043
いいように振り回されっぱなしだった。
あらゆる出来事がなにひとつとして思い通りに進められない。
主によって直接止められたわけでもないのにだ。
「時期が時期だし、アイスも用意した方がよかったかぁ」
全ての原因は、そう。彼だ。天条桐葉だ。
真剣な表情で、どうでもいいとしか言いようのない後悔を口にしている彼だ。
誰も反応しなければまた違っていたのかもしれない。
しかし実際にはそうもいかず、宏太が食いつく。
「言ってもしょうがねーだろ。大体、どこから調達してくるんだよ」
「んー、強いて言うなら……お菓子があるところ?」
「この暑い中でコンビニまで買いに行けってか」
「とんでもない。罰ゲームじゃないんだから」
帰り道に溶けるだけだと桐葉は苦笑する。
その手に魔力が宿っていることに、ヘレンだけが気付いていた。
「冷たッ!?」
間もなく悲鳴が小部屋に木霊した。
左手の甲を宏太はしきりに擦っている。
桐葉の人差し指が突いた個所を重点的に。
テーブルの上で無防備な姿を晒していたがために、冷却魔法の餌食となったのだ。
……恐ろしく下らない悪戯である。
しかし下手人はそれだけに留まらず、首を傾げて。
「涼しくなった?」
「肝が冷えたわ!」
力いっぱいに宏太が叫んでも、桐葉はわざとらしく目を丸くするだけ。
本当に同一人物かと疑ってしまうのはおそらくこういう振る舞いのせいだろう。
「っつーか、アイスの話はどこいった。アイスは。オメー菓子があるトコから調達してくるっつったろ」
「ああ、言ったよ。その通りだったじゃん」
「どこにあるんだよ」
……本当に、何を考えているのか。この少年は。
「……オイ、まさかアイスって」
「そ、冷やす」
ヘレンの視線に気付くことなく、さらりと言い放つ。
予想通りの答えにさすがのヘレンもため息をついた。
宏太も露骨に顔を顰める。
「下らねー……」
「まあまあまあ。今は冷房が効いてるんだし、そっちはまたの機会ということで」
「それ、今のオメーにだけは言われたくねえ」
「帰り道に一本奢るから」
「一番高いのにしてやるから覚悟しとけよ」
しかし不満の表情はすぐに消えた。
転がり込んできた好機にこれ幸いと邪悪な笑みを浮かべている。
現金な――とは、言わずにおいた。
「えっと、氷なら……一応、ある筈ですけど……」
嫌な気がしたのだ。
先ほどに負けず劣らず下らない展開が待っていると。
そんな予感はすぐさま裏付けられた。
「っしゃ、でかした。バケツに入れてくるわ」
「お前はお前で何をしでかすつもりなんだよ」
音を立てて席を立った宏太の腕を桐葉が掴む。
一瞬、笑顔で睨み合う2人。
その先の展開は簡単に予想できた。
「そ、そういう使い方はちょっと……」
「そんなもったいない使い方しなくても」
――と、思いきや。
「かき氷を作ればいいじゃん」
桐葉がまたしてもおかしな、それでいてこれまでとは方向性が大きく異なる提案を口にした。
おそらくその場の思い付き。
却下されるに違いない。
完全に甘く見ていた。
「かき氷機……どこかの倉庫に仕舞ったような……そんなことはなかったような……」
「味はどうするんだよ。味は。ここのジュースでもかけんのか? 絶対薄いじゃねーか」
2人が真剣に検討し始め。
「そこまで難しく考える必要もないでしょう」
おまけに主まで話に加わる。
「ジュースを凍らせてしまえば済むことです」
「「天才」」
それどころか、桐葉達へアイデアまでもたらした。
部位の異常であればどれだけよかったことか。
しかし実際には桐葉も宏太も、三凪までもが本気で取り掛かろうとしている。
(えー……?)
すっかりその気になった3人を、呆然と見る。
部屋を飛び出すのは時間の問題。
また魔法を用いようと言い出すかもしれない。
かき氷機を探しに行くと言われた方がまだよかった。
ロクでもない方向へ導いた声の主へ一瞬だけ視線を向ける。
「……何か?」
ちらりと見たその瞬間に勘づかれた。
自分が言い出した結果だというのに、主は止めようともしない。
「あの……いいんです? アレ」
無責任とも言える態度の真意を思い切って訊ねた。
何か目的があるのではないかと。
せめてそうであってくれ、と。
しかし主はそんなことかとため息をついて。
「言いも何も、いつものことですから」
3人を見て、くすりと微笑んだ。
その表情にヘレンは何も言い返せなかった。
かつ手の姿からは想像もつかないものだったのだ。
微動だにしなかった口元は緩んでいる。
冷たいばかりだった瞳には光が宿っている。
「とはいえ、いつまでもあのままにしておくわけにはいきませんね」
呆気に取られている内に、主が立つ。
困ったように、楽しそうに。
「無理に作らなくてもいいでしょう?」
あるべき立場など知ったことかと言わんばかりに。
「そうは言うけど」
「ここまで来て引き下がるっつーのもなぁ?」
「いざとなったら、天条くんの魔法で凍らせるとか……」
……当の3人はまるで気にしていないようだった。
事実としては知っている筈。
真実を知ったその日からさほど時間も経っていないだろうに。
彼らがそのことを気にしているようには、まるで見えない。
「今さらですが、ひとつ思い出しました」
主も気に留めることなく、むしろそれを当然として受け入れている。
「桐葉が言っていたでしょう? お菓子のあるところ、と」
……それがいいと言えるものかは、甚だ疑問だったが。
「あれだけ揃えているんです。時期に合わせて多少、調達していてもおかしくはない……そうは思いませんか?」
むしろ変な影響を受けている気がしてならない。
「さすがにそこまでの備蓄はないんじゃ?」
「頼んでもないしなぁ」
「やっぱり、ここは、作る方向で……」
これがいつものことだというのか。本当に。
「あのぉ……そんなに欲しいなら買ってきましょっか? 私」
「「「主役に雑用なんてさせられない」」」
「えー……?」
しかし不思議と、強く拒む気にはなれなかった。




