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 ここのところ、わたしはコゼットちゃんやシリルと接触するのを少し控えて、遠目から見守るだけに留めていた。ディートフリート殿下に言われたことが気になっていたからだ。

 あのとき、ディートフリート殿下が渡してきた封筒。


 【アンナねえちゃんへ

 ディートフリートさまは、やくそくどおりニーナにくすりをくれたよ。おかげでニーナもすこしラクになったみたい。あとはねえちゃんがかえってきてくれたらな……。ムリしないで、おしごとがんばってね。

 マイク】


 おそらく、この“ピピ・オデット”改め、“アンナ”の兄弟からの手紙なんだろう。わたしにとってはただの他人からの手紙。だというのに、なぜだか読んでいると胸が痛くなって、冷静じゃいられなくなって、一刻も早く帰らなければという焦燥感に煽られてわけもわからずに困惑する。

 “アンナ”は兄弟のために、ディートフリート殿下の元で働いていて、今回なんらかの仕事を請け負って“ピピ・オデット”としてこの学院にやってきた。ということでいいのだろうか。

 ディートフリート殿下のルートは、彼が厨二病並みに薄暗い影を背負っていた以外には至って普通だったと思う。なにせ五番目にもなってくると、攻略対象者よりもシリルの行動ばかり気になっていたので、あまりマジメにストーリーを読み込んでいなかった。

 それでも、わたしみたいなモブの出番などなかったと思う。

 わたし(ピピ・オデット)は、ディートフリート殿下のなんなのだろうか。

 彼に割り振られた仕事とは? ロクサーヌに接触しろって、わたしはロクサーヌの友だちじゃなかったのか? 仕事だから一緒にいた?

 しかし、だ。それはそれで、いずれまたディートフリート殿下に確認するとして、わたしにはまず成すべきことがある。

 次にコゼットちゃんに接触してくる可能性があるとすれば、宰相の息子、クロード・ミシェルだ。クロードルートへは彼と同じ講義を選ばなければ進まない。なのでその理論でいえば、もう彼のルートへの道は閉ざされているはず。

 そのはずなのだが、万が一ということもある。


「ピピ……じゃなかった、アンジェ、だっけ? それで、今日も行くの?」

「ロクサーヌ、」


 今日も今日とて午後の講義が終わるなり立ち上がったわたしに、ロクサーヌは胡散臭げな視線を投げかけてくる。


「別にいいけどさ……毎日毎日、いったいどこに行ってるのよ?」

「うーん、ちょっとクロード様のおっかけ?」

「はぁ!?」


 ロクサーヌはまるまるな目をさらにまんまるに見開いた。


「あんた、エドガー様推しじゃなかったの!? 最近は仲良さげでいい感じだったじゃんか! カサンドラ様もあんたには一目置いてるってのに……浮氣も大概にしとかないと、せっかく捕まえたエドガー様に逃げられるよ!」


 いや……浮気もなにも、はじめから狙ってなどいませんから。


「別にエドガーのことは、最初から推してなんかなかったし……」

「おや、それは聞き捨てなりませんね」


 わたしの声を耳聡く聞きつけて、片眉を上げたエドガーがやってきた。


「最近は大人しくしていると思ったら……そんな悲しい理由だったとは」

「悲しいって、そんな思ってもないくせによく言いますね!」

「わたしの言うことなど、信じてももらえませんか」

「アンジェ、ひどっ……」


 お願いだから、ロクサーヌ。そんな白い目で見てこないで。


「お気に入りの男性を追いかけるのもいいですけど、友だちも大事にしないと。コゼットさんも近ごろあなたがいらっしゃらないから、寂しそうにしていますよ」


 マルリーヌ様の取り巻きの一人と談笑中だったコゼットちゃんを見れば、彼女もわたしの視線に気づいて小さく手を振り返してくる。それにニコリと手を振り返すと、コゼットちゃんはホッとしたように前を向いた。

 自分からコゼットちゃんにずかずかと近づいたくせに、自分の都合で疎遠にしているという罪悪感に胸が痛む。思わず後頭部の髪留めに手をやった。

 先日の買い物デートの折、コゼットちゃんから助けてもらったお礼としてもらったものだ。別に嫌いになったから遠ざかったわけじゃないよと曲がりなりにも伝えたくて、あれから毎日身に着けている。


