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リヴァイバー・ゼロ  作者: 風降よさず
Immature Sorcerer
84/596

016

「ぅげ……」

「これって……」


 新たな姿となった怪物へ、見開いた目を向ける桐葉と篝。

 信徒の男も同様に、五つの尾を持つ四足歩行の巨大な存在から視線を逸らさない。


「さすがだ……なんと美しい……何度見ても惚れ惚れせずにはいられない」


 しかしその表情は桐葉や篝とはまるで異なる、恍惚とした表情だった。

 僅かな言葉でありながら、桐葉達を更に驚愕させる乾燥が口から零れ落ちる。


「これのどこが美しいんだよ……」


(美しさ要素皆無だろ。ギリギリたくましいとかその辺だろ。意味が滅茶苦茶なパズル辞書でも使ってるのかよ)


 泥にも似た黒。爛々と光る深紅の瞳。

 身体を構成する大部分はこれまで桐葉が目にした怪物とそう変わらないものだった。


 そんなものに桐葉が、篝が肯定的な感想など抱ける筈がなかったのだ。


「[アライアンス]などには分かるまい。その気高さを味わいながら散れ!」

「ばっ……!?」


 思わず桐葉が耳を疑った信徒の言葉も決して冗談などではなかった。


 桐葉の肩幅をも上回る、たくましい足を加減なく地面に打ち付けたのだ。


(やばいヤバい、絶対ヤバイ……! 二匹合体でも強かったのに三匹目とか! てんこ盛りも大概にしろっての!)


 桐葉も篝も怪物から遠ざかるように走り出した後。怪我を負うことはなかった。

 しかし、たった一撃で舗装された地面に亀裂が入れた。


 思わず怪物の足の力を想像した桐葉は、不意に背筋に嫌な冷たさを覚えた。


「こんなところでそんなデカブツ呼び出していいのかよ……っ!」

「[アライアンス]の愚か者を始末するためだ。何の問題がある?」

「そりゃ悪うございました!」


 叫ぶように桐葉は返す。

 魔法を作り上げるだけの猶予も、余裕もない。


 居住地へ近付けまいとする篝の後をひたすらに追うばかりだった。


「桐葉くん!」

「はいっ!」


 そんな中、唯一篝が発した一言。


(飛べ飛べ、飛べ――)


 その意味を桐葉はすぐに読み取った。


「《飛翼》!」


 飛行魔法で一気に離脱する、と。


「やはり愚かという他ないな……それしきのことで逃げられるとでも思ったか。そうでしょう?」


 しかし。


(撃ってきた!?)


 怪物はそれを待っていたかのように口から火を噴いた。


「うぉ……っ!?」

「桐葉くん!?」


 それも、桐葉に狙いを定めて。


(後ろ、見ながら、飛ぶの、きつっ……!?)


 桐葉も決して、飛行訓練を怠っていたわけではなかった。

 習得してからというもの、神堂や橘の立会いの下で何度も繰り返した。


 それでもまだ、桐葉の練度は決して高いと呼べる位置にはなかった。

 他にもやるべきことが多過ぎた。


「っ……邪悪を阻みし凍てつく盾!」

「またそれか。芸のない」

「防げればいいの!」


 先行する篝が、絞り出すように構築した氷の壁。


 一度、三本尻尾の怪物の攻撃を阻んだ盾のような氷。

 それはまたしても、サッカーボール大の火球を阻む。


「舐められたものだ!」


 しかし。


(嘘……!?)


 続けて篝の魔法すら押し潰すほどに巨大な火球が、二人を襲った。


 篝の魔法をもってしても、その勢いを打ち消すことはできなかった。


「きゃっ……!」

「痛っ……!?」


 たちまち二人は地面に叩き落とされる。

 行動不能になる程の怪我を追わなかったのは、不幸中の幸いだった。


 すぐさま身体を起こし、走り出す事ができたのだ。


「あちらです、御遣い様!」


 それでも怪物の追撃は収まらない。それどころか、激化する一方だった。


 もう一度炎を放たれてしまえばらいよいよ終わり。

 そう感じつつも、桐葉も篝も足を止めようとはしなかった。


 しかしそれも、増援の到着まで続けることはできない。

 怪物との距離が徐々に縮まっていく中、篝はそう結論づけるしかなかった。


(もうちょっと遅かったら……!)


