012
(どうだ……?)
この一瞬に今後の全てがかかってる。イリアの。
絶対安心、問題とは無縁の相手だから大丈夫……だと、思いたい。
でも、深山のことだってあるし……うーん……
「ごめんね、きっくん。ちょっとうるさい」
「今の今まで黙ってたのに?」
「んーん。そうじゃなくて、行動が」
「だったらどうしようもないな」
分かったよ。分かりましたよ。もう少し大人しくしておきますよ。
大丈夫。美咲なら。きっと。多分。
イリアからの印象もそこまで悪くなかったし。
今朝、登校前に話した時も嫌そうな反応はしてなかったし。
これを深山達と話す時にも期待するのは……まだちょっと酷か。
今だってイリアに視線を合わせて屈んでる。心なしかいリアも落ち着いてるように見えた。
さすが。こういうときに限らず本当に頼りになる。……今度さすがにお礼しよう。
「ぇ、っと……みさ、き?」
「うんうん、美咲だよ。綾河美咲。よろしくね。それじゃあ……あなたの名前、もう一回教えてくれる?」
「ん……」
おお。
昨日は頼んでもあれだけ拒否ってたのに。深山相手に。……やば、さすがにそろそろ睨まれそう。
イリアが。あのイリアがちゃんと頷いた。
それだけ、やろうと思ってるってことだ。
いける。まだちょっとイリアの雰囲気は硬いけど、これならいける。
むしろ、最初と思えばこのくらいでちょうどいいかも。
「いりあ。……天上、衣璃亜」
「衣璃亜……衣璃亜ちゃん。うん。覚えた。ちゃんと覚えたよ。それで、衣璃亜ちゃんはなにが好き?」
「……わかんない」
「じゃあこれから見つけていかなきゃね」
ヤバい。泣きそう。ちょっと泣きそう。
やっとだ。やっとだよ。最初の一歩がやっと踏み出せそうだよ。
この調子ならイリアの今後の不安も八割は吹っ飛んでくれるよ。
……ほんの少し、子供をあやすように見えなくもないけど。
「美咲、は?」
「私? たとえば――あ、これこれ。知ってる?」
「……見たこと、ない」
「そっかー。これね、色々出てるんだよ。文房具とか。近くでもたくさん売ってるんだよ」
「……そう、なの?」
「あるある。よく見かけるから大丈夫。……あんまり詳しくないけど」
いっそ頼むか。やらせるか。パシらせるか。
それは冗談にしても、篝さんとか詳しそうだよな、ああいうの。
どうなんだろう。聞けば教えてくれるかな。
ある程度教えてもらえばあとは買うだけだし。そのくらいなら知識ゼロの俺でもできる。
じゃなくて。
初めて見た気がする。
イリアが俺以外にこんなに喋るなんて。しかも『うるさい』とか『邪魔』以外で。
「さすが綾河さん、って感じだね。……天条?」
「うっ、うっ、あっという間に立派になって……ぐすっ。よかったよ……」
「ねえ天条。そのボケ、今やっても僕は突っ込まないよ?」
分かってるっての。
いいじゃん。たまには。
イリアがちゃんと話してるんだぞ。俺以外と。こんなに嬉しいことなんてそうそうない。
相談して本当によかった。
……でも、俺が手伝えたこと皆無だな。
「ふーん……じゃあ、あのお兄さんの親戚なんだ?」
「みたい。なんか色々あるみたいでさ、俺もよく分かってないんだよ」
橘さん達が設定した家族構成なんて、これっぽっちも。
重要なことなんだから俺にもちゃんと伝えてくれよ。
兄扱いして電話かけてやろうか。あの眼鏡。
声低いし父親って言っても信じてもらえそう。
しかもあんな化け物と戦わされて、大して休憩もせずに家に帰って。
我ながらよくこんな平然としてられるよ。びっくり。
明日の師匠の課題は……駄目だ。考えたくない。
「で、なんだったっけ。私が明日話せばいいの? 今日見た感じ、かなり警戒心強そうだったよ?」
「その辺りも色々あったみたいでさ。でも大丈夫。俺、美咲ならなんとかしてくれるって信じてるから!」
