015
「心配されても、生まれつきみたいなものなんですよねー。これ」
何も問題はないのだとヘレンは繰り返す。
「そういうものなんで、もう私の特性ってことで納得しちゃってください。じゃないと持ちませんよ? いろいろ」
それどころか脅しのような言葉まで。
「それじゃあ、魔力を抑えていたことも?」
「それはちょっと違うんですけど」
こんな態度をとられると、魔力の方も疑わしくなってくる。
「あのあの、ひょっとして根に持ってます? 隠してたこと」
「そんなことないって。転校してきた時にはめちゃくちゃ驚いたけど」
あの時ヘレンから魔力は感じられなかった。
探るつもりがなくても、傍まで近寄れば普通は気付ける。
以前の狐塚さんみたいに無理して抑えていない限り何かは感じられる。
「そういうことなら大成功ですねー。今だから言っちゃいますけど、びっくりさせられないかなってちょこっと思ってたので♪」
「ああ、だから今はもう隠そうとしていないのか」
「危険はなくても疲れちゃいますからねー」
やっぱりそういうものだったらしい。
危険がないというのも実際はどうだか分からない。
……教えてもらえるほどの関係じゃないとも、言えそうだけど。
魔力を感知させないレベルに抑え込むってどんな感覚なんだろう。
いまひとつイメージが浮かんでこない。
索敵除けから更に鍛えたんだろうか。
教団の活動拠点の中に設置された探知機を掻い潜るための技術のひとつ。
魔力の放出を完全に掌握するとか、他にもいろいろ。
もっとも問題の探知機が気休め程度のものでしかない上に、誤作動も多いのだとか。
精度が低すぎるから連中も設置には消極的だと聞いた。
索敵除けがあまり優先されない理由として。
実際、俺も遭遇したことはない。
教えてもらうまでそんなものがあることを知らなかった。
だから正直、予測がつかない。
「ちょこっと話が逸れちゃいましたけど、とにかくそういうことなんで。気にすることないですよ?」
「……まあ、そういうことなら」
実力的にもヘレンの方が上だろうし、経験も豊富なんだと思う。
心配しなくてもちゃんと対応するんだろう。実際は。
一応、先生に伝えるだけ伝えておこうか。
あくまでも念のため。
そのためにも調査を丁寧かつ迅速に――
「ちょっとストップ」
「ぐえっ!?」
……踏み出した途端、いきなりヘレンに首根っこを掴まれた。
「けほっ、ゲホッ……!?」
なんだ。いきなりなんだ。
歩いていたところを後ろから掴まれた。それもとんでもない力で。
乱暴なんてものじゃない。本気で息の根が止まるかと思った。
「不満は後で聞いてあげますから」
涙で滲む視界の中でやっとヘレンを見つけても雑に流される。
それどころじゃないらしい。
呼吸を整えて、視線を追う。
「あ……あそこに何か?」
ただの曲がり角にしか見えない。
細い道が続いているのはなんとなく分かる。
間違っても大型トラックが入れるような道幅じゃなさそうだけど。
「なんか変な感じがしたんですよねー。なんて言えばいいのかなー……魔力じゃないっぽいんですけど」
「そういうことなら」
「調べてみるのが吉ですよねー」
頷き合って、曲がり角に近付いていく。
足音を立てないよう慎重に。
ヘレンの言う『変な感じ』とやらの正体も分からない。
どこの会社が所有しているかも分からない倉庫が視界を阻む。
結局、ぎりぎりまで近づく羽目になった。
「……やっぱり、ここだと思うんですけどねー?」
ヘレンに続いて奥を覗いてみると、そこはやっぱり脇道だった。
何より先に、塗装が剥がれ落ちた看板が目に映る。
三階建てのビルの存在感を際立たせていたけれど、多分、その効力が発揮されることはもうないんじゃないだろうか。
ビルの隣にある一軒家は比較的新しいように見えるけど、明かりはない。
大通りの家と違って、人が住んでいるのかどうかも疑わしい。
道を挟んだ反対側でまず目についたのはどこかの施設の駐車場。
6台分のスペースの内、埋まっているのは2台分だけだった。
一応、長い間放置されているというわけではなさそうだけど。
辛うじて分かったのはそこまでだった。
暗闇のせいで奥の様子はまるで見えない。
この位置からでは、建物のぼんやりとしたシルエットを捉えるのがやっとだ。
「どう思います? コレ」
頭の上からヘレンの声が聞こえてくる。
「どうもこうも、調べてみないことにはなんとも。できれば、他のチームと両側から探りたいけど」
「向こうの通りを歩いてるチームはいませんからねー」
考えていることは同じだった。
さすがに先生には連絡しておこう。
何かの有無をはっきりさせるためにも。
持ってきた端末を通路に向けても反応はなし。
この状況では動くに動けないだろう。
『少し様子を探れるかな。無理に進まなくていいから』
案の定の返答が届き、ヘレンに伝える。
「まあそうなっちゃいますよね」
落胆した様子はなかった。
変に待たされることになるよりは良かったのかもしれない。
「それじゃあ」
「行ってみましょっか」
最後の確認に頷き合って、いざ道へ踏み込んだ。
(暗っ……)
多少入り込んだだけでは奥の様子が見える筈もなく。
むしろ闇が深くなっているような、そんな感覚に襲われる。
大通りの微かな明かりも次第に届かなくなっていって、三階建てのビルの前を通る頃には車の音もすっかり遠ざかってしまった。
曲がり角の標識も随分と小さく見える。
空きの多い駐車場を通り過ぎて、いよいよ本格的に視界が悪くなっていった。
今のところ、分かれ道は見当たらない。
ただ暗い道が続いているだけ。
この通りに人が住んでいる場所はあるのか、ただ寝ているだけなのか。
正直、判断できない。
役目を終えてしまった場所――そんな言葉まで頭に浮かぶ。
裏道に詳しい地元民が通り抜けに使うくらいじゃないだろうか。
「…………ここに?」
「それっぽいんですよね。なんか」
そうしてヘレンが足を止めたのは、駐車場があった側。
塀に囲まれた敷地の前だった。
そこに白塗りの建物がひとつ。
正面はガラス張り。
白い文字で会社名が記されていたようだけど、掠れてしまって読むことはできそうにない。
何かの事務所だったんだろうか。
手前に古い車庫も置かれてあった。勿論空っぽだ。
事務所の横には中途半端な空間。
軽自動車くらいなら入るかもしれない。
建物と塀とに挟まれて、窮屈な思いをすることになるだろうけど。
「お邪魔しますねー」
地面に垂れたチェーンを乗り越えて、ヘレンは容赦なく乗り込んでいった。
その後ろをついて行く。
もう上の部分は使われていないだろう。
ガラスの向こうにはデスクのひとつも見当たらない。
置き去りにされてしまったような事務所を一目見て、中途半端な隙間を進むヘレンを追う。
――そして。
「やっぱり、当たりでしたね?」
事務所の裏手でようやく見つけた。
一見、裏口のように思える扉。
しかしその先は、下へ続く長い長い階段になっていた。




