うことなく頷いた。
「……もういい……」
フラヴィさんは怒りのままに足音荒く背を向けると、冷たく言い放った。
「今後いくら泣きつかれても、二度とおまえを下僕にしてやらないからな」
「フラヴィさん、あなたの下僕になりたがる人は他にもごまんといるんだから、わざわざ俺がそう望まなくても不自由することはないと思いますよ」
フラヴィさんは返事をしなかった。ただツカツカと遠ざかっていく後ろ姿になんとも言えなくて、わたしは我慢できずに言っていた。
「あの人、たぶんシリルにそばにいてほしかったんだと思うよ」
見上げたシリルの瞳が、まっすぐに向かってきた。
「……たとえそうだったとして、俺、このままフラヴィさんのところに行ってもいいの?」
わたしの胸の真ん中にドカンと打ち返されてきた直球に、衝撃を受ける。
「……いやだ。行かないで」
思わずこぼれた独占欲に自分でもいやになるけど、これだけは譲れない。
「シリルを幸せにする役目はわたしがいい。そのためにここに戻ってきたんだから」
シリルはふわりと笑った。
やっと見れた。わたしの大好きなシリルの笑顔だ。
「シリル。今度こそシリルを幸せにするために戻ってきたよ」
シリルが一歩近づいてくる。
「待ってたよ、アンジェ」
ぎゅっと抱きしめられた腕の中が懐かしすぎて、それ以上なにも言えなかった。




