008
「まさかと思いますけど、いっつもあんな感じなんです?」
2限目が始まる前の休み時間。
イリアが席を立ったタイミングを見計らって、ヘレンさんが近付いてきた。
おかげでクラスメイト達から一斉に視線を浴びせられる。
どういうことかとでも言いたげな、驚きの視線を。
「あんな感じ、というと」
「誤魔化すなんて意地が悪いんですから。さっきのですよぅ、さっきの」
予想通りの内容だった。
ちらちらと廊下の様子を確かめているくらいだし、相当警戒しているんだろう。
ほんの少しでいいから、その意識を周囲のクラスメイトにも向けてほしいところだけど。
悲しいことに、ささやかな願いが届きそうな気配はない。
「びっくりしましたもん。あんなに睨まれるなんて。何しちゃったんです?」
「俺に原因を求められても」
しかも何故か、俺のせいにされかけていた。
確かに俺も驚いたけど。
不審に思うにしても、あそこまで露骨な反応をするなんて珍しかったから――
『邪魔』
篝さんには、その、少しばかり辺りが強いこともあったけど。
『………………うざい』
……師匠はまあ、師匠の方もなかなかだったし。
『別あなたのことを信頼しているわけではありませんよ。ただ、あなたには絶対にできないというだけの話です』
「…………」
珍しくもない、かもしれない。
考えれば考える程、駄目そうな記憶が頭に浮かぶ。
むしろ自然な反応だったんじゃなにかとさえ思ってしまう。
美咲は状況が違い過ぎるから除外するとして。
これまでのパターンを考えれば妥当としか言いようがない。
「? もしもーし? 聞こえてます?」
「聞こえてる、聞こえてる。別になんでもない」
「そんな不運は見えなかったんですけどね?」
「気のせいだよ、気のせい」
つい、誤魔化してしまった。
別にいま知らなくてもいいと思う。
話したところでロクなことにならない。
やっぱり、なんて言い出しかねない。
「まあ、いいですけど。どうなんです? 実際のところ」
「やっぱりヘレンさんの行動が引っ掛かったとしか」
「今そういうのいいんで」
「本当のことじゃない?」
どういうわけか、ヘレンさんは俺に原因があるという前提で話進めようとしているらしかった。
他にないのかと聞かれても答えようがない。
イリアがああなった原因の一端はあるだろうけど、俺だけのせいにされるのはさすがに心外。
「んもぅ、どうしてそんな言い渋るんです? 早いとこ自白って楽になっちゃいましょうよぅ。その方がお互いのためだと思いません?」
「別に言い渋ってなんかいないって」
「またまたぁ」
「いやいや」
笑顔で急かそうとするヘレンさんに、首を横に振って返す。
……本人は、こんなことを言っているけど。
実際にはヘレンさんの方が詳しいと思う。
根拠なんて何もない。
何もないけど、何故だかそう思えた。
「サナちゃんから聞きましたよー? 2人ともすっごく仲が良いって。だからその辺りに関係するのかなーって、思ってるんですけどね?」
ヘレンさんの方も引き下がるつもりはないらしい。
というか、いつの間にそんなことまで。
前の休み時間はそれこそ質問攻めにあっていたような。
「(ご、ごめんなさい……っ!)」
サナちゃんさんからまさかの謝罪。おかげで察しがついた。
何に対しての謝罪だったのか追及するのは止めておこう。
ノートに色々と書き込んでいるけど、何をしているのか俺には皆目見当もつかない。
……この時間を最大限に使えば、なんとか間に合わせられるんじゃなかろうか。さっきの授業の板書くらいは。
「ここに来る前からのお付き合い、なんですよねー? やっぱりあるんじゃないです? 何か」
「ないよ、ヘレンさんが期待しているようなことは何も」
「期待って、まだ具体的なこと何も言ってませんよー?」
「その反応、ほとんど答えてるようなものじゃん」
「なんのことだか分かりませんねー♪」
愉しそうに笑うヘレンさんを見て肩を竦める。
もし仮にそうだったとしても言わない方がよさそうだ。
今のヘレンさんの雰囲気は間違いなく余計なことをする人のそれ。
「いつ戻ってきちゃうか分かんないし、できれば早めに教えてもらえると助かるんですけどねー。いろいろと」
「そういうことならヘレンさんについても詳しく」
「はい?」
この人もこの人で、あるんだろうな。何か。
そうでもないと、このしつこさに説明がつかない。
「詳しくって言われても、さん付けされちゃうとちょこっとむずかゆくなっちゃうとか――……そのくらい?」
可愛く小首を傾げる姿からは想像しづらいものでもあるけど。
「どういうつもりですか」
予想通りの追及に、二葉は天を仰ぎそうになった。
あの説明で誤魔化し通せるわけがないのだ。
力の大半を喪失しているとはいえ、彼女が見間違えることなど万に一つもあり得ない。
それを承知で、あえて二葉は問いかける。
「一体、何の話かな」
「決まっているでしょう」
ささやかな抵抗も、やはり今の衣璃亜にはまるで通じない。
わざわざ答えさせるつもりなのかと、目が語っている。
こうなってしまったからには、と、生徒である彼女に向けて二葉は語ることに決めた。
「人手が必要だということは、天条さんも分かっている筈だよ。それも、ちょっとやそっとではない力の持ち主がね。……だけど、組織も人材を余らせているわけじゃない」
今、二葉を含めた組織の誰もが直面している問題。
もしも神堂零次が大勢いたのであれば、このようなことで頭を悩ませる必要もなかっただろう。
そもそも一方的に畳みかけることさえできそうな戦力だが、それついてはひとまず置いておく。
「みんなの意思を尊重するなら、これが最善だと思う。……天上さんだって、天条君と離れ離れは避けたいだろう?」
「想像するだけで気が遠くなりそうですね」
「……そうか」
あまりに堂々とした衣璃亜の答えに二葉も気が遠くなりかけたが、ひとまず踏み留まる。
そういうことがあってもおかしくない。
威圧感に比べれば可愛いものだ。
「だったら受け入れてくれないかな。これ以上を求められても、どうすることもできないんだ」
諭すように、二葉は言った。
本心であったし、何より覆しようのない事実である。
介入すら拒まれてはいよいよ打つ手がなくなってしまう。
「分かっていますよ。そんなことは」
意外にも、衣璃亜はあっさり頷いた。
「今のこの状況さえ、それなりの無理がなければ成り立たないでしょう。えぇ、贅沢を言える立場でないということは分かっています」
しかし不満は相当のもの。
口では納得しているようなことを言っているものの、本心は明らかに真逆。
「だとしても、まだ選びようがあるでしょう。何故、よりにも寄って、アレを招き入れたんですか……あなた方は……」
その理由と思しきものを、頭を抱えながら衣璃亜は明かした。
「……うん?」
その姿は、二葉にとっても予想外。
衣璃亜の様子に、二葉は首をかしげるばかりだった。




