021
「ま、魔法のランク? そんなのあるんですか?」
教えてもらったのはついさっき。
上乗せしすぎて自分でも引くレベルの水魔法をぶつけた後。
落ちかけてた筈がいつの間にか姿勢も元通り。
やっと柔らかい息苦しさから解放されたと思ったところに、また新しい単語を放り込まれた。
「あるよぉ? いろいろ。威力とか、範囲とかー……桐葉くんだって感じたことなぁい?」
「とりあえず今の俺にはまだ縁のないものってことは分かります」
「そんなことないと思うけどねぇ?」
でも、言われてみるとそこまでおかしな話でもなかった。
使い手の技量の差もあるんだろうけど、《火炎》みたいな魔法だけじゃ強めの化け物は倒せない気がしてたから。
師匠みたいになんでもグーで解決できるデタラメ人間なんているわけない。いてたまるか。
きっと、俺も将来的には身に着けて行かなきゃいけないもの。
適性が分かってないとか、色々問題は多いけど、いつかは何とかしなきゃいけない問題。
「話が逸れちゃったけど、上の魔法って撃つまでに時間がかかっちゃうんだよぉ。でも、あの怪物もそれなら倒せるかもしれないなー、って思うんだよねぇ」
「なるほど、なるほど。じゃあ、俺があの野郎を煽って時間を稼げばいいってわけですか」
「別にそこまでしなくていいからねぇ?」
篝さん達が普段使わない理由は、町や周辺への被害が大きくなるから。
海を割るだの、地面にどデカいクレーターを作るだの、ドーム一つ分の氷の世界を作り上げるだの……
いくところまでいけば本当にとんでもないものになる。らしい。
その時簡単に教えてもらっただけでもぶっ飛んだものがほとんどだった。
そんな威力のものを他の魔法と同じように使われたら堪ったものじゃない。
だから、敵がその兆しを見せたら魔法が発動する前に無力化しなきゃいけない。
味方が使う時には、敵にそれを妨害させちゃいけない。
その役目を、篝さんは俺に頼んできた。
地面に降りて、二手に分かれて、わざと俺が目立って引きつける囮役。
あの怪物を、白ローブの意識を俺に向けさせなきゃいけない。
「本当なら、こんなこと頼むべきじゃないんだけど……お願い、してもいい?」
「勿論ですよ。というか、俺の方からお願いします」
他にどうしようもなかったし、そう言った時の篝さんの顔を見たら、きっと大丈夫だって思った。
だから、俺もやれるだけやってみようって思ったんだ。
(……ほんと、凄いよねぇ)
桐葉が信徒の男に風魔法を当てたその時。
塀の裏に潜む篝は、最後に見た桐葉の表情を思い出していた。
一度はその炎に叩き落とされたというのに、引き受けた桐葉の顔には僅かな恐れも感じられなかった。
(それだけ私のことも頼りにしてくれてるってこと、かなー……)
信頼を寄せられている自覚は、篝にもあった。
同様に、呆れられてしまいそうな姿を見せてしまっていた自覚もあったが、信頼が失われたわけではないという確信があった。
「……だったら、ちゃんと応えてあげなきゃね……」
まさに今も、怪物の攻撃から逃げ続ける桐葉にこれ以上けがをさせないためにも。
追いつかれる事こそなかったものの、叩続けに起こった爆風が桐葉に届いていることは想像に難くなかった。
しかしだからこそ、篝は信徒の、怪物の攻撃を警戒することなく準備を進める事ができた。
(それに、あの怪物……認識能力はそこまで高くなさそうだしぃ……うぅん、あの信徒に依存してるっぽい?)
