005
天条桐葉と綾河美咲が初めて出会ったのは、お互いがまだ三歳の時だった。
美咲が両親に連れられる形で、天条家を訪れたのだ。
その時の美咲は、突如連れてこられた見知らぬ場所にすっかり怯えてしまっていた。
自身の母親に連れられ近所の公民館に顔を出していた桐葉が、物陰に隠れている美咲の元へと歩み寄っていったのだ。
それが二人の交流の始まりだった。
そして、元々隣同士で付き合いのあった天条家と綾河家の間でより深い交流が始まるきっかけにもなった。
お互いがお互いの家に顔を出し、時には合同でキャンプに出掛けた。
二人が小学校を卒業したことを契機にそういう機会は減った。
それでも、疎遠になることはなかった。
可能であればまた、とさえ両家の大人たちは計画していた。
桐葉と美咲が中学校に進学してからも関係が良好に続いていたのが、一番の決め手となった。
それでも回数が減ってしまったのは、両親のスケジュールの都合。
全員揃って休みをとる機会を中々得られなかったのだ。
それどころか、全員が家を空けることも珍しいくはなかった。
しかし結果的に、そういう状況に置かれたことでかえって桐葉と美咲の仲を深めていったのだ。
お互い新しい友人関係を構築しつつ、関係が途切れることはなかった。
無論、桐葉も美咲も初めて会ったその日の出来事まで覚えているわけではない。
しかし、それぞれの両親が作ったアルバムの一番最初のページがその時のものだった。
何より、親達が桐葉と美咲に当時のことを何度も聞かせていた。
今では『恥ずかしいから』と妨害する桐葉も美咲も、何度も聞かされるうちにすっかり内容まで覚えてしまっていた。
先のページに収められた写真にある出来事も同様に。
小学校に入る頃のこととなれば、桐葉も美咲も本人が当時のことを覚えていた。
家族と何ら変わりのない、誰よりも身近な存在。
それが天条桐葉から見た綾河美咲の、綾河美咲から見た天条桐葉の、自身の仲での位置づけだった。
別離の『べ』の字すら思い浮かべない関係性を築き上げた二人の姿だった。
(クソッ、くそっ、クソ…………っ! どこに行ったんだよ、どこにいるんだよ!)
親の制止も振り切って飛び出した。
でも、探しても、どれだけ探しても影も形も見当たらなかった。
その時真っ先に選んだのは、家から最寄り駅までの最短ルート。
美咲の性格上、帰るなら絶対に通ると思った。
おばさんもその日は買い物も頼んでないみたいだし、そもそもあの駅からスーパーに向かうなんてとんでもない回り道。
美咲なら絶対荷物を置きに帰ってると思った。
だから、今朝見た美咲のお気に入りのバッグは帰ってないって聞いただけでもう最悪の可能性に辿り着けてしまった。
でもあの辺りは脇道も多くて、その上街灯すら置いてくれていなかった。家の明かりなんて当てになるわけない。
走ってる真っ最中に明かりを消した家だってあったし、そもそも点いていないところだって少なくなかった。
走ってる間に何度も美咲に電話を掛けたし、メールも送った。
一瞬でも早く美咲の無事が知りたかったから。
でも、両親から届くのは『帰って来い』って連絡ばっかり。
見るのも面倒くさくなって。途中からは全部無視した。
(深山も早く気付いてくれよ……!)
