三十話:有り得ない
自分自身のことを何も理解していない存在へ、何をどうやって言い聞かせればわかってもらえるのか。果たしてそこまでしてやる必要があるのかどうか。
そもそも、ルピア自身は王太子妃の座に興味などなかった。王家のとんでもない理由付けによって、王太子妃候補となり、教育課程を次々にこなしていっただけ。
≪ねぇ、お義姉様≫
ねっとりと、ヴェルネラのようなものの声が囁きかけてくる。
違う。
ヴェルネラはこんなにも気持ち悪い話し方はしない。媚びたりしない。何よりも。
「模倣しただけで何も本質が分かっていない、まして実態があるかどうかわからないものに、わたくしの大切な人たちを真似されることが、どれだけ苛つくか考えたことはあるかしら?」
≪え?≫
「上辺だけ見て、何も知ろうとしてなどいないものに、わたくしを唆す資格などありはしない! お前にわたくしの何が分かる!」
≪貴様…≫
ぐにゃりぐにゃりと、ヴェルネラの姿が壊れていく。否、崩れていく。
保てなくなったのだろうが、気にしてやる必要はない。
「わたくしに次の主人公になってほしいとか言ったわね。お断りするわ」
≪何故だ≫
『システム』は声を荒げた。
それは誰のものとも似てなどいなく、男のような、けれど女の声も混ざっているような気持ち悪いものだった。
気持ち悪いと思っていることを、ルピアは隠す。隠したままで言い続ける。
「そんなに思い通りの物語を紡ぎたいなら、お前自身がやればいいだけでしょう? わざわざ、わたくしが協力してあげる義理などどこにもないわ」
≪物語の主人公だぞ! 思い通りになる! 何もかもが!≫
「そんなものただのまやかしにすぎないわ。何もかもが思い通り?ふざけないで」
ぐ、と言葉に詰まる『システム』。
それはそうだ。
それらがどうやっているのかは分からないが、ヒトならざるものの力を使い、『物語』にキャスティングされてしまった人たちを好きなように、主人公が思うままに行動するようにしてしまうのだから。
果たしてそれが、本当に主人公の魅力として受け入れられたものなのかどうか。
「ファルティがどうしてお前の企みに乗ったのか分からないけれど、わたくしは乗らない。それだけよ」
≪何故、それを≫
「あなたとファルティが話しているのを、何故だか夢の中でわたくしも見ていたのよ。…卑怯で、くだらないことにファルティは乗ってくれたようだけど…ひとつ、教えてあげるわ」
一歩、『システム』との距離を詰めてルピアは微笑んだ。
「わたくしはね、あの子が奪い取ったわたくしの未来に、執着も、拘りも、何も無いの」
≪は?≫
「むしろその逆。わたくしからそれを奪ってくれてありがとう。ファルティはさぞかし大変でしょうねぇ、お前に唆され本当の自分の進むべき道から大きく離れ、そして無理矢理王妃への道を歩かされているのだから」
相当イライラしていたらしいルピアは、実体を持たない『システム』を見ながら続けていく。
「王太子殿下もよ。わたくしはあの方を愛してなどいなかった」
影のようなぼんやりとした、実体のないままの『システム』が戸惑っている様子が手に取るように分かる。
こんな口撃くらいで動じないでほしい。ルピアはそう思う。
リアムのことは愛しているわけがないし、そもそも王太子妃にもなりたくなかった。
貴族として、王族からの打診を断れなかっただけの話。いくらルピアの家が公爵家とはいえ、現状王位を奪う気もさらさらない。上からの命令だったから、受け入れた。それだけの話。
そして、心変わりをして醜態を晒しまくっているリアムに対して、カルモンド家が進言して王太子の交代が、などと言ってやる必要もない。
そこまで世話を焼く必要がどこにあるのだろうか。赤子ではなく、彼は自分の意思を以てしてルピアとの関係を一方的に断ち切ったのだから。
たとえ、自分の父である国王がセッティングした婚約だとしても、本来の順序をすっ飛ばして無理矢理にルピアの居た場所にファルティを引っ張り上げた。自分のやったことの責任はきちんと取ればいいだけの話なのだ。
「ゲーム?とやらの終わり方としては、とても素晴らしいものなのでしょうね。本来の婚約者としてのわたくしを蹴落とした伯爵令嬢。そんな彼女を支える王太子殿下との恋物語。まるで御伽噺のようだわ」
うふふ、とルピアは楽しそうに笑う。
ジジジ、ザザザ、と再び奇妙な音が響いて『システム』が何度目かの姿変えを行った。
