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→はい、船に乗ります

 

 乗り込んだ船の中。

 みんな思い思いに自分の部屋へと散っていく。そんな中、わたしは自分の部屋の場所がわからずに右往左往していた。


「さっきからなにしてんの……?」


 そんなわたしを、いまだに隣にいたトムが半眼で眺めていた。


「ねぇ、わたしの部屋ってどこ?」

「はぁ? おっまえ……ほんっとーに頭すっからかんにして帰ってきたんだな」


 呆れたようなトムは、渋々わたしを部屋まで連れて行ってくれた。


「ってここ、相部屋なんですけど?」

「はぁ? んなの当たり前だろ。俺たちがホンモノのお貴族様たちのような、豪華な一等部屋を使えると思うなよ」


 おまけにまさかのトムと相部屋だった。

 トムは胡散臭そうにシッシッとわたしを追い払うと、空中に線引きするように手を動かす。


「言っとくけど、こっからここが俺の場所だかんな。絶対に入ってくんなよ」

「それはこっちのセリフだよ! トムこそ入ってこないでよね」


 いったいどうなってんだ、なぜだ。なんでよりによってトムと相部屋なんだ。っていうか、そもそも金持ちの貴族のお坊っちゃまお嬢さま方がこんな狭い相部屋なんて、我慢できるはずもない。

 さっきからの扱いといい、ラルジュクレール学院での不穏な動きといい、わたしたちは貴族の子息子女じゃないのか?


「っていうか、いつまで俺のことトムって呼ぶわけ?」


 ハンモックに寝っ転がったトムが、しらっとした視線を送ってくる。


「そんなに学院生活が楽しかったの? ま、そりゃああれだけ上等なイケメン騎士様にチヤホヤされて? おまけにみんなの目の前でハグまでされて? なんだっけ? “さようなら、愛しい人”!? ッハハ、今思い出しても笑えるな! おまえが珍しくその生意気な顔を白黒させててさ、ほんと傑作だったよ! なぁ、あんときのおまえの顔、真似して見せてやろうか?」

「わたしをディスりたいだけならそろそろそのウザい口を閉じてもらえますか」

「ごめんごめん、ごめんって。べつにそんなつもりじゃなくて、ただ帰りたくないって気持ちもわかるけどさぁ」


 トムは半笑いの顔を少し顰めさせた。


「おまえ、相当隊長に絞られたんだろ? 大丈夫なの、あれ? 俺ですら見たことないくらいのお怒りだよ?」


 そんなにディートフリート殿下はわたしに対して怒り心頭だったのか。


「……まぁ、お貴族様に混じっての優雅な生活も気楽だったけどさぁ、数日もすりゃうんざりだったな、俺は」


 トムは視線を壁に向けた。


「それにやっぱり、残してきた家族が無事に暮らせてるかどうか、俺としてはそこが一番大事だし、どうしても気になるからさ」


 トムにはトムでなにか事情があって、こうしてわたしと同じなにか人に言えない事でもさせられているのだろうか。


「ここまできたら潔く諦めなよ。俺たちはしょせん影の者なんだ。表の者といつまでもずーっと仲良しこよしで付き合うことなんてできやしない。ま、今回おまえのおかげでさ、それを忘れてのめり込むとどんなに惨めな姿になるか、よーく勉強になったわ。ありがとな、実例で教えてくれて」

「勝手に学ばないでくれません? 誰もそんなこと教えてませんから」


 トムはハンモックの上で器用にゴロリと寝返りを打つと、わたしに背を向けた。


「あーあ、できるならおれもコゼットちゃんとイチャイチャしたかったなぁ……可愛かったなぁ、コゼットちゃん。仕事じゃなけりゃ、ばんばんアプローチできたのになぁ……どっかの誰かさんはそんなこと関係なく遊び回ってたけどな! 俺たちが必死こいて情報収集しているときに、あっちの殿下たちとキャッキャウフフとデートしてたけどなー」


 トムはさっきからずっとそんなボヤきを空中に垂れ流し続けている。

 トムじゃあ到底ディートフリート殿下には太刀打ちできなかっただろうけどね。なにしろディートフリート殿下の強みである、一匹狼ゆえの構いたくなる魅力も、闇の深さが醸し出すミステリアスさも、ぱっと目を引くような切り裂くような美貌でも、もうなにもかもで負けている。

 いっそ現実を教えてやろうかとも思ったけど、それじゃあまりにもかわいそうすぎたから(自分にもブーメランは返ってくるので……)、夢くらいは見せてやるかと黙っといてやることにした。

 わたしたちを乗せた船はそれから一週間、広大な海をゆったりと進んで、いまだに見も知らずの祖国へと向かっていた。








 ディートフリート殿下の祖国に着くと、みんなを引率して堂々と登城する殿下とは裏腹に、わたしはシモン(なんと、トムの本名は“シモン”だった)やほかの数人と連れ立って、城の裏手側にある敷地内の森の外れに建てられた、寂れた二階建ての建物へと連れて行かれた。


「ここって……」

「記憶ないふりはそろそろよせよなぁ、いい加減めんどくさいぞ、それ」


 呆れたように言われても、知らないものは知らない。


「えっ……えっ? どっ、どうしたらいいの? みんなどこ行くの!?」


 無情にもわたしを置いて立ち去ろうとしたシモンの腕を掴む。


「離してくれない? 早く家族に会いに行きたいんだけど」


 呆れたシモンの事情なんてどうでもいい。もはや、今のわたしの頼みの綱はシモンしかいないのだ。


「イヤだっ! 絶っ対に離れないっ!! 今のわたしにはシモンしかいないの!!」

「え〜……うそぉ……そんなことを言われても困るわ……女の子に縋られてるはずなのに、まったく嬉しくないのはなんでだろう……」


 どこかもわからない、誰もいない建物の中。見知らぬ土地に見知らぬ人ばかりで、この乙女ゲームの世界の中に来たときとはまったく状況が違う。

 あまりの心細さにワナワナと震えていると、疲れた様子のシモンはようやく諦めてくれた。


「ハァァァァ〜……面倒くせぇ〜!」


 キッと睨まれると同時に、ついてこいと合図された。








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