「とにかく、最近はクロード様の動向を見守るのがちょっとしたマイブームなんだよね。ってことで、ちょっくら行ってくるわ」


 わたしは呆れたようなロクサーヌとエドガーにヒラヒラと手を振ると、颯爽と講義室から出ていった。

 今日も今日とて、わたしはクロードが受けている講義室へとやってきた。講義が終わったばかりの室内は、人が出たり入ったりざわざわとざわめいていて、紛れ込むのにちょうどいい。案の定、わたしがしれっと入ってきて居座っても、誰も気づく人もいない。

 いつも通りに後ろのほうの座席を確保して、クロードがいる辺りに目を凝らす。

 クロードの行動パターンは、単調だった。彼は必ず毎回真面目に講義に出席する。午後の講義まできっちり聞いたあとは、そのまま放課後も友だちと居残って自習するか、あるいは迎えに来た婚約者と連れ立ってカフェテリアのほうに移動するか。

 このクロードルートからは、シリルの様子が今までとはちょっと違ってくる。今までは、圧倒的優位な攻略対象者たちに対して、シリルは説得する立場にあった。

 殿下には正式な婚約者がいるよ、エドガーに近づくとカサンドラにひどい目に遭わされるよと、どちらかというとそういう引き留めよう的な、消極的なアプローチだった。

 だけどクロードルートでは、シリルは積極的にライバルとして参戦してくるのだ。はっきりと言葉にして、ヒロインが好きだと、俺を選んでくれと迫ってくる。

 クロードとシリルのあいだで揺れ動くヒロイン。次々と畳み掛けてくる攻略対象者と当て馬。なかなかに情熱的な二人にそれはそれは楽しませてもらったが、このルートの今回唯一の問題点が、クロードの婚約者、ジャクリーヌ・オリオルの存在だ。

 ジャクリーヌ・オリオル。なんとマルリーヌ様の取り巻きの一人で、コゼットちゃんとよくお話しているご令嬢である。つまり、友だち。

 クロードルートの悪役令嬢という点においてはいまいちパッとしない彼女だが、それはゲームの中の話において、だ。現実になった今は違う。

 ジャクリーヌは、コゼットちゃんの友だちだ。

 クロードがコゼットちゃんに想いを寄せてくるなんて、そしてその想いを言葉にして彼女に伝えてしまうなんて、そんなことされたら二人の友情に亀裂が入ってしまう。

 そんな、二人のあいだに二度と修復できないほどの溝ができてしまうような出来事、絶対に起こさせるわけにはいかない。

 だから、このルートでシリルが畳み掛けてくれるというのなら、わたしはわたしのすべてをもって、全力でクロードの邪魔をしなければならないのだ。








 と思って、放課後の彼にストーカーさながらに張り付いていたのだけど。

 それから数日経った、ある日。

 カフェテリアで談笑中のクロードとジャクリーヌ嬢を、わたしは欠伸を噛み殺しながら眺めていた。

 なにが悲しくて、毎日毎日ひたすらカップルを眺め続けなければならないんだ。くそぅ、シリルのやつ、とっととあのびっくりするほどの行動力を発揮して今のうちにさっさとコゼットちゃんとくっつけよ。

 あまりに欠伸を連発してしまうので、もう一杯コーヒーを飲もうとして。

 同じカフェテリアに、シリルとコゼットちゃんが来ていることに気づく。

 あれ? 二人はいつもこっちにはこないよね? シリルがいつも行くのはあの中庭が見えるカフェテリアのほうだ。なのになぜ、今日に限ってこっちにいる? なんだかイヤな予感がした。

 談笑しているコゼットちゃんはコーヒーをおかわりするのか、席を立ち上がった。そのままクロードたちのほうへ歩いてきて……わたしの願いも虚しく、彼女に気づいたジャクリーヌ嬢が声をかけてしまう。

 笑顔で振り返るコゼットちゃん。それに顔を上げたクロードは、コゼットちゃんの姿に目を見張り――ダメだ、いけない。止めなければ。

 急いでテーブルから立ち上がろうとして、しかし誰かが強い力でわたしの肩を押さえつけた。瞬間、ブワリと冷や汗が吹き出してくる。この乱暴な感じ、忘れもしない。


「おまえ……俺の話をちゃんと聞いてたよな? 派手な動きはやめろって、俺、ちゃんと忠告したよな?」


 後ろからかけられた声は、ディートフリート殿下だった。








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