今度はファルティか、と思いながらルピアは遠慮することなく続けていく。
「でもね、御伽噺の終わったあと。どうしてお姫様が幸せであると、断言できるの?」
目の前のファルティの姿を借りた『システム』が、無表情でじっとルピアを見つめる。
ようやく視線が合った。そう思い、ルピアは腰に片方の手を当てて胸を張り、ニヤリと笑う。
「やりたいなら、ご自分でどうぞ」
≪な、ん≫
やはりこれも、声まで同じ。
一体どのような仕組みで姿を変え、声までも変え、体型も変えているのだろうか。
人外のものはダメだ、よく分からない。ほんの少しだけ考えてみたけれど、早々にルピアは諦めて相対している『システム』へと告げた。
「やりたいなら、己の望みを叶えたいなら、自分でやれば良いだけの話よ。それを人に頼りきるから、お前も、ファルティも、後で『こんなはずじゃない』と喚き散らしているだけのこと。…違うかしら?」
まさに、図星だった。だが、この『システム』は、登場人物にいてもらわないと存在することができない。
ルピアでも、ファルティでも、誰でも良い。だが、エンディングのコンプリートという目的を果たしたいのであれば、主人公として選ぶべきはスペックの高い存在でないといけない。
しかしそれを告げるためには、選んだ人間に了承してもらわなければならない。
ルピアは拒絶の姿勢を崩すことは無い。どうやって甘い言葉をかけようとも、美味しそうな餌を吊り下げようとも、彼女の心には響くことなど有り得ない。
≪なんで…思い通りにならないのよ≫
「他人に叶えてもらったものなんて、本当の望みではないもの」
≪本当の望みでも、少しだけ手を貸してもらって楽にやり切れば良いじゃない…≫
「お前やファルティはそうなんでしょうね」
埒が明かない、駄目だこれは。ルピアがそう判断することに時間はさほどかからなかった。
「そろそろ消えてちょうだい。わたくし、大切な人との時間をお前ごときに奪われたくないのよ」
≪どうしても、駄目だと言うの≫
「しつこいわよ」
≪……≫
「泣きそうになっても無理ね。だって、お前の顔も何もかも作り物じゃない。人より上位の存在であることは何となく分かるわ。でもね、だからといって自分の望みを相手を使って叶えさせようとしないでもらいたいわ」
ぐ、と言葉に詰まっている『システム』を睨み付けてからすぐ、呆れたような顔になるルピア。
受け入れてもらえると信じて疑っていなかったソレは、悔しそうにしているがルピアを甘く見すぎていたのだろう。ファルティがあまりにもあっさりと己の野望を叶えてもらうべく、自分から手を掴みに来たのだから。
「さっさと元に戻してくださらない? 静養しているとはいえ、やりたいことがたくさんあるのよ。…あぁ、一つだけ感謝してあげる」
≪は?≫
「ありがとう、わたくしから未来を奪ってくれて」
痛烈な嫌味にも聞こえるが、れっきとしたルピアの本音であり、心からの謝辞。
また悔しげな顔をした『システム』はこれ以上いても時間の無駄だとようやく理解したのか、ぱっと姿を消した。
そして戻ってくる世界の色と、音。
知らず、肩に力が入っており、ルピアは大きく息を吐き出した。
「……あれに、唆されたのね。ファルティは……」
甘い甘い言葉。後に待ち受けているものが何か分からずに受け入れてしまった、幸せいっぱいなおひめさま。
「だからわたくしはあれと友人だとか…思わされていたのよね…。思い通りにしたかったから、ゲームのエンディングとやらを達成するために…わたくしを利用した…」
ぽつりぽつりと、ルピアは呟く。
「…そしてエンディングに到達したのが、あの結婚式…。王太子妃として、ファルティは生きていき、陛下が退位なされたら…殿下が王となり、ファルティが王妃…?」
不意に、思う。
「…今回の件、誰も殿下を王太子の座から下ろせと言わないけれど…それは、…………あ……」
嫌な予感がして、ルピアはこくり、と息を呑んだ。
「殿下が即位するまでは、解放された人以外はそのまま動かされている可能性が、ある…?」
気の所為だ、そう思えないのは国王の奇妙な言動の数々と、国を出る準備をしていない高位貴族の静けさ。
「…移住の手続きを終わらせてから、最後のご挨拶に行かねばならないと…お母様やお父様にお伝えしなければいけないわね…」
ルピアの目に宿った怒り。
もしも、その予想が当たればとんでもないことになる。




