006
「まだこっちに来たばっかりで、分かんないことも多いのでぇ……皆さん、いろいろと教えてくださいねー♪」
可愛らしい声で締めくくられると、教室内から拍手が送られる。
程よく空調が行き届く1ー2教室。
夏の暑さから逃れた生徒達も今ばかりはだらけた空気を引き締める。
人懐っこそうな笑みを浮かべる少女へと視線は集まっていた。
やや媚びるような声でもあったが、不快感を示す者はいない。
不思議なことに、そのような空気がまるで生まれなかった。
間違いなく、羨ましがられるようなスタイルの持ち主。
町中を歩けばモデルと見間違われてもおかしくはない。
「夏休みまであと少しだが、仲良くね。……他に何か、言っておきたいことはあるかい?」
「んー……今のところは、特に?」
「それならいいんだ」
二葉に問われた転校生は少し考えるそぶりを見せるも、結局、充分だと断った。
左側でまとめられた明るい色の髪が、本人の動きに合わせて小さく揺れる。
「席は、あそこ。窓際の最後尾だ。……視力は問題なかったね?」
「大丈夫ですよー。それじゃあ皆さん、また後で♪」
小さく手を振って席に向かう転校生へ、ささやかな拍手が送られる。
初日から制服にささやかな改造まで行っている転入生をクラス一同、温かく迎え入れようとしていた。
((は???))
……既に彼女と面識があった者を除いて。
無論、疎ましく思っているわけではない。
歓迎の気持ちは同じだった。
そもそも転入を拒むような権限が一生徒にある筈もないのだが、あったところでそんなことを望みはしないだろう。
むしろ、助けてもらった側。
いくら交流の少ない相手とはいえ、悪人でないことはよく知っている。
ただ、信じられなかったのだ。
助けてもらったこととこれはまた別の問題。
今この場合においては無関係とも言えるものだ。
(…………どうなってんの??)
ようやく働き始めた桐葉の頭脳も答えを導き出すことはない。
何か妙な夢を見せられているのではないかと桐葉は本気で疑った。
しかし目を擦ってみても頬を抓ってみても、目に映る光景は変わらない。
先日、遠征した先で会った少女が教室にいる。
勘違いなどではなかった。
特徴的な見た目だったということもあるが、名前の他にもうひとつ。確かな根拠があった。
教室に入ったその時、自分達に視線を向けたことを桐葉は見逃さなかった。
「…………」
拍手を止めることはないものの、表情は硬いまま。
あまりにできすぎた偶然に、何もかの思惑があるのではと疑わずにはいられなかった。
大袈裟ということは分かっている。
桐葉も分かっているのだが、どうしても偶然と片付けることができなかったのだ。
(どうなってんだよ。マジでどうなってんだよ?)
その頃、宏太も瞬きを繰り返していた。
今朝のアレも、見間違いなどではなかった。
信じがたいことではあるが、宏太が見たのは間違いなく先日会った少女だったのだ。
あまりに早い再開への喜びより、困惑が勝ってしまう。
こんなことが本当に起こるのだろうか、と。
(わっかんねぇー……)
2列前にいる桐葉の動きを無自覚になぞり、宏太は小さく唸る。
宏太自身、どうしてここまで違和感を感じるのかは分からない。
分からないが、何か強烈な違和感があった。
「♪」
そんな宏太と桐葉とを見て、今度はウィンクを飛ばす。
指定された席へ向かう途中。
よほど注視していなければ見落とすであろう、一瞬の出来事。
事実、クラスメイトの大半は気付いていなかった。
もし見られていたら、一部から羨ましがられていたかもしれない。
そうでなくても、からかわれることはあっただろう。
(どーいうつもりだ?)
しかし向けられた本人達はそれどころではない。
普段であればまた違った印象を受けていた。
少なくとも自分はそうだろうと宏太は思っていた。
「……?」
見れば、桐葉も同じ。
一瞬、怪訝そうな顔をしていた。
おかしな時期に転入してきたこともあるが。
大きすぎる違和感に悩まされていた。
「「――!」」
しかしそんなものはまだ序の口でしかなかったことを、彼らはすぐに思い知ることになる。
「よ、よろしくお願いします……?」
「こちらこそ♪ 仲良くしてくださいねー?」
転校生の挨拶はほとんど頭に入ってこなかった。
(ま、魔力……? どうして?)
転入生が魔力を持っている。
抑えていたものを解き放ったのは席に着いたその瞬間。
見れば、桐葉も宏太もぎょっとしたような視線を向けている。
(お姉ちゃん?)
そのことに気付いた三凪はすぐさま姉の方を見た。
組織の一員、なのだろうか。
しかしそんな話は聞いていない。
増員があるの場合には三凪達にも話が届いている筈なのだ。
しかも状況的に、三凪達のチームの一員となる。
宏太のような事情がなければあらかじめ顔合わせも済ませておくのが慣例だが……
(向こうの人じゃ……ない、筈……)
まさか姉に限って、少女の魔力に気付いていないなどとことはない筈。
少女の魔力は三凪から見ても桁違いのものだった。
正確に測定したわけではないが、ひょっとすると現在の桐葉以上……。
「今日は欠席もなし。連絡しておくことも……うん、ないね」
三凪達が気付いているのだから当然、姉も気づいている筈なのだ。
にもかかわらず、姉は触れようとしない。
アイコンタクトのひとつもなく、いつも通りに淡々と朝礼を進めている。
チャンスはいくらでもあった。
起床後や出発前――どれだけ遅くとも、朝礼時点でメールのひとつも遅れないとは考えづらい。
(ど、どうして……)
――思わぬ転入生の存在に、それぞれが疑問にぶつかっていた。
見せつけるように魔力を解放した少女にすっかり気を取られてしまっていた。
故に気付けなかった。
「…………」
もう1人、凄まじい形相でヘレンを見る人物がいたことに。




