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リヴァイバー・ゼロ  作者: 風降よさず
Immature Sorcerer
91/596

023

「んっ、ん~!」


 篝が《エノルムクレール》を放ってから既に二日が経過した朝。


(やぱりまだちょっとだるいかも……もうちょっと休ませてもらえばよかったかもー……)


 一度は魔力が尽きた上に、戦闘の際の負傷。

 蓄積した疲労を完全に取り除くにはそれでもまだ時間も足りなかった。


 目に見える傷は完治していたものの、倦怠感が篝を鈍らせた。

 それでも、自室に引き返すことなく衣璃亜に与えられた部屋を目指していた。


(でも、心配かけちゃったみたいだし、元気な姿を見せてあげなきゃね)


 桐葉がこの拠点で真っ先に訪れるとしたらそこ以外にあり得なかったからだ。

 実際、既に拠点に着いたという連絡も受けていた。


「……あれぇ? 桐葉くん、今日はまだ来てないんだねぇ?」


 しかし、そこに尋ね人の姿はなかった。

 出迎えた――というには少々不愛想な表情をしている――のは、この部屋の主ただ一人。

 しかし、桐葉のカバンは置かれている。


「特訓中」

「……またあの人?」

「他にいない」


 篝の目から見ても、明らかに衣璃亜は不満そうにしていた。


 乱雑に脱ぎ捨てられた上着を見れば、その時の状況も篝には簡単に想像できてしまった。

 突如押し入り、半ば誘拐するように連れ出す神堂の姿が浮かんでしまった。


「桐葉くんも大変だよねぇ……いつまで続けるつもりなんだろ」


 桐葉と神堂の関係が、自身を含めたかつてのプログラムの参加者との間にあったそれとは全く別のもの。


 その点だけは篝も理解していた。理解はしたが、納得し切れていなかった。

 一対一になったからこそ、より凶悪な内容になっているのではないかとさえ篝には思えた。


 実際、今の桐葉に課せられている内容は以前と比べ更に過酷なものになっていた。


 山林に配置された標的はより強度を増し、神堂の追尾の速度も増した。

 更には、神堂の手から放たれた火球を躱さなければならなかった。


 神堂がひとっとびで連れて行った山の中で、桐葉は今も誰の耳にも届かない悲鳴を上げながら走り続けていた。


「続ける。きっと、ずっと」

「ずっとじゃ駄目だよぉ。それって戦いも終わらないってことなんだよぉ?」

「……むかつく」

「あれぇ?」


 戸惑う篝。対して衣璃亜は、一層頬を膨らませるばかりだった。


 決して篝に非があったわけではなかったのだが、原因が分からない篝はただ困惑するばかり。

 普段であれば間に割って入る少年も今ここにはいない。


(いつものことだけどー……もうちょっとだけ声とかかけてくれてもいいのになぁ)


