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リヴァイバー・ゼロ  作者: 風降よさず
Catch Sight
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011

 手近な壁に寄りかかると、小さな衝撃が頭部を襲った。


 軽く頭をはたいてみると身に覚えのない灰色の粉末が手のひらに付着している。

 建物の整備がなおざりになっていたのは明らかだった。


(この感じ、もしまた同じようなことがあったら……さすがにもたないかも……っ!?)


 自らの考えに震えあがりそうだった。

 限りなくゼロに近い可能性と知りつつ、跳ねるように身を起こす。


 しかしそこまで。町中に降り注ぐ日差しに二の足を踏んでしまう。


 直ちに何かが起こるわけではない。

 自分自身に言い聞かせて日陰に留まる理由を増やす。


 待てど暮らせど吉報が届く気配はない。


 いつになるかも分からない瞬間をじっと待てる友人達でないことは三凪もよく知っていた。

 勇猛果敢に猛暑へ飛び込んでいった宏太がいい例だ。


 飲料の調達は任せておけと、何故かやたらと意気込んだ様子で出かけたのがつい先程のこと。


 最後に自販機を見たのは20分以上前。

 どこかでコンビニを見つけられたとしても必要な時間はおそらく大して変わらない。


 住民の高齢化に直面して久しい今日この頃。

 町では個人の店舗がひとつ、またひとつとその看板を下ろしている。


「早く見つかると、いいんですけど……」


 時間を持て余した三凪にできるのは今いる場所を観察することくらいだった。


 安全に膝をつけそうな場所を探す。

 ただそれだけのことにも苦労させられつつ、改めて廃墟の端から端まで目を向ける。


 かつて倉庫として使われていたであろう建物に残されているのは何とも分からぬ残骸がほとんどだった。

 風に運ばれた廃棄物も混じっているかもしれない。


 雨風は割れたガラスからも入り込んでいたらしかった。

 昨晩の爪痕も浅いものではなく、解体も時間の問題に思える。


 こんなところで落とし物だなんて考えたくもない。


 たとえばちょっとした隙間や小さな穴があったとしたら。

 何かの拍子に小物が転がり込んだとしてもおかしくはない。


 幸か不幸か、手近な棚を避けてもひび割れたタイルが顔を覗かせるだけだったが。


 手掛かりが見つかるわけでも、ヘレンの足取りが掴めるわけでもない。

 目を逸らしていた不安が膨らむのを三凪は感じた。


(ひょっとして、私の勘違い……)


 髪が目にかかる勢いで首を振る。


 何もなければそれに越したことはない。

 何度も言い聞かせて三凪は自分自身を落ち着かせる。


 1人になるとどうしてこうなのか。

 凝りもせず余計なことを考えてしまう自分に嫌気がさした。


(お姉ちゃんにもう1回、メールで訊いて――)