その日はあいつと出掛けるって言ってた。
だから多分、最後に会ったのは深山だろうって、何度も電話をかけてた。
三回かけても繋がらなくて、結局メールだけ送りつけた。
走りながらとにかく早くと思って打ち込んだから、きっとめちゃくちゃな文章になってたと思う。
そんな深山から返事が来たのは、いよいよ駅がすぐ目の前まで近付いた時のこと。
バスや電車の最終便を見送った真っ暗闇の駅舎の傍で、ようやく初期設定された着メロが鳴った。
携帯電話もなかったら、きっと取りに戻ってたと思う。
そんな深山も、声にいつもの余裕なんてなかった。
『さっきのメール、どういうつもり? とうとう言っていい冗談と悪い冗談の区別もつかなくなったわけ!?』
「嘘でも言うかあんな事! それより深山、美咲と別れたのは? いつ、どこで!?」
『待って。今思い出す。すぐに思い出すから。絶対』
思い返せば、焦りが、声の震えが電話越しでもはっきり伝わってくるくらい深山も動揺していた。
だけど、俺にそこまで気を回す余裕もなかった。
些細な確認を取るだけでも叫びそうだったし、深山が思考を巡らせる一分一秒が長くて、とにかく長くて仕方がなかった。
鳥の鳴き声をあれほど耳障りに感じたことは後にも先にも一度もない。
『確か……駅のすぐ傍……夕方の五時くらい。美咲はそのまま帰るって言って、私もそのまま。あの交差点。あそこで別れた』
「それで!? その後は!?」
『分かんないんだってば! 私は私で帰ってたし、美咲もてっきりそのまま帰ったって……!』
最低な話。聞いてすぐに『それだけか』と思ってしまった。
深山の声が切羽詰まっていた事にさえ、その時はこれっぽっちも気付けなかった。
深山に教えてもらった情報で状況が大きく変わることなんてなかった。
話を聞いた時、真っ先に思い付いた内容と全く同じだった。
「じゃあ白! 全身真っ白に染めたやつ見なかったか? それか黒い犬。こう、ちょっと近付がたい感じのやつ!」
『は? 白? 黒? どっちかはっきりしてよ!』
「白い上着か黒い犬! どこでもいいんだよ。車の中とか、美咲と別れた後で見なかったか!?」
『そんなこと言われたって、それだけ分かりやすい見た目だったら覚えて……!』
教団のこれまでの悪行については聞かされていたし、何より当時、資料で何度も目にしていたから。
実際に、鈴木の彼女さんが化け物の姿を見たという話を聞いたから。
他にそれらしい可能性なんて考えられそうになかったから。
教団が絡んでるんだろうって、すぐに思った。
でも、美咲に連絡する事ばかり考えて、組織に伝えようというところまで頭が回らなかった。
「待った。もしかしたら普通の服装だったかも。大荷物を持ってるやつとか」
『アバウトすぎるのよ! そんな人何人いたかも分からないのに!』
「じゃあ覚えてるだけでいいから!」
『ナンバープレートだって分かんないわよ!』
深山が悪いわけでもないのに、しきりに叫んでた。
きっと深山も、内心似たような状況だったんだと思う。
美咲を見つけなきゃいけないのに、どうしたらいいか分からない。
完全にパニック状態だった。
「――そこで何をしているんだ!」
だから、周囲への迷惑なんて考えもしなかった。余裕がなかった。
警官に声をかけられて、思わず[創世白教]と勘違いしてしまうくらいに。
「子供……? 君、こんなところで何をしてるんだ。今の時間くらい分かってるよね? どこの子かな?」
「だから探してるんです! 美咲! 美咲が! 俺よりちょっと背が低い女の子なんですけど、その子が帰ってきてないんです!!」
「な、なんだって……!?」
とにかく無茶苦茶に、思いついたことを言葉にしてた気がする。
それでもなんとか、通りかかった制服の警官はこちらの意図をくみ取ってくれた。
「その話、もうちょっとだけ詳しく。お父さんとお母さんも呼んで――」
そして、警官が無線機を手に取った。
「うぐっ……!?」
しかし、無線が誰かと繋がることはなかった。
「何、を……っ!」
呻き声と共に警官は無線機を手から落とした。
背後から襲ってきた何かによって落とされた。
(こいつ、は…………!)
教団が操るあの化け物に教われて、何もできずにそのまま倒れた。