 思う一方、その可能性はゼロに限りなく近いことを篝はこれまでの経験から知っていた。


「……でも、ありがと」

「……ふぇ?」


 だからこそ、突如として衣璃亜が発した一言を、最初は幻聴と誤解した。


「衣璃亜ちゃん、今、なんて……」

「桐葉のこと、逃がして、守ろうとしてた。だから……ありがとう」


 桐葉と接する時に比べればぎこちない、しかしこれまでの篝への接し方からは想像もつかない反応。


 そこに至った根底の思いがどうであれ、衣璃亜の変化は篝にとって喜ばしいものになって当然だった。

 そう思えない理由がなかった。


「ようやくお姉さんのことも受け入れてくれたんだねぇ……! うぅ、嬉しいよぉ、あれだけ冷たかった衣璃亜ちゃんが……」

「……どういう、意味?」


 自らの行いに原因があるとも知らず、冷たい視線を向ける衣璃亜。

 しかし喜びの頂点にいる篝が、その程度の圧で止まれる筈がなかった。


「…………んむぅっ!?」


 その勢いは止まる所を知らず、ついには衣璃亜を抱き寄せた。

 落下の最中で桐葉にそうしたように、しかしそれよりも優しく抱き寄せた。


「はーい、いい子、いい子ぉ……よしよぉし、衣璃亜ちゃんもどんどん甘えていいからねぇ?」

「――って、ない……!」


 逃れようと衣璃亜はもがく。

 しかし、腕力は控えめな衣璃亜に篝の拘束を脱する術などある筈がなかった。


 押し付けられた柔らかな感触に阻まれ、衣璃亜が訴えても篝の耳には届かない。


「大丈夫、大丈夫だよぉ。変なことじゃなかったらちゃんと聞いてあげるからねぇ?」

「そんなこと……言って、ない!」

「わっ……?」


 それでも衣璃亜は篝の腕の中から脱出した。

 以前の桐葉の動きを真似るかのように、篝を押し除け脱出した。


 普段の衣璃亜からは想像もつかない怪力に驚く暇もなく尻もちをつく篝。

 何度も瞬きを繰り返している内に、衣璃亜は部屋の隅まで逃げ去ってしまう。


「フー……フー……っ!」


 篝を睨みつけるその姿は、まるで威嚇する猫のよう。


 篝は知る由もなかったが、身体を抱き寄せるその姿はかつて山中で桐葉と衣璃亜が初めて会った時のそれによく似ていた。


「い、衣璃亜ちゃん? 顔がちょっと怖いよぉ……?」

「がるるる……!」

「またそれぇ!? わ、私何か悪いことしたぁ!?」


 更には、狼のように唸る。

 しかしこの状況を打開する人物はどこにもいない。


「…………あの、なにしてるんですかね? 二人とも……」


 師に課された課題をクリアした桐葉が戻るまで、二人はその体勢から微動だにしなかった。


 目を丸くしたまま思考を放棄した桐葉が我を取り戻すまで、その状況が変わることはなかった。






 程なく、二人は学校へ向かった。

 対してまだ時間に余裕のある篝は先程の出来事を思い出し、またしても首をかしげていた。


(びっくりしちゃったぁ……衣璃亜ちゃん、あんなに怒るんだもん……ちょっとしたスキンシップなのにねぇ?)


 それどころか、全く懲りていなかった。

 桐葉から『もう少しだけ控えめにお願いします』と言われたにもかかわらず、そのうち慣れるだろうとすら考えていた。


(仕方ないよねぇ。やっと少しだけ心を開いてくれたんだから。それに……『ありがとう』って)


 衣璃亜のその言葉が、口にした以上に大きなものであることを篝も薄々ながらに感じていた。


 衣璃亜が橘の元へ現れた事を、篝は知らない。

 しかし、衣璃亜にとってのキリハがどれだけ大きな存在であるかは、これまでの態度を見ていればすぐに分かることだった。


 そのきっかけとなったものが、非常に危険な行為であることも。


 どれもが些細な不幸で命を落としかねないものばかり。

 そして、それらの脅威がまだ過ぎ去っていない事を、今回の件で篝は痛感した。

 或いはこれ以上の脅威が訪れるのではないかとすら考えていた。


(もうちょっと、《エノルムクレール》もなんとかしないとねー……)


 今の自分の未熟な腕ではまだ足りない、とも。


「……もうちょっと、真面目に頑張ってみよっかなぁ?」


 何も以前のように神堂に教わる必要はないと篝は考えていた。


 そもそも、提案を受け入れられるとは思えないとすら感じていた。


 何より、神堂の方法は篝の肌に合わなかった。

 桐葉も将来的には別の方法も取り入れる必要があるだろう、と。


(勿論、それまでに終わるのが一番だけどー……)


 それはあり得ない。

 終わりに近付けるような話を、篝は一度も聞いたことがなかった。


(……まあ、今はその前に……)


 おもむろに篝は携帯電話とを取り出した。

 かける相手は、アドレス帳の一番上。この時間なら、少しくらいは話も出来ると考えた。


『……姉さん? 珍しいね。どうしたの?』

「久し振りぃ。実はねぇ、ちょっと話したいことがあってぇ――」


 自身の前に現れた、篝以上に未熟な魔法使いの少年のことも。



(To Be Continued...)


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