桐葉の《旋風》が信徒を捉えた時、確かに怪物の動きも鈍っていた。
離れた位置にいる篝には、それをはっきりと視認する事ができた。
振り返れば、これまでにもそれらしい状況があった事を篝は思い出した。
そもそも、怪物に騎乗する必然性がない。地上に留まるのとはまた別の形で攻撃を受けるリスクも高まってしまう。
(そういうことなら……もっと確実にいけそう、かなぁ)
何より、足場が狭いと篝は感じていた。
信徒へ向けて攻撃を放った時、信徒の男に回避する上で十分な足場が残っているようには思えなかったのだ。
しかし今、この場から桐葉へすぐさま伝える術を篝はもたない。
大声を出してしまっては、自らの所在を信徒の男に知らせてしまう。
(それよりぃ、早く完成させちゃってー……)
怪物を跡形もなく消し去る事。
それこそが今、篝が果たすべき役割だった。その認識が揺らぐことは決してなかった。
そのために、考えを巡らせる間も篝は自身の切り札とも言える魔法の構築を続けていた。
「――渦巻き集え、此の怒り。滾る光を糧に。黒き者を灰に――」
片膝を立てた篝の足元に浮かぶは稲妻のように光る魔法陣。
火花を散らしながら描かれた円は、空の一点と共鳴し合い、激しい明滅を繰り返す。
急速に高まっていく魔力に信徒の男が気付いたその時には、もう既にそれは完成していた。
「焦らなくていいよぉ、桐葉くん。それと……ごめんねぇ? 待たせちゃって」
優しく、言い聞かせるように。
その声が桐葉の元まで届かないことは分かっていた。合図も、魔法の完成だと伝えていた。
(んん……?)
しかし、聞こえる筈のないその声を、篝は桐葉が聞いたように思えた。
桐葉の所在だけは掴んでいた。だからこそ、そう感じた。
(じゃあ…………いくよ?)
空に集約した魔力が作り出した黒い雲。
「――《エノルムクレール》!」
そしてそれは、たちまち巨大な雷となった。
怪物を貫き、余波で地面をも砕く、巨大な雷へと姿を変えた。
「……っ……!」
その制御は決して楽なものではなかった。
強大であるがゆえに、周囲への影響力は他の魔法の比ではない。
だからこそ精密な制御が篝にも求められた。篝も、それを承知でこの魔法を放った。
対象を完全に消滅させるまで、その雷が消えることはない。
(やっぱりきつい、けどぉ…………!)
しかし、その魔法は篝にとっても、決して慣れ親しんだものとは言えなかった。
些細な制御ミスすら許されない、強大な力。
ほんの些細な失敗さえ、その雷を桐葉に向けてしまう恐れもあった。
神堂の共感プログラムを受ける以前に完成させてから、篝がその魔法を使用する機会も訪れなかった。
組織にとって悪い事ではなかったが、同時に篝へ《エノルムクレール》を直接使う経験を与えないままとなってしまっていた。
篝自身、妨害を受けたその瞬間にたちまち術式が崩壊しかねないことを理解していた。
「――あそこだ!」
だからこそ、信徒に見つかるわけにはいかなかった。
(やっぱりバレた……っ!)
予想はしていた。しかし現実になってほしくない可能性だった。
篝には今、抵抗する手段も残されていない。
(しつこいんだからぁ……! いい加減に、倒れてよぉ!)
怪物を仕留めきれない今、《エノルムクレール》の制御を手放すわけにはいかなかった。
既に消滅は間近。しかしまだ完全に討伐できたわけではなく――
「――吹っ飛ばせ!」
いつ、妨害が届くかも分からない状況だった。
それを崩したのは、轟雷の元から逃れていた桐葉だった。
今にも魔法を放とうとしていた信徒に向けて、突風を浴びせ遠ざける。
「本当に吹き飛ばすやつがあるか、馬鹿者」
「仕方ないじゃないですか。あいつら撃つ直前だったんですから。それより早く捕まえちゃいましょうよ。逃げられる前に」
「だから捕らえただろう。吹き飛ばした後を大事にしろ、貴様は」
「お説教なら後で聞きますってば。……篝さーん! 大丈夫でしたかー!?」
その時遂に、巨大な怪物も塵となって消え去った。