「それっぽい言葉で私に丸投げするのはやめてね?」
でもなんとかしてくれそう。
なんなら俺より仲良くなりそう。……さすがに泣くわ。
たとえ美咲でも、一日で俺よりイリアと仲良くなってたら流石に泣きたい。
「冗談冗談。ほんとに美咲の印象はいいんだって。ちゃんと名前も覚えてたし」
「あ、そうなんだ。……なに吹き込んだの?」
差が。前後の声のトーンの差が。
この冷たさなら冷房の必要もないってか。凍え死ぬわ。
「や、やだなぁ美咲。そんな人聞きの悪い。俺は別になにも――」
「なんて言ったの?」
「超信頼できる幼馴染って伝えました。マジで。変なことなんてこれっぽっちも言ってません」
怖いよ。本当に怖いようちの幼馴染。
師匠とは方向性が違うし。何年も付き合ってるのに一向に慣れないし。
さすが。閻魔モード持ちはわけが違う。
「それならいいけど……あんまり変なこと吹き込んじゃ駄目だからね。きっくんのことすごく信頼してるんだから」
「よく分かるなそんなこと」
「じゃなきゃ転校初日に一緒に入って来たりしないでしょ」
そりゃそうだ。おっしゃることごもっとも。反論できねぇ。
「でもびっくり。きっくんいつの間にあんなに仲良くなってたの? もっと早く教えてくれたら色々手伝えたのに」
「保護者さん達に固くかたーく口止めされてたんだよ。ほら、この前相談に乗ってもらったやつ。あれもそれ」
「あ、やっぱり? かくすくらいなら転校のことじゃないかもって思ってたけど……その辺は家庭の事情だもんね」
「複雑怪奇、厄介この上ない事情だよ。まったく」
しかも全国規模で。年単位で。
本当にどのくらい前から続いてるんだろうな。これ。
さっきの青い粉とか、日に日に聞きたいことも増えてるし。
もう誰かマニュアルでも作ってくれよ。読んでおくから。橘さん攻略ガイドみたいに。
「『まったく』はこっちのセリフ。本当にびっくりしたんだからね? あんな綺麗なこと知り合いだったなんて……」
「ミサキノホウガキレイダヨー」
「言うならもうちょっと感情込めて? あと、流石にそれは言い過ぎ。ないから。いくらなんでもそれはないから」
クラスどころか学年中で話題沸騰だったもんな。
今頃電話&メールで更に広まってるだろうし、明日はもっと野次馬も増えそう。
いっそ師匠か橘さんについて来てもらおうかな。
あの二人が睨んだらその辺の連中なんて脱兎のごとくーー
――prrr!!
……監視でもしてるのかよ。声にも出してないのに。
送り主の名前を見たときは心臓が止まるかと思った。
橘さんからのメールの内容は基本的な伝達事項。機密のきの字もないやつ。
でも、問題は追伸。
『余計なことは考えるなよ。貴様』
これだもん。
「こっわぁー……」
「またきっくんが余計なこと言ったんじゃないの?」
「言ってない。別に言ってなんかない」
思っただけ。そんなところまで統制されてたまるか。
多分、本当は他の注意を促すメール。
思い当たる節が山のようにあってどれのことかわからないけど、多分それ。
でもタイミングが悪すぎる。これでも勝手くらいに悪すぎる。
エスパーなのかそうじゃないのかどっちなんだよ。はっきりしてくれよ。
「えっと、なんだったっけ? 美咲は美人か否か?」
「どうして掘り下げなくていい話題ばっかり掘り下げるの? ねぇ。さっき結論出たよね?」
「まあ確かに、美咲ってどっちかというと可愛い系だよな」
「うわ……」
「感情込めたんだけどな?」
「私も言ってってお願いしたつもりないよ?」
いいじゃん別に。
しっかり丁寧に俺の率直な気持ちを込めたのに。
「……いいけど、二人とも喋り倒して寝坊しないようにね?」
「「……はい」」
ごめん。母さん。正直そこにいること忘れてた。




