017
「A班、B班、いずれも山中の敵と交戦中! 魔法耐性の高い大型の猿のような個体との報告有り!」
「C班、D班、同じく! こちらは機動性重視の狼型! 複数体確認されましたが、いずれも尾は一つのみの模様!」
他の部隊からも怪物出現の報告は止まない。
増援に向かわせた部隊の前に姿を見せ、また、本来向かう筈だった先から変更を余儀なくされていた。
大抵の場合において、放たれるのは最も弱い犬を模した怪物。
それぞれ特定の能力を伸ばした個体を用途に合わせて使い分けるというのが[創世白教]の基本方針だった。
(人払いの魔法を無駄に広範囲で使用し出したと思えばこれか……ッ!)
それ以外の、まして部隊を足止めできるほどの能力を持った群れを呼び出す事などこれまで滅多になかった。
意図してそうしないのではなく、大勢の信徒がそうしたくても出来なかったからだ。
(これでもまだ最悪の状況には遠いとは……だが、神堂の不在を突かれたのが痛過ぎる……!)
神堂の動向を完全に伏せるのは不可能に等しいと橘は知っていた。
それほどまでに神堂の放つ存在感は大きかった。
目の前に現れるだけで[創世白教]が硬直する程のプレッシャー。
たとえ直接尾行する事ができなくとも、その土地を離れてしまえばすぐに知られてしまう。
神堂が空けてから今――或いは、目撃された昨日――までの空白の時間。
偶然の一致とは思えないほど、的確なタイミングに行動を起こしていた。
だからこそ、篝や桐葉の元へ増援が向かえない状況が続いていた。
もっとも救援が必要な場所へ部隊が駆け付けられずにいた。
「篝と天条はどうした? あいつらの元へ向かえる部隊はないのか?」
「……いません。最寄りのG班が急いでも、あと一〇分はかかる見込みです……」
「く……」
あと一〇分。
篝達にとってそれがどれだけ長い時間か、橘に想像できない筈がなかった。
状況が確定したのはほんの数分前。
篝と桐葉の目の前で怪物の融合が行われた直後の事だった。
桐葉達の元へ向かっていたE班の前へ怪物が現れ、時を同じくして怪物と信徒が各部隊の行く手を阻んだ。
並々ならぬ強度の怪物を前に、各部隊も苦戦を余儀なくされていた。
しかし決して、手も足も出ないような相手では無かった。
だからこそ各部隊は一、二名の増援を桐葉達の元へ向かわせようとしていた。
短い間に強行突破を各部隊が目論み、その度に信徒の妨害によって失敗に終わっていた。
最も位の低いとされる信徒ではなく、その上が出向いていた為だ。
それも、一人ではない。[創世白教]は複数の信徒を配置し妨害を続けていた。
吸収合体という極めて稀な事例。
前回は神堂が駆け付けたことで事なきを得たものの、今この拠点に同じ事ができる者はいない。
市街地への調査に桐葉と篝を向かわせたのは、人員の問題と、危険度の低さを総合しての判断だった。
しかし今、その二人の前に最も強力な個体が出現していた。
飛行魔法による離脱も失敗したばかり。
絶望的とも言い表せるこの状況を打破する手を橘たちでさえ伝える事ができずにいた。
「……天条が離脱! 篝からの指示の模様!」
「何!?」
その時橘の元へ寄せられたのは、にわかには信じがたい情報だった。
(この状況で天条を逃がしてどうする……!?)
融合した怪物に加え、それを操る信徒の存在。
篝個人の能力ではその状況を持ちこたえる事すら厳しい。
二人がかりでさえ猛攻に耐えるのは困難。
それでもまだ、ほんの僅かでも可能性があるとしたらそちらだった。
(何故こんな状況で天条だけを――……天条、だけを……)
その時橘の脳裏に浮かんだのは、直談判に現れた時の篝の姿だった。
普段、桐葉や衣璃亜の前では見せない険しい表情だった。
(……足止めすれば天条だけでも逃げ切れると思った、か……)
その上で、桐葉もその提案を受け入れた。
通信機のトラブルにより、断片的なやり取りしか聞く事はできなかったものの、橘にとってその内容を想像することは簡単だった。
「早急に現場への最短ルートを構築して転送しろ。……私が向かう」
「お言葉ですが、ここからでは――」
「分かっている。……判断が遅れて済まなかったと伝えておけ」
「し、しかし……!」
「何度も言わせるな。これは命令だ」
「りょ……了解しました……」
「……世話をかけるな」
橘より更に上の立場にある者達も、その場にはいなかった。
正確には、二人いた。しかしあえて橘の決断に口を挟むことはなかった。
(……帰ったら説教だ、大馬鹿ども……!)
(どうなってるんだよ、聞いてた話と状況違い過ぎだっての……!)
やっと向こうの音が拾えたと思ったのに。一体どういうことだよ。
他のチームの所にも怪物がいて? ろくに救援が遅れない?
「ふざっけんなよ……!」
どうりで救援部隊と会えないと思ったよ。
全力疾走してるのに影も形も見当たらないと思ったよ!
来てないなら合流なんてできるわけない。いないんだから。
(そんなことより、このままじゃ――)
『――か、天条。聞こえるか、天条。聞こえているならすぐに返事をしろ』
「た、橘さん?」
どうしたっていうんだよ、こんなタイミングで。
しかもなんか、声が聞き取りづらい。
というか、風の音が邪魔してる? とにかく聞き取りづらくて仕方ない。
「どうなってるんですか、聞いてないですよ!? すぐに救援を向かわせるって言ってませんでした!?」
『その件に関しては謝る、すまなかった。こちらの判断が甘かった』
「ッ…………」
……謝ってどうなるんだよ。こんな状況で。
橘さんが謝ったってどうにもならないだろ。
暴れてるのは教団の連中なんだから。篝さんの提案を受け入れたのは俺なんだから。
『今、篝の元へ向かっているところだ。貴様はそのまま大通りへ向かえ。ことが片付き次第合流する』
でも、こんな状況でそんなことを言われても、素直に受け取れるわけがなかった。
橘さんがどこにいたのかなんて、俺だってしっかり覚えてる。
最後に連絡した時は、まだ拠点の中だった。
「……ちなみに、ですけど。そこから何分かかるんですか?」
『答える必要はない』
「橘さん!!」
『いいから退け! これは命令だ!』
……そうかよ。
「……イヤです」
そういうつもりなら俺だって。
『……何だと?』
「却下。拒否。無理。断る。論外。嫌だって言ったんですよこの堅物眼鏡! 救援ができないなら俺だって考えくらいありますよ!」
『おい天条貴様――』
ええい、うるさい。お説教なんて知ったことか。
あとで雷でもなんでも落としやがれ!
――prrr!
(今度は電話……!?)
最悪。タイミング最悪。
でも別に、出なきゃいい。うるさいならその辺に置いていけばいい。
「って、イリア……?」
そう思ったけど、その名前を見たら、無視なんて出来っこなかった。
「ごめんイリア! 今急いでるから――」
『大丈夫。すぐ終わる、から』
「だから――」
『桐葉のやりたいようにやれば、いい』
「は……?」
『頑張っ、て』
「イリア? ……イリア!? いきなり何言って……」
……俺のやりたいように。
「はは……それもそっか……!」
そうだよな。それでいいよな。
(……サンキュ、イリア……!)
弱っちくたって関係ない。
俺がやりたいことは、もう決まってる。