 大型化した怪物は植え込みを、塀を破壊し突き進む。

 先程、怪物が足を踏み入れた空き家からも遠ざかるばかりだった。


「あいつにさっきの爆音封魔石は――」

「多分無理!」

「ですよね……!」


 振り返り、牽制の一撃を放つことも出来ない。

 労力に見合うリターンが得られないだろうと篝は予想していた。


(運よく一瞬止められてもその後がなきゃ意味ないよな、さすがに……!)


 桐葉も、そんな篝の雰囲気を薄々ながら感じ取っていた。

 一度も足を止めることなく、それらしい提案すら持ちかけようとしない篝の姿を見てそう考えていた。


(言えるわけないよね……もう残ってないなんて)


 それ以前に、篝はもうそれを試すことはできなかった。

 最初にとりついた小型の怪物によって、渡されていた封魔石の一部を破壊されてしまっていた。


 それに気付いたのは、他でもない篝自身が桐葉と同じ案を試そうとした時の事だ。


(そんな器用な事ができるなんて報告はなかったはずだけどー……こんなに短い期間に改良を重ねたことなんてあったっけぇ……?)


 強力な魔法を自在に操るだけの技量がない事を、篝がそれ以上に呪った日は他になかった。


 増援部隊が到着したところで、多少の人数では簡単には倒せない。

 間の悪いことに、この状況を確実に打破できる人物は遠征している最中だった。


(このままじゃ二人とも追いつかれて攻撃されるだけ、だよねぇ……)


 そうした中で、篝はある結論に行きついた。


「先に言ってて」


 それを実行するために、桐葉の背中を押した。


「…………はっ!? ちょっ……篝さん!?」


 不意に押され、桐葉はよろめく。

 篝の囁くような声も、桐葉はしっかりと聞いていた。聞いていたからこそ、足を止めずにはいられなかった。


 そんな桐葉に、篝はかつてないほど厳しい声色で叫ぶ。


「いいから逃げて! すぐに追いつくから!」

「追いつくって言ったって……!」


 篝と比べて経験の浅い桐葉も、怪物の強さを肌で感じていた。

 今のままでは『神堂に劣る』と言い聞かせたところでこれまでのように戦える相手では無い事を、直感的に理解していた。


 そして、篝が戦ったとしても、状況が大きく好転するわけではない事も。


「ここで私たちが二人とも掴まっちゃったらそれこそ意味がないんだよ!? いいから行って!!」

「ッ……!」


 篝もまたその事に気付いていると、言葉はなくとも桐葉は理解していた。


「……絶対、ですからね」

「ん、約束。……大丈夫だよぉ。ここは、お姉さんに任せてくれていいからねぇ?」

「……必ず戻りますから」


 どういうつもりで篝が桐葉へその指示を出したのか、分からない筈がなかったのだ。






「……愚かなものだ。あの少年を見捨てていれば、まだ助かる可能性もあっただろうに」


 走り去る桐葉を見送る篝の元へ、とうとう怪物が追い付いた。

 その頭上に乗っていた信徒の男は、足を止めた怪物から篝を見下ろす。


「そぉ? 私は間違ってないと思うしぃ……そんなこと言う人に、評価なんてされたくないけどぉ?」

「……何が言いたい?」

「何って、そのままだよぉ」


 見上げるほどの怪物を前に、篝は落ち着き払っていた。


 優位な立場にあり、罠を仕掛ける時間もなかったと確信していた男が思わず警戒する程に落ち着いていた。


「……所詮は[アライアンス]か。なんと考えの浅い事か」

「だから、とやかく言われる筋合いなんてないってばぁ」


 最初篝にとりついた怪物も、全ての封魔石を奪っていたわけではなかった。

 その事実を踏まえても、信徒の男は違和感を払拭できずにいた。


「……まあいい。その喋り方にはうんざりしていたところだ。望み通りお前から始末してくれる」

「できるといいねぇ? ……どっちが愚かか、教えてあげる」

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