011
「……桐葉くんって、変なところで意地が悪いよねぇ?」
またですか。またそれですか。
もう四日も前のことなのにまだ引っ張るつもりなんですか、あの話を。
「あれはお互い悪かったってことでもう決着ついたじゃないですか。何度目ですか? この話題」
確かに調子乗ってわざとやってたのは認める。
認めるけど、あのタイミングであんなことを言い出す篝さん側にも問題はあると思う。
あれでも一応考えた結果だったんだよ。それにこっちも恥ずかしかったんだよ。
「結局あれから一回も『姉さん』って呼んでくれないしぃ」
「そうは言いますけど、禁止って言ったのは篝さんですよ? それならいっそ、この前のあれをまたやりましょうか?」
「それはやめて」
じゃあ散らかさないでください。
ただゴミ袋に突っ込めばいいわけでもないから余計にめんどくさい。
絶対洗濯した方がいいものはあるわ、こんな部屋なのになぜか埃被ってるものまであるわ。
俺もこんなこと言いたかないけど、よくここまで散らかせたなって逆に感心するレベル。
「なんていうか、桐葉くん……遠慮もなくなったよねぇ」
「あはは、なに言ってるんですか。……こんなに散らかってる部屋を平気で見せる篝さんもじゃないですか」
口笛吹いてもごまかせませんからね。
本当にどうにかしてくださいよ。いつまでもこの部屋を使えるわけじゃないでしょうに。
片付けても、片付けても次の山が雪崩れてくる。いっそ泊まり込みで片付けてやろうか、ここ。
そういえば篝さん、普段はどうやって寝てるんだ。
前に何回かこっちで夜を明かしたって――……仮眠室なんてあったっけ? あったような気がする。
「な、なんのことかなー……」
「目の前に凄惨な光景が広がってるのにそれは無理があるよ、姉さん。昨日なんとか確保した足場はどこにいったのさ、姉さん」
「だからそういう時だけ『姉さん』呼びしないでってばぁ!」
だってこれが一番効果ありそうだし。
より有効な方法を採用するのは当たり前のことじゃないですか。常識じゃないですか。
それでも結局部屋が片付くわけじゃないけど。
本当にどうしたらいいんだろう。例の妹さんに聞けばわかるのかな。……なんかもっと事態が悪化しそう。
「篝さんこそちょっと油断しすぎですよ。いいんですか。こんな片付けに俺を呼んだりして。……うわ、前期の試験問題ってこれ……」
「あ、あれぇ? バックに入れたと思ってたんだけどー……」
「ああ、あれですか。フックにかかってるおかげで被害を免れてるあれですか」
「被害とか言わないでよぉ……」
凹むくらいなら普段から片付けてほしい。
二人がかりでもやっぱり手が足りない。イリアに手伝ってもらうのもさすがに悪いし。
今日が休みだからって、美咲と電話するって言ってた。
そうじゃなきゃさすがにこっちの片付けになんて来られない。
イリアが寝た後までここに残ると、今度は美咲に心配をかけるから。
「いや、まあ……食べ物がないだけまだいいですけどね? こんな調子だと下宿の部屋も荒れ放題なんじゃないですか」
「じゃあ見てみるぅ?」
「…………は?」
なに言ってるんだ、この人。
そんなつもりで言ったわけじゃないのに。これっぽっちも。
行ったところでオチが見えてるし。むしろできる事なら行きたくない。そっちはさすがになんとかして。
「私だって部屋の片づけくらいできるんだからねぇ? ここはちょっと、時間がないから片付けられてないだけでー……」
「いつもお世話になっております、感謝しております。……でもまあ、そんなに綺麗なら別に行く必要もないですよね、俺」
「…………え」
部屋が切れなら行ったって仕方ない。行く理由も特にない。
組織が管理してるアパートだからご家族への迷惑とかはないだろうけど、そんな気軽に行っていい場所じゃない。
むしろ篝さんはどうして驚いてるんだろう。俺が二つ返事で行くと思ったとか?
