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→はい、お茶にします

なかなか更新しないにも関わらず、ブックマークや評価をつけてくださった皆さま、ここまで読んでくださった皆さま、本当にありがとうございます…!

 

 そのまた数日後、エドガーにお茶に誘われた。それもよりにもよって、講義の合間に。


「まさか、エドガーがサボりの提案をしてくるなんて」

「少し二人でお話ししたかったので。あなたほど破天荒な人なら講義の一つや二つ、休むことも厭わないかと思いましたけど」

「いやいやそんなことはないですよ、わたし真面目なんで。エドガーの中で、わたしってどんなイメージになってるんですか……」


 講義の時間中のカフェテリアは、人も疎らにしかいない。いつもよりもだだっ広く感じるそのカフェテリアで、わたしはエドガーと二人、優雅にコーヒーを啜っていた。


「それで、どうしたんですか?」


 このまま、ただ闇雲に時間を過ごしにきたわけでもあるまい。


「まさか、このままコーヒーを飲んで終わりってわけでもないですよね? カサンドラももういないのに、これ以上わたしに構う理由はなんですか?」

「あなたって人は、情緒もなにもない……」


 エドガーは呆れたようにため息をつくと、彼にしては珍しくテーブルに片肘をついて頬を預けた。

 いつも姿勢よく騎士然としている彼にしては本当に珍しい、崩れた姿勢だった。


「別に、理由なんてありませんよ」

「なっ……え?」


 まさか、本当に意味もなくわたしをサボりに誘っただけ? いやいや……。


「ただ、最近のあなたはどことなく元気がないようなので……本当になんとなく、なんです」


 ボヤくようにそう言ったエドガーは、自分でも自分の行動の意味を理解していないようだった。


「このわたしが? 元気がないだって? それはまたなぜ」


 たしかに、以前のように騒ぎを起こさないようには気をつけているけど。


「私にわかるわけないじゃないですか。なにをそんなにしょげているのか、こっちが聞きたいくらいなんですから」


 エドガーは困ったように、ガシガシと頭を掻く。


「自分でもらしくない行動だと思います。あなたが落ち込んでいる? そんなことをあなたに告げたらこうやって鼻で笑われることくらい、わかりきっていましたよ! なのになぜでしょうね。今のあなたにはこんな時間が必要なのではないのかと……そしてそれをあなたに提案してくれる相手はいるのかと、気になってしまったものですから」

「あの、それってもしかして……」


 心配、してくれているのか?

 エドガーはみなまで言うなと片手で制止してきた。


「ありがとう、ございます」

「そう素直に礼を言われると、逆に困惑しますね」


 いつも余裕ぶっているエドガーにしては本当に珍しい。彼は終始気まずそうに、居心地悪そうに視線を揺らしている。


「……アンジェ、あの」


 しばらくどことなくソワソワするような、少しだけ居心地の悪い空気が流れた後。

 エドガーがようやく決心のついたように声をかけてきた。


「もう一つ、あなたに聞きたかったことがあるのです」


 どこか躊躇うようだったエドガーが、心を決めたように口を閉じる。そして。


「あなたは以前、シリルに幸せになってほしいからということで、こうもハチャメチャで無謀な行動ばかり起こすと言っていましたね」

「エドガーさん? 少しばかり記憶の改竄が激しいようですね? 別に起こそうとして起こしたわけじゃないんですよ? ただ行動した結果がご覧のとおりってだけで」

「それはなぜですか」


 それは、なぜ。

 なぜっていうのは、なぜこうも引っ掻き回す行動しかできないのかっていう意味か? それとも。


「それは“なぜシリルのために”ってことですか」

「……」

「なぜ……なぜって……」


 それはシリルに幸せになってほしいからで。そのことは以前にもエドガーには伝えたはずで。


「それは……シリルが不憫だから……シリルだって幸せになってもいいじゃないかって思っただけで……」


 逸らされていたエドガーの涼し気なアイスブルーの瞳に、何らかの感情の色が湧き上がった。

 わからない。なぜエドガーがそんなことを気にするのだろう。なぜエドガーがそんな顔をするのだろう。それがどうしてエドガーをそんなにも悩ませているのだろう。


「他にも叶わぬ恋に身を焦がす者はいるでしょう。それをなぜ、よりによってシリルのことだけをそんなにも熱烈に応援するのでしょう。それもあなたがたには接点などまるっきりなかったはずなのに」


 違う。シリルのことは前から知っていた。ずっと見ていたんだ。どのルートにも出てきて、でもどのルートでも幸せになれなくて、だから一回くらいシリルが幸せになるルートがあってもよくない? って思っただけで。


「すみません、少しいじわるを言ってしまいましたね」


 答えを出せないわたしに、エドガーの真剣な顔にうっすらと苦笑が滲んでいく。


「ですが、あなたはまだ自覚していないようなので、それだけはホッとしました」

「?」

「いえ」


 なんでもないかのようにエドガーは短い返事で会話を終わらせると、次はもう他愛もない話をしだしたから、わたしもそれ以上は深くは突っ込まなかった。








 チャイムが鳴ったタイミングで、エドガーとの唐突なお茶会は終わりを告げた。

 教室に戻る道すがら、エドガーに呼び止められる。


「アンジェ」


 振り向くと、歩みを止めたエドガーが真っすぐこっちを見つめていた。


「また……こうしてお茶に誘ってもいいですか?」


 躊躇いがちな言い方がいつになくエドガーらしくない、あまりスマートでない誘い方だった。


「別に……いいですけど、でも誘うなら講義が終わってからにしてくださいよ?」

「ええ、わかりました。それでは次は学院外のカフェテリアに行きましょうか。ここよりもゆっくりとできますし」

「わたしはカフェよりもがっつり食べられるところがいいんだけどなー」

「情緒がないのは……今さらですね。ええ、構いませんよ。どこにでも付き合いましょう」


 何気なく会話しながら戻る途中、エドガーもカサンドラがいなくなって案外と寂しいのかもしれないのかな、なんて思っていたけど……これが盛大な思い違いだということに気づくのは、もっともっと後になってからのことだった。








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