023
飲んで、食べて、騒ぎ過ぎず。
最後のブレーキだけはしっかり理解している優等生なクラスメイト一同による歓迎会は本当にあっという間だった。
時間制限もあったから、結局イリアがちゃんと話せたのはほんの数人。
それでも親切心か、顔を覚えてもらおうと思ったのか、イリアの前に次々小皿が運ばれてた。
結局、イリアだけはあの時出てたメニューも制覇してたような。多分。
食べたのはほんのちょっとずつだったみたいだけど。
「ん、ぅ……」
二次会はイリアの体力的にも却下。そのままお開きになった。
特に店も予約はしてないみたいだった。
まあ、何人かカラオケに行くとか言ってたけど。大丈夫なのかよ。
「う、にゃ……」
今もすやすや眠ってる。ベンチで。
(……寝顔を見たのも久し振りな気がする)
思えばずっとドタバタしてた。イリアの件以外にも。
「寝ちゃったね。ふふ、可愛い」
「遊び疲れたのもありそうだけどな。今日はあちこち見て回ったし」
「あー、きっくんがそれ言うの? 自分だってノリノリだったのに」
「それを言うなら美咲こそ。……まあ、楽しんでたのは本当だけど」
「だよね。私も」
イリアのことを抜きにしても楽しかった。本当に。
本来ならイリアの様子とか、色々細かく見てなきゃいけなかったんだろうけど。
でもそんなの必要ないくらい、イリアも楽しんでた。間違いなく。
今だってそう。どう見てもにやけてる。ちゃんと寝てるのに、いつにもましてにやけてる。
さぞ夢見もいいんだろうな。この顔だと。
「にしてもほんとに驚かされたよ。まさかクラスメイト全員巻き込んでたなんて。一体いつの間に」
ありがたい限りだよ。本当に。
皆もよく乗ってくれたよ。まったく。部活とか、他にも色々予定だってあったろうに。
「秘密。分かってたらサプライズにならないもん」
「いいじゃん、教えてくれても。無事にミッションコンプリートしたんだし」
「今教えちゃうと次回が大変そうだし」
「まさか来週に向けてプロジェクト進行中とか言わないよな」
「ないない。いくらなんでも無理だよ、そんなの」
「そりゃそうだ」
安心した。今のを聞いて心底安心した。
さすがにこんなの頻繁にやってもらったら申し訳ないし。クラスメイトにも、組織にも。
それに、却下される。さすがに橘さんに却下される。
今回みたいに何人も動かすなんてそう簡単にできることじゃない。こっちだって不安になるくらいなのに。
「三人だけなら、まだなんとかなるかもしれないけどね」
「イリアの家次第だろうなぁ……それ。あ、そうだ。間を取ってここは美咲と俺の組み合わせってことで」
「とってないから。全然間をとれてないから。それならそれでちゃんと計画立てて?」
「美咲のパーフェクトプランに勝てる気がしないんだけど」
「それでもいいから」
そんなこと言われたってどうしろと。ほんの思い付きだったのに。
二週続けて同じ場所に出かけても仕方ないし。
特に今回は見たものばっかりになるだろうし。
動物園も、遊園地も、水族館も、近くにない。行くだけで一苦労。
城なんて子供のころ飽きるくらい行ったし。
年々若者が減るのも納得の仕様だよ、まったく。
何かないのかよ。喫茶店入れってか。
「ん、っ……!」
「い、イリア? 腕なんて引っ張らなくても……って、寝てる?」
「みたい。んー……きっくんをとられると思ったとか?」
「……そういうもの?」
「そういうものだよ」
なるほど。全く分からん。
そんなの気にするようなことじゃないと思うんだけど。
大体なんだよ。とるだのとられるだの。
そんなこと、気にしたってどうなる話でもないんだから。
離れるつもりなんてハナからないし。
「まあそっちは俺がどうにかできる話じゃなさそうだし……いいや、別に。それよりこれ。プレゼントフォーユー」
「英語にするならちゃんと発音しなさい。…………紙袋? 開けていいの?」