いくらなんでも俺だってそこまで面の皮は厚くない。
「いやいや、だってそうじゃないですか。俺達の事で時間をとっちゃってるから、少しくらいお手伝いできないかなって思っただけで。そもそも別に部屋の片づけである必要もないわけですし」
「あ、ぁー……そう言えばちょっと散らかってたような気が……」
「三分も経ってないのに真逆のこと言うのは止めましょうよ」
正直、この部屋がこの部屋だからどっちもあり得そうなのが怖い。
できることならすぐにそれは勘弁してほしい。今だって片付けるのも楽じゃないのに。
「でも桐葉くん、私のことお姉ちゃんみたいに思ってるって言ったよねぇ?」
「なんかニュアンスが若干を通り越して思いっきり変わってる気がするんですけど」
「そ、そんなことないよぉ?」
「…………むぅ」
イリアの機嫌は最悪だった。
月曜日がやって来たから、とかじゃなくただただシンプルに不機嫌の絶頂だった。
「衣璃亜ちゃん? 今日はまた随分とご機嫌斜めだね……? 何かあった?」
「……別に」
美咲に対してすらこの有様。……おいヤメロ。俺にそんな目を向けるな、クラス揃って。仲良しか。
……あ、やべ。美咲がこっちに来る。
「(ちょっときっくん!? 衣璃亜ちゃん激おこだよ!? 今度は何があったの!?)」
「(いやまあ、色々言うに言えない複雑な事情がありまして……ハイ、すみません)」
仕方ないんだよ。断り切れなかったんだよ。行くって言うしかなかったんだよ。
いつもお世話になってるのも本当だから断りづらかったんだよ。
また何か秘密を教えてもらえる、とかではないだろうけど……理由はありそうな気がする。
篝さんも、そんな気やすく自分の秘密を話すような人じゃない。
「いや、本当、何かヤバいことになったとかそういうのじゃないから。あれだよ、あれ。いつものことだよ」
「ふぅん……」
やめて。ちゃんと全部ほんとのことだから。そんな目を細めないで。ロックオンしないで。
ちょっと話せない事情があるだけだから。
クラスに助けを求めようにも全員そっと視線を逸らす。
そうだろうな。そりゃそうだろうな。キレた美咲の姿なら見たことあるもんな、こんちくしょう!
「美咲もちょっと落ち着きなよ。天条もああ言ってるし、実際そうなんじゃないの? ねぇ?」
……ナニゴト?
助けが、助けが来た。意外すぎる助けが来た。
でもあの深山の『フッ』って笑い方、前にも見たことがあるような――
「天条がやらかすなんていつものことだし」
「なあ深山さんよ、数少ない友達を言葉の暴力にさらして楽しいか? え??」
「は? はぁー?? なに天条、ケンカ売ってる? ちゃんと他にも友達くらいいますけど?」
「えー……」
いやまあ、実際いるにはいるんだろうけど。
深山ってば毎日のようにうちのクラスに来てるし。美咲に会いに。
他にも部活仲間だっている筈なのに。もうちょっとクラス内で固まりそうなものだけど……
「あーあ、たまにはフォローしてあげようって思ってたのに。これじゃやる気失くすわー」
「だったらなんであんなS顔だったんだよ。絶対フォローだけで終わらせる気なかっただろ。終わらせなかっただろ」
「え? 当たり前じゃん。なんで天条の味方なんかしなきゃいけないの?」
「ほーら、本音が出た」
「天条の責任なんだから天条がなんとかするのが当たり前でしょ?」
おのれ、地味に反論しづらいところを……
助けも呼べない。
茶化して会話を落としてくれる鈴木も、今朝はまだ来てないし。
「……おはよ」
噂をすれば。
今になってやっと来た。
こんなことなんて滅多にないのに。『遅刻して怒られる方がめんどくさい』なんて言ってるくらい。
(? なんか、今日……おかしくない?)
いつもの飄々とした態度はどこにいったんだよ。何かあったんじゃ……
「なあ、鈴木。お前――」
「ちょっと来てくれるかな、天条」
「え? ――あ、おいっ!?」
力強っ!?
その気になれば止められる。けど、そんなことできる雰囲気じゃなかった。
「どうしたんだよ、鈴木。こんな場所……誰も通らないだろ」
「だからいいんだよ」
……ヤバいな。
「……ここだけの話なんだけどね、天条」
雰囲気がいつものあいつじゃない。
今聞かないと、絶対にヤバい。そう思わせるだけの何かがあった。
「彼女が……見たって言うんだ。おかしな怪物を」
それがまさか、あんなことになるなんて。




