019
(とりあえず、話はできそう……けど……)
篝の様子を見て、決して無事とは言えないことを桐葉はすぐに悟った。
組織の一員としての活動を行ってきた桐葉にとって、それは初めて見る光景だった。
(もう堅いとかそういうレベルじゃないな、あのデカブツ……はは、無茶苦茶)
両手を重ね合わせ、高め切った魔力を糧に放った灼熱の魔法。
今にも火球を放とうとしていた怪物の口目掛けて放った一撃の成果を前に、桐葉は乾いた笑いを浮かべていた。
「お前は……呆れ果てたぞ。生かされたというのにわざわざ命を捨てに来るとは」
「誰がそんな為に戻って来るかっての。少し考えりゃ分かることでしょうに。そっちにはそういう仲間意識もないのかよ」
「フン、一度は逃げておきながらよく言ったものだ」
「臨機応変がモットーなもんで」
怪物の頭上の男は、桐葉に顔を向けた。
桐葉が知る術はなかったものの、桐葉の一撃は信徒の男にとって十分脅威に値するものだったのだ。
桐葉は気付いていなかったものの、五本尻尾の怪物が灯した炎を事実上、爆風によって打ち消していた。
対して、桐葉はその時『頭に当てたショックで、怪物が貯めていた炎が口の中で爆発した』と考えていたのだ。
(とか言ってみたけど、実際ヤバいよなぁ……どうやって相手すりゃいいんだ、これ。篝さんでもあんな……白ローブも今はなんとかこっちに意識を向けてくれてるけど)
平静を装う信徒の男も、真相を知らない桐葉も、全く別の理由から額に汗を垂らしていた。
しかし、桐葉の判断も決して間違いではなかった。
怪物の頭部に直撃した魔法は、標的に決定的なダメージを与える事ができていなかった。
全く同じ威力の魔法を放ったところで、討伐には途方もない時間がかかってしまうのだ。
桐葉の、効いていないという印象もそういう意味で正しかった。
「自らの計画性のなさをそれらしい言葉で取り繕う小賢しさ……子供と言えど[アライアンス]であることに変わりはないか」
「その台詞前も聞いた。あと、行き当たりばったりなのはお互い様じゃないんですかね? 実はその怪物を呼び出したのもマズかったりして」
まさかそんな言葉で怪物の融合を解きはしないだろう。
分かった上で、桐葉はひたすらに言葉を投げかける。
しかし、決して的外れなものではなかった。
桐葉と篝の姿を発見してからというもの、信徒の男は実際有利な立場にあり続けた。
それは男の瞬間的な選択によるもの。
判断力は低くない。一方、本来使う筈のなかった三匹による融合は、男自身、ミスだったと内心認めていた。
「何を今更……目撃者が消えれば何も問題はない」
「そういうとこだって言ってるんですよ、こっちは。あと、さっきまでの会話。全部うちの人達に筒抜けですからね?」
「攻撃を止める理由にはならんな」
図星を突かれた事への反応を見せることなく、男は桐葉に向けて不敵な笑みを浮かべた。
男が圧倒的に有利であることに変わりはない。
その事実も、彼を自信づけていた。神堂零次が不在の今、すぐに仕留められることはないと考えていた。
そして、もう一つ。
「それに、聞かれていたからなんだと言うのだ。事実、お前達の仲間は誰も来ていない。お前達の運命に変わりはない」
「ああ、まあ……確かに?」
今この場にいるのは桐葉と篝の二人のみで、遠方で渦巻く魔力の気配を男が感じていたからだった。
防衛線が突破されたという情報も男の元には届いていない。
いずれは[アライアンス]の拠点から派遣された部隊が到着する。
しかし、それまでの時間が決して短いものではない事も信徒の男は知っていた。
(変わらないけど、変わらないけど……難易度激高なのも本当のことなんだよなぁ……)
自身の意見に頷いたような桐葉の言葉が、全く別の意味を以て発せられたものであることにも気付いていた。
(まだ篝さんのところまでちょっと距離あるし……せめてあと少しだけ、なんとか――)
今、言葉を交わしているその瞬間にも、桐葉が頭を悩ませている事にも気付いていた。
「――ぉっ!?」
だからこそ、つま先を少しずつ動かしていた桐葉の足元に球体上の炎魔法を撃ち込む事ができた。
地面を砕き、破片が飛び散る。同時に男はすぐにでも二射目を放てるよう態勢を整える。
それを見せられてしまえば、桐葉も、そこで一度足を止めて男を睨みつけるしかなかった。
「……近付かせてやると思ったか?」
「ノーコン誤魔化さなくてもいいんですけどね、別に」
「ほう……ならば望み通り、次は当ててやろう」
そんな桐葉を見下ろし、男はまたしても笑う。
次に炎を灯したのは、男を乗せる怪物だった。
「――そこの女に、な」
未だに篝に向けられたままの口先に。
桐葉にとって唯一想定外だったのは、タイミングだった。
「ばっ……!?」
本来であれば、もう少しだけ篝に近付いてから使う筈だった。
(でも、やるしか……ッ!)
それは、魔法使いとしてまだまだ未熟な桐葉なりに考え抜いた結果辿り着いた一つのアイデア。
(飛べ、押し出せ、足元吹っ飛ばして一気に――)
翼を生やし、風を起こし、更に足元に炎を集約させる。
「――駆け抜けろッ!!」
それは思いついたばかりの、まさに未完成の一手だった。
(ぃ――――ッ、けぇえええっ!!)
自らの飛行速度の限界。
それを力づくで打ち破るための、強引で乱暴な魔法だった。
「ぅ、げ…………ぇっ!?」
その衝撃は桐葉にとって、決して軽いものではなかった。
立った一瞬で、桐葉の周囲の景色は飛ぶように消えていく。
「ぁ……っ!?」
加速の勢いに押し潰されそうになりながら、篝の手を掴み、勢い任せに突き抜けるのがやっとだった。
「何…………!?」
それも、ほんの一瞬でもタイミングがズレてしまえば間に合わない危険な賭けでもあった。
「ぉ……ぉ、おぉおおお――――っ!!」
それを実現させたのは、桐葉がこれまで積み重ねてきた経験だった。
神堂との特訓。桐葉の前に現れた数々の怪物。
その他、桐葉は自らが持つ全てを使った。
その結果、彼を地面から僅かに離れたまま水平に、かつてない速度で駆け抜けさせた。
あっという間に遠ざかり、お互いの魔法が万全の威力を発揮できない距離を開かせた。
「追いましょう! 追うのです! あんな小バエなど叩き落としてしまいましょう!」
魔法を組み合わせ、桐葉が起こした奇跡のような一瞬は信徒の男すら驚愕させた。
「桐葉……くん……!?」
それは篝にとっても同じだった。
むしろ、驚愕度合いは信徒の男のそれを上回る程だった。
強引で、無茶苦茶なその方法。
篝を離さないよう必死に握る桐葉の手。
自身より少しだけ小さな、しかし固く握られたその手に、篝はこれまで感じたことのない何かを覚える。
「あ、あの……ところで、篝さん……」
「な、なぁに? お姉さん、ちょっとびっくりしちゃって……」
しかし桐葉も、篝の疑問に答える余裕などなかった。
「これ、どうやって止まればいいんですかね……?」
「そこからぁ!?」
あまりの速度に、怪物の元を離れた後、その勢いを完全に制御する事ができなくなってしまったのだ。