「もち。まあ、なんていうか……今日のお礼? みたいな感じ。そんなに高いものじゃないけど」
「しなくていいから。そんな高いもの入れられても困るだけだから」
「知ってる」
頼まれても無理だわそんなもん。
美咲よりちょっと少なめの小遣いなんだから、そんなの無理に決まってる。
バイトもできないし。
「ヘアピンに、ハンカチ……? なにか隠してると思ってたけどいつの間に……」
「さっき言ったろ、お礼って。しかも今日は結局ほとんど美咲に頼りっぱなしだったし。あと、驚かされっぱなしも癪だし」
「ふふ、何それ。もー……今ので台無しだよ?」
「残念、笑いながらお説教されても怖くなんてないでーす」
「だと思うよ。怒ってないもん。私」
それも知ってる。
穏やかに笑ってるその顔の理由くらい、何度も見て来たんだから当然知ってる。
ああいう店は普段入らないから、篝さんがいてくれて本当に助かった。
おかげでもっと時間がかかったけど。
本当ならもっと早くに用意しておくべきところだったんだけど。
何にせよ、喜んでもらえたならそれが一番。……よかった。本当に。
「ん、ぅ……?」
目を覚ましたイリアが真っ先に感じたのは、背中を支える柔らかな感触だった。
そしてそれは、イリアがよく知っている感覚だった。
普段、イリアと付き添う桐葉を送迎している乗用車の中だった。
まだ日は沈んでいない。しかし夜は近かった。
周囲の景色も、次第にイリアが見慣れたものへと変わっていく。
そんな彼女に声をかけたのは助手席に座る篝だった。
「あ、起きたぁ? ぐっすりだったねー、イリアちゃん。気分はどーぉ?」
「……桐葉、は?」
「隣だよ。隣」
眠る前、イリアがしっかり手を握っていた相手――桐葉は、眠っていた。
背もたれに身を預け、安心を顔に浮かべながら眠っていた。
「さっきまでは起きてたんだけどねー。緊張の糸が切れちゃったんだと思うよ。桐葉くんもなんだかんだ言ってまだ中学生だし」
「……そこまで聞いて、ない」
「今日はよくしゃべるねぇ?」
そんな短い一言でさえ、普段のイリアの反応とは比べ物にならなかった。
聞く耳すら持つことなく、桐葉の頬をつついていたであろうイリアの反応とはまるで異なっていた。
それでも、桐葉の顔はじっと見つめている。
(……どうして、あんなこと)
しかし、問いの相手は桐葉ではなかった。
彼が何度も話に出す、綾河美咲という少女に対してだった。
自身や桐葉に聞くことなくクラスメイトを呼んでいた事に、イリアは全くと言っていいほど負の感情を抱いていなかった。
まるで悪い印象を抱いていない自分自身に、戸惑っていた。
(……そこまでじゃなかった、のに)
イリアにとっては、極論、桐葉と学校に行く事さえ出来ればそれでよかった。
(それ、に……)
これまでのやり取り。
そして何より、今日という一日がイリアの中で綾河美咲という人物の位置付けを大きく変えた。
「みさ、き……」
そのことに、イリア自身まだ気付けていなかった。
桐葉が席を空けていた間にも大きく変わっていた事にイリアはまだ気付いていなかった。
名前で呼ばれるようになった時、ふと感じた感情の正体さえ、まだ理解していなかった。
「あ、桐葉くんの幼馴染の? 友達になれたぁ?」
「とも、だち……?」
同じ言葉を、イリアは聞いた。聞いていた。
それも今日、数時間前に聞いていた。
――私達、友達だねっ♪
バイキングの席で、連絡先をお互い教え合った後の事。
買ったばかりのお揃いのペンを手に、笑顔でそう言っていた美咲の姿をイリアは思い出した。
「とも、だち……」
「ぅん? どうかした?」
「別、に」
聞いてみよう。明日にでも。桐葉に、美咲に。
イリアの中に、もう学校への不安は一つも残っていなかった。
(To Be Continued...)