 そうやって、顔を上げた時のことだった。


 鮮やかなオレンジ色が視界の端で舞い上がる。


 駐車場に面した一本道に佇む人影。


 羨ましくなるそのシルエットを見間違えるはずがない。ヘレンだ。


「え、嘘……!?」


 一体、今までどこに。

 考察もそこそこに三凪は廃倉庫を飛び出した。


 たちまち肌を焼く日差しが襲い掛かる。


 日陰に馴染んだ身体はすっかり外の暑さを忘れてしまっていた。


 身体中に重りを背負わされたような。

 自身のそれと認めたくない程に動きが鈍い。


 今すぐにでも引き返したい。

 そんな悪魔の囁きが聞こえてきた。


 このままではどこかに行ってしまう。

 そう思っても照りつける太陽は三凪の体力を奪い続けている。


 やっとの思いで日陰の誘惑を振り切った頃にはもう、ヘレンの姿も消えていた。


「こ、今度はどこに……」


 確かに、そこにいた筈なのに。

 夏の暑さもさすがに幻を見せる程ではない。筈だ。


 わずか数秒前の出来事とは思えない曖昧な記憶を頼りに左へ、ヘレンが向いていた方へと走り出す。


 靴越しでも分かるアスファルトの熱さ。

 足を止めた遅れを取り戻そうとするほど、三凪の身体に疲労となってのしかかる。


 汗で重くなった顔を上げても友人の姿は見えてこない。

 走れど走れど突き放されているような、そんな気さえしていた。


 家屋はまばらに置かれるのみ。曲がり角もまだ先だ。

 まさか白昼堂々飛行したのではと、理不尽な疑いさえかけてしまう。


 隠れられそうな場所もない。


 アスファルトから顔を覗かせる雑草も三凪の足首程度まで伸ばすのがやっと。

 隠れられるとしたらアリのような虫くらい。


 日差しに飛び出し長く耐えられる筈もなく、ついには歩くのと変わらない速度にまで落ち込んでいた。


 滝のような汗をひとまず拭おうと足を止める。

 しかしタオルを掴むはずの手は膝についていた。


 もう一歩も動けない。

 自身が肩で息をしていることに今さら気づく。


 こんな天候の中歩き回っていてはもたない。

 たとえ自分達よりはるかに頑丈であったとしてもだ。


「ま、まさか――……」


「まさか、なんです?」


 振り返ったその瞬間、視界にとびきりのひまわりの花が咲いた。


 いや、違う。ヘレンだ。


「へ、ヘレンさん……!?」


 腰を抜かしそうになる三凪とは対照的にヘレンは落ち着き払っていた。

 三凪の目には最初、そう映った。


「どうもどうも、私ですよー。一体全体どうしちゃったんです? こんなところで」

「それは、こっちの台詞……」


 当事者とは思えないヘレンの態度に反射で言い返してしまう。

 しまったと思ったが、ヘレンはただ目を丸くするだけだった


「あ、意外とそういうところはしっかり言う感じなんです? 正論なんで何も言い返せないんですけど」


 らしくない。

 まず何より先に浮かんだのはそれだった。


「あ、いえ、言いたくないなら、言わなくても……」


 何か余計なことを言ってしまったのでは。

 そんな予感をヘレンはすぐに裏付けた。


「えっと、その……そういうこと言われちゃうと、こっちとしてもちょこっと困っちゃうっていうか」


 これを異変と言わずしてなんというのか。


「それじゃあ――」


 違和感のあまり、口のところまで出かかっていた言葉も引っ込んでしまう。


「どうかしました?」


 三凪の態度にヘレンは小さく首を傾げる。


 一見人懐っこそうな雰囲気の新しいチームメイトが雰囲気通りの人物でないことを、三凪は身をもって思い知った。


 三凪を払いのけることも、連れて行くこともしない。


 あえて言うならどっちつかず。

 自分が口にしようと思っている言葉それ自体が何かを知らないようにも思えた。


 その様子はただ変だという一言で片づけられるものではない。

 たとえるならそう。迷子のような。


 そもそもがおかしかったのだ。

 並外れた感知能力を持っている筈の彼女がどうして自分に見つかるような()()をしてしまったのか。


 ヘレンの能力をもってすれば、隠れる気もない三凪の存在に気付くことなど容易だった筈だ。


「あのあの、もしもーし? できれば、何かリアクションくらいはもらいたいんですけどー?」


 いっそ羨ましい可憐な声。

 こっそり顔を覗き込もうとするその仕草から計算のようなものは一切感じない。


 あっという間に距離を詰められた。

 しかし数センチほどの隙間に聳える壁は恐ろしく分厚い。


「…………」


 開いた携帯電話に映った自分自身へ問いかける。


 もしもヘレンにカギを落としたのかと訊ねたら。


 今のヘレンの返答を予測することはできそうになかった。


 たぶん直接言葉で訊ねることは控えた方がいい。


「えっ」


 呆気にとられたような声。


 見ればヘレンの目はいっそう大きく見開かれていた。

 手を握られた。その事実に明らかに動揺している。


 完成寸前の文章を消して思うままに文字を打ち込む。


 急ごしらえのメールが余計な誤解を与えてしまうのでは。

 そんな懸念を払拭している暇も三凪にはなかった。


 代わりにヘレンの右手をいっそう強く握る。


「あの、かなり本気で意味わからないんですけど……なにしちゃってるんですか?」


 ヘレンの声はどこか上擦っていた。

 それでも三凪は止まらない。


「必要なこと……だと、思います」


 いま考えられる最善は間違いなくこれだった。


「必要って、何が」

「行きましょう」


 ヘレンの言葉を遮ってそのまま手を引く。


「いや、行くってどこに」


「ヘレンさんが行こうと思っているところに、です」


 少し桐葉の言い方に似ていたかもしれない。そんな風に考えながら。



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