→はい、けしかけます
「まず私が言いたいのは、」
コゼットちゃんに見られないように、イヴァンのほうに体を向ける。その途端笑顔を消した私に、イヴァンは視線を逸らした。
「言う相手が違ぇだろ」
軽薄そうな顔には、響いているのかいないのか。
「僕たちは所詮お金で繋がった関係? 対等にはなれない? 一生頭が上がらない? そんな僕に彼女も辟易している? たしかにそんなふうに逃げ腰になられちゃ、ロクサーヌだって辟易するだろーさ!」
「アンジェちゃん?」
ちょっと熱を込めすぎたのか、コゼットちゃんが心配そうに後ろから声をかけてくる。
振り向いた途端ニコリと笑った私に、コゼットちゃんも戸惑いがちに笑顔を返してきた。
「……ぐたぐだ言い訳を並べる前に、あんたはまずロクサーヌに向き合ったのか? 思っていることは伝えたのか? 金で買われたみたいで不服だって、その気持ちだって分かるけど、だったらだったでその問題をほったらかしにして、ほかの女に逃げるのは違うだろ! 待っているロクサーヌを置き去りにして、自分だけ先に進むなよ!」
最後のほうは最早八つ当たりに近かった。
そうだ。私が出しゃばる理由はもうない。きっとここまで来たら、コゼットちゃんはもうイヴァンには惹かれないだろう。軽薄なイヴァンとコゼットちゃん想いの優しいシリルだったら、コゼットちゃんだってシリルのほうを選ぶに決まっている。こいつなんか放っといたって、勝手に自爆して勝手に自滅する。そんなのわたしにはどうだっていい。
でも、でも――。
私が今回ここまでみっともなく出しゃばってしまったのは、日に日に元気のなくなっていくロクサーヌを見ていられなかったから。
「……たしかになにも言わないロクサーヌもよくなかったと思う。あなたにそばにいてほしいのなら、ロクサーヌだってきちんとそう伝えるべきだった。こんな関係はロクサーヌだって望んでいない。あのころのまま、二人対等な関係のままでいたかったのは、ロクサーヌだってそうだもん」
表情を消して俯いてしまったイヴァンの横顔に向かって話しかける。
「あなたが今すべきことは、いろんな女の子に声をかけて自分の逃げ道を探すことじゃない。もういい加減ロクサーヌに向き合ってさ、あのときの壊された関係のまま止まってしまった今の二人に、決着をつけようよ」
それを告げるには、ひどく勇気がいった。気丈に振る舞おうとしても、どうしても声が震えた。
だってイヴァンがロクサーヌに向き合うということは、二人の関係がもう終わってしまうかもしれないということだから。
それでもこんな中途半端なままでイヴァンがコゼットちゃんに夢中になってしまったら、置いてきぼりにされたロクサーヌだけがいつまでも前に進めないままだ。
いつまでもこんな奴のために落ち込むロクサーヌは見たくない。ロクサーヌだってちゃんとイヴァンと向き合って、前に進んでいってほしいから。
「コゼットちゃんに粉かけたいのなら、」
聞いているのかいないのか、相変わらず俯いたまま返事すらしなくなったイヴァンを見つめる。
「その前に、まずはロクサーヌに会いに来てよ」
言葉を切ると、しんとした沈黙が流れる。
あー、今日も青空が眩しいなぁ。こんな麗らかな天気なのに、わたしたちの周りを漂っているこの淀んだ空気は……もちろんとてつもなく余計なお節介を焼いたわたしのせいだよなぁ。
「……それは」
ぽつりとこぼされた言葉は、まるでコゼットちゃんには聞かせたくないみたいだった。
「ロクサーヌがそう言ってたの?」
「いいや」
即否定したわたしに、イヴァンが思わずといったように顔を上げる。
見上げてきた薄い碧の瞳に、わたしははっきりと告げた。
「ロクサーヌはね、そんなことは言わないの! あなたがどんなことをしたって、ロクサーヌがあなたのことを愚痴ったことなんか、一度もないよ」
イヴァンはなんとも言えない顔をした。
驚いたような、後悔したような、はっと気づいたような、そして最後はお決まりの。
「だったら、なんで……」
薄気味悪そうに顰められた眉間に、にっこりと笑い返す。
「さぁ? なんででしょう?」
イヴァンは思わずといったように立ち上がると、そのままなにも言わずに早足で立ち去っていった。
しばらく、その後ろ姿が去っていったほうを見つめていた。やがて。
「アンジェちゃん」
そっと呼びかけられて振り向く。
「コゼットちゃん、ごめんね! コゼットちゃんが話してたのに割り込むようなマネしちゃって」
しかも後半はコゼットちゃんをほとんど会話に入れてなかったし。
ヒロインに対するこの仕打ち、まるで悪役令嬢みたいだなと一人笑う。ああ、そうかもしれない。わたしはもしかしたらただのモブ令嬢ではなくて、シリルルートにおける悪役令嬢だったのかもしれない。そんなルート、あのゲームの中ではありもしなかったから、ほんとのところはわからないけれど。
「ううん、あの、イヴァンさんって……」
「婚約者のところにでも行ったんじゃない?」
「そっか……」
コゼットちゃんはどこかほっとしたように頷くと、やや置いたのちに、躊躇うように切り出してきた。
「あのね、アンジェちゃん。私もアンジェちゃんに相談したいことがあるんだけど……」
ザァッと風が吹き抜けていって、落ち葉がサッと舞い上がっていく。巻き上がるコゼットちゃんのピンクブロンドの長い髪。ピンクグレープフルーツ色の甘い瞳は、縋るようにわたしに向けられている。
「わたし、本当はね……」
コゼットちゃんに告げられた言葉に、衝撃のあまり言葉もなく目を見開くしかなかった。




