007
(ヘレンさん、どこだろう……っ)
どうして気づかなかったのか。
そんな思いを胸に三凪は廊下を走り抜ける。
突き当りは、右か左か。
魔力を感じることもできず、己の勘に頼るしかなかった。
迷宮と揶揄された地域本部ほど複雑なつくりはしていないものの。
どこかで入れ違いになる程度のことは充分にある。
こまめに足を止めてはその都度耳をすませて魔力を探る。
実際には判別などほとんど不可能。
どれだけ優れた感覚を持っていても、魔力持ちが詰め寄っている建物の中だ。
神堂零次のように圧倒的な存在感を持っている相手であれば話は変わる。
しかし今のヘレンが持っている力はそういう分かりやすい者ばかりでもない。
たとえば、桐葉を連れ込んだ亜空間。
そんなものを作り出せる魔法を三凪は知らない。
衣璃亜の口ぶりから、三凪は力の源が魔力とはまた別のものだろうと予測していた。
エネルギーとして計測できるかどうかも疑わしい、と。
ヘレンの足跡を辿る手掛かりがひとつでも欲しかった。
たとえば、彼女とすれ違ったとか。
そう考えた正にその時、三凪は足音を聞いた。
やや大股だったが、音は小さい。
真っ直ぐに三凪の方へと向かってくる。
「東雲?」
そうして三凪の前に現れたのは宏太だった。
額に大粒の雫が見える。
施設内の冷房でも足りないようで、シャツを激しく上下させ風を送っていた。
肩が透けて見えるほど汗をかいた宏太を急かすことはできない。
猛暑の中で寝坊の代償を払った友人をひとまず待った。
当然、傍にヘレンの姿はない。
「ちょっと、人を探してるというか、確かめたいことがあるというか……」
「天条ならトレーニングルームか資料室じゃねーの?」
「あ、いえ、天条くんではなくて……。天条くん達にも、いま手伝ってもらってるところで……」
どういうわけか、宏太は真っ先に桐葉の名前を出した。
行き先の候補としては確かに可能性も高い。
桐葉が不在なら、三凪も真っ先にどちらかへ向かった。
「ヘレンちゃんはまだ見てねーな……」
そんな宏太でもヘレンの行き先の心当たりはないようだった。
ヘレン個人の友人がいるという話も三凪は知らない。
そもそも他のクラスメイトと積極的にかかわろうとする姿をほとんど見ない。
予定では、今日も来ることになっている。
もうとっくに着いていてもおかしくないのだ。
昨晩、姉が休暇を提案してもヘレンは首を横に振った。
衣璃亜を怒らせたら怖いと、大袈裟におびえる素振りで。
だというのに、拠点に彼女の姿はない。
先ほど出欠ボードで確かめた時も彼女の名前に明かりは灯していなかった。
近くにいた者達に聞いても、返ってくるのは知らないという答えだけ。
「ヘレンちゃん、確か天条たちの隣の部屋に住んでるだろ。あいつらも何も知らないなんてことあるか?」
「今朝、声をかけた時には『後で行く』と言ったみたいで……天上さんは、呆れていましたけど」
「そこは暴露しなくていいかんな?」
衣璃亜とも全く無関係の理由だと言うからなおさら分からない。
不満をあらわにした衣璃亜の姿が偽りだったとは思えなかった。
桐葉が宥めていたが、おそらく今も納得していない。
役目を放棄したことへの不満、というわけではなさそうだったが。
衣璃亜なりに心配している筈だと三凪は自分自身に言い聞かせる。
電話にも出ない。
結局、宏太と共に足で探すしかなかった。
2人に増えてもこれと言った変化はない。
すれ違ったメンバーに訊ねるたびに同じ答えを聞かされた。
そんな状況が続く中、呆れた様子で宏太が呟く。
「いっそのこと、同じ部屋に住めばいいのにな。その方が護衛も楽だろ」
「そこはなんとも……天条くん達にも、都合があると思うので……」
「つっても、1人増えるだけだろ? 今まであの2人で問題が起きたわけでもないし、大丈夫だろ」
「そ、それとこれとは、話が別だと思いますけど……」
地元にいた頃から共同生活を送っていたと聞いている。
2人だけだからこそ問題も起きなかった。それが三凪の認識だった。
部屋を分けたことへの疑問がないわけではない。
とはいえ、ひとつに集めるとなると、それはそれで何かしら課題が生じていた気がしてならない。
何よりヘレンや老人が許可としたということは、現状で問題ない筈なのだ。
本来であればそれでよかった。
ヘレンが行き先も伝えずにどこかへ出かけるような言葉なければ。
今回の事態がイレギュラーというだけで、実際には現状が正解。
そんな予感が三凪にはあった。
「それに、天上さん、天条くんとの時間を邪魔されて怒ったりとか……」
「それならそれで、上手くやるんじゃねーの? あいつらやらかす時はお構いなしだし。ヘレンちゃんが気ぃ遣うだけじゃね?」
「それは……あるかもしれません……」
簡単に想像できてしまった。
付き合いの深さゆえか、ひとたびスイッチが入ると桐葉も衣璃亜もなかなか止まらない。
あの2人の独特な空間に割って入るのは至難の業だ。
何度か見慣れた三凪でさえどうすることもできない。
衣璃亜に背かない上、そもそも状況を見慣れていないヘレンが切り抜けられるとは思えなかった。
まさかそのせいで逃げ出したのでは――そんな考えが一瞬浮かぶ。
ひたすらに歩き回ってもヘレンの姿は見つからない。
道中、夏谷達にも聞いてみたものの、やはり皆揃って首を横に振った。
探せる場所は徐々に減っていく。
しかしヘレンの姿は拠点内のどこにもない。
彼女にのみ立ち入りが許される区域となると三凪には手の出しようもない。
今、三凪達が他に探せる場所があるとしたら――




