002
「………………席、替え?」
朝の楽しそうな声色は学校に着いて、あっという間に消え去った。
朝礼前、美咲と喋ってる内にたちまち消えた。
この世の終わりみたいな顔。
時期的に原因なんて分かりきってる。やっぱりまだ駄目なのか。
「衣璃亜ちゃんは初めてだったっけ? ……聞いてる?」
「イリア? イリアー? ……気絶してない?」
「嘘でしょ!? 衣璃亜ちゃん!? しっかり!!」
まさに生気の抜けた顔。なんて言ってる場合じゃない。
このショックの受けよう、初めて会った頃の比じゃない。
あの時だって絶対にここまでひどくなかった。そんなに嫌なのかよ。
それにしてもあったな、そんなこと。今の今まで忘れてたよ。
「へ、平気。今、変な話が聞こえた、気がして」
「っていうと、席替えの?」
「…………嘘じゃ、ないの?」
怖いコワい。そんな幽霊みたいな声出すなって。どこから出してるんだよ。
本物が裸足で逃げだす勢いだよ。
「一応、嘘じゃないんだけど……あそこ、今日の五時間目。大体このくらいの間隔だから」
「…………きゅぅ」
「衣璃亜ちゃんしっかりしてぇ!!」
そこまでかよ。ぶっ倒れそうになるレベルかよ。
動くのが遅かったら割とマジで危なかった。師匠様様。こんな形で活かしても嬉しかないけど。
このままじゃさすがにヤバい。でも今更どうしたらいいんだか……
先生に相談してみる? 今の時点で色々配慮してもらってるのに?
いっそ組織に言って頼んでもらうとか……いや、結局一緒じゃん。
「大丈夫だから! きっとまたきっくんと隣だから! だからこっちに戻って来て!?」
「…………ほん、とに?」
「た、多分……大丈夫でしょ? ほら、きっくんも!」
「いけるいける。きっと。おそらく」
運が悪くなければ隣か前後の席は取れる筈。
ぶっちゃけそこまで可能性は高くないけど。
それに席なんて授業と給食くらいのものだし、休み時間は俺が行けばいい。
問題はイリアがそれでOKを出してくれるかだけど……微妙だなぁ……
「天条も綾河さんもどうして悩んでるのさ。そんなことで」
「俺達にとっては超がつく死活問題なんだけどな?」
「ごめんごめん、そういう意味じゃなくて。手っ取り早く解決する方法があるんだから悩む必要なんてないって言いたかったんだよ」
大丈夫だから。友達だから。鈴木だから。ちょっと後ろから声かけてきただけじゃん。
そしてさすが鈴木。これっぽっちも気にしてない。
それでも、イリアの反応だって前に比べたらかなり改善されてる方。
あの歓迎会の時も普通に参加してたし多少は大丈夫になった筈。
まあ、まだ他のクラスメイトと話してる姿はあまり見ないけど。
「ああ、くじを交換してもらうとか? まあ、視力の都合とか言い訳を用意すれば通せないこともなさそうだけど」
「うん、それでもいいんだけど……もっと簡単。くじに細工すればいいんだよ」
「駄目だよ!?」
「なるほど、さすが。天才の発想」
「きっくんも納得しない! できるわけないよね!?」
ほうほう、悪くない。
さすが鈴木、いい神経してる。こういうアイデアを俺は待ってたんだよ。
ちょっとグレーな方法を思いついて、それを実行することに全く躊躇いがない。
鈴木のことだから俺達が却下してもやりそう。主に自分のために。
(でも、今までやってたわけではないんだよな……席もバラバラだったし。……何かあったな、さては)
そうじゃなきゃあり得ない。普段はめんどくさがり屋だし。
まあいいや、判断するなら聞いてからでも遅くない。
「綾河さんは難しく考えすぎなんだよ。いくらでもやりようはあるって。クラスの席替えだよ? 監視員がいるわけじゃないんだから」
「そういう意味で言ったんじゃないからね!?」
……一回くらいやったな、さては。どこかでやったことあるな、こいつ。
むしろ監視員がどうこうとか、そんなことまで考えるなよ。いてもやる気かと思うだろ。
「教えて」
「衣璃亜ちゃん!?」
「天上さんなら食いつく方が自然じゃない?」
「同感。ちなみにイリア、こいつの名前は憶えてる?」
「それより、方法。そっちが、先」
誤魔化しやがった。
イリアってば覚えてないな。絶対、覚えてないな。
いたのに。ちゃんといたのに。なんなら名前も一回言ったのに。
しかもまるで気にしてないだろ、イリア。さすがにそれはよろしくない。
「あはは、いいんだよ天条。そんなことしなくて。実を言うと僕にもメリットがあるからやってるだけなんだよね」
「それを聞いて心底安心したよ。後ろの席を確保してやろうって?」
「それもあるけど、たまには静かな席もいいかな、って」
「「おいコラどういう意味だテメェ!」」
「あらら、聞こえてた?」
別にいつも一緒なわけじゃないのに。
騒がしいって自分達で思ってたのかよ。だったら少しは自重しろよ。
イリアが思いっきりビビってるじゃん。
いきなりそんな大きな声なんて出したりするから。覚えとけよこの野郎。
「で、肝心の方法。ここにあらかじめ用意しておいた席替え用のくじの詰まった箱があります」
「最初の時点で怪しすぎるよ!?」
「大丈夫大丈夫。善意で作りましたって言えば使ってくれるよ。先生も。こういうのを作るのは好きじゃないみたいだし」
「そういうことなら使えないね。残念」
いたし。なんかいたし。
しかも呆れのため息までついてるし。いつもならもうちょっとギリギリまで職員室まで粘ってるのに。
視線は薄ピンクの箱をロックオン。今更誤魔化しなんて出来っこない。
「あちゃぁ……聞こえちゃってました?」
「君達が相談してた内容なら全部筒抜け。なんてこと企んでるのよ、まったく」
さすがにちょっと言い訳できる空気じゃなかった。
いくらでも材料はあるけど、それを言ったら絶対に状況が悪化する。それは勘弁。
「こんなものまで作って来て……こんなもの職員室に持って帰らせるつもり?」
「では取引しましょう、先生」
「ロッカーの奥にでも放り込んでおきなさい」
興味ないな、さては。どうでもいいんだな、さては。
何よりめんどくさいんだろ、この人。こんなものを持ち帰ることが。
まあ気持ちは分からなくもないけど。
抱え込むくらいの大きさがあるから。鈴木はどうやって運んだんだよ。
「残念、一蹴されちゃったよ。いけると思ったのに」
「なるべくしてなっただけだろ。よく取引持ち掛けようなんて思ったな」
よくそんなくじを作ろうなんて思ったな。そしてわざわざ作ったな。素直に感心だよ。
美咲もそんな呆れた目なんて向けなくても。凄いじゃん。動機はアレでも。
「それからもう一つ。天上さんの席窓側か廊下側、最前列か最後列。その四席を席替えの度に移動してもらいます。で、その隣が天条君。少なくとも二年の間はこれでいきます」
「いつの間にそんな決まりが」
「天上さんの保護者の方と相談した結果です」
「そりゃどうもありがとうございます」
「ござい、ます」
だから言えって。
橘さんでも篝さんでもいいからちゃんと教えておいてくださいよ。
おかげで無事に片付いたけど。報連相はどこいった。




