004
「早く夏休みにならねーかなぁ」
空になった弁当箱を突きながら、小城がため息をついた。
昼休みを迎えた教室は授業中の雰囲気が嘘のように盛り上がっている。
理由は勿論、小城が言ったそれ。
いよいよやってくる夏休みの話題で持ちきりだった。
残りの授業は消化試合扱い。
試験も終わったことだし、実際、ここで何か大きなイベントがあるとは思えない。
「小城君また言ってる。そんなに焦らなくたっていいじゃん。すぐだよ、すぐ」
「すぐじゃ駄目なんだよ。俺は今からがいいんだよ」
「なんて無茶苦茶な」
「無茶苦茶でもなんでもいいじゃねーかよ。オメーだって1日でも長い方がいいだろ?」
出かける予定を相談しているグループも本心では似たようなことを思っているのかもしれないけど。
俺だってその気持ちは分かる。
小城が率先して言葉にしてくれているから言う必要がないだけで、気持ちは同じ。
「あーあ、残りのにっす全部吹っ飛んで夏休みにならねーかな」
「どうしたのさ。何か用事? デートとか?」
「そんなんじゃねーよ」
正月を待ち望む子供みたいに早く来いと繰り返す。
昨日暑さでぶっ倒れそうになったことをもう忘れたんじゃないだろうな。
「いいけど、行き先は慎重に選ぶように。こんな暑さじゃ楽しむ前にトラブルが起きる、なんてこともあるから」
「確かに」
「何の心配だよ!? そんなんじゃねーって! 渡辺も乗らなくていいかんな!?」
嫌な思い出にならないよう親切心で言ったのに、全力で否定されてしまった。
さすがにちょっとやり過ぎたか。
……正直そこまで気にしなくてもいいとは思うけど。
「そういえば、渡辺は? ほら、何か予定とか」
恨みのこもった視線を流して渡辺に振ってみることにする。
あの人のこともある。
今は容体も安定しているけど、渡辺にしか気づけないことだってあるかもしれない。
「んー、まあ……ぼちぼち? 天条君みたいにバイトがあるわけでもないし」
一瞬意外そうな顔をしたけど、曖昧な答えを返すだけだった。
詳細についてはノーコメントらしい。
そういうことなら俺が追及するのは野暮というもの。
何もないならそれでいい。
「折角だしバイト中の天条君たちは見てみたいけどね。人手が足りなかったらいつでも行くよ?」
「大丈夫、むしろ余ってるくらいだから」
矛先が向けられそうになったので、早めにNGを突きつけておく。
聞かれた時に不都合が内容アルバイトということにしているだけ。
実際には共通点なんてほとんどない。いろんな意味で。
「それに、ほら。クラスメイトに知られるってやっぱり恥ずかしいじゃん。壁に耳あり、障子に目ありとも言うし」
「使うタイミング、ここで合ってる? それ」
どうしてもという時には専門の部隊にお任せすることになるから情報が流出することなんてそうそうない。
とはいえ油断はしない方がいい。
何があるか分からない。
「この学校には姫宮ありだし」
「なるほど」
あの人の情報網に引っかかることだってあり得るわけだし。
「人の名前で遊ぶのは感心しないね?」
ほらやっぱり。
真面目な話、バイトとは何もかもが違うと思う。
バイトなら他にやらなきゃいけないことがあるだろうし、逆にこんなことをする必要はない。
……いや、組織の一員としても必要かどうかは怪しいか。
「今日も、行くんですか?」
その証拠に、東雲さんも気乗りしない様子だった。
自分が面倒くさいから、ではない。
これでも一応、分かっている。
「ん、お願い。東雲さん」
「わ、分かりました……」
了承はしてくれたけど、表情は晴れないまま。
本当にいいのだろうかと迷っているようにも見える。
「ありがとう、いつも」
「い、いえ、そんな……」
重い足取りで進む東雲さんの後ろをゆっくりついて行く。
部屋の空調に電気を使っているからか、廊下も普段以上に暗い印象を受ける。
廃病院の探索をしているような気分だった。
もちろん危険地帯を目指そうとか、そんなことを考えているわけじゃない。
エレベーターを使ってより地下深くの区域へ降りるだけ。
目的地を目指すうえで避けて通れないルートがここだった。
それにしても、長い。
ようやく慣れてきたけど、この施設の複雑さには相変わらず。
最初はここへ来るだけでも一苦労だった。
今だって、下手に角を曲がった先は未開の地同然。
何があるのか未だに分かっていない部屋がほとんどだ。
足を止めたのは、分厚い鉄の扉の前。
映像資料が保管されている部屋だった。
パスワードを打ち込んでもらって、東雲さんと2人で足を踏み入れる。
ちゃんと手続きは済ませてある。
誰かに見られても咎められることはない。
早速取り掛かろうと奥の棚に向かおうとして、東雲さんに呼び止められる。
「やっぱり今日も……ですよね」
心配そうに東雲さんが言った。
ここ数日、同じようなことを繰り返しているせいだろう。
イリアからも抑えるようにと言われている。
あえて同行せず別室で待ってくれているわけだから、無理はできない。
「大丈夫だよ。ちゃんと気を付けるから」
その言葉は強がりでもなんでもなかった。
対策に熱を入れ過ぎたせいで必要な時に動けないなんて話にならない。
俺達が探しに行かなくても、向こうは向こうの都合で押しかけてくる。
「東雲さんにまで負担をかけることになるし。そうなったら先生の頭に鬼の角が生えるだろうし」
冗談めかして、そんなことを言ってみる。
両手の人差し指を頭の上で上下させながら。
「さ、さすがにそこまでは……ない……ない筈……ですよ?」
それで済ませるつもりだったのに、不穏な答えに背筋が伸びる。
「と、とにかく、そういうわけだから。今日もお願い、東雲さん」
「はいっ」
もしもの時は遠隔操作で電源を――なんて独り言には耳を塞いで、部屋に3台だけある再生機の1つを起動する。
圧迫感すらある部屋にしては大きな画面。
我が家のテレビよりも2回りは大きいと思う。
おかげで2人横に並んでも狭さを感じることなく。
「――――」
氷の要塞を一筋の光が貫く瞬間をはっきり目で見ることができた。
おそらく魔法で作り上げたものだろう。
何重にも張り巡らされた分厚い防壁は画面越しに伝わるほど圧倒的な存在感を放っていた。
(あれでも、撃ち方はいつも通り)
だけど今は先人の魔法について勉強しているわけじゃない。
何重もの壁を貫いた光の方。
かつて“剣聖”の名を与えられていた男の方だった。
角度はおよそ45度。
距離はざっと見積もって1キロ以上。
加速を続けたセイクルォードの一撃は鉄壁の防御を貫いた。
真正面から打ち破ってしまった。
『散開!!』
当然、組織も黙ってはいない。
貫かれた砦がたちまち無数の欠片となって“剣聖”に牙を剥いた。
同時員5つの光点が別々の方向へと飛び立っていく。
氷の機関銃が“剣聖”の守りを貫くより先に弾切れを起こすと、地中深くから炎の大蛇が現れた。
そうとしか言いようがない。
柱のように思えるほどたくましく、上空の“剣聖”に追いついてもまだその最後尾は見えないままだ。
獲物を見つけた大蛇はなりふり構わず食らいつく。
しかしその頭部は剣の光に潰された。
さっきの一発よりも太く、短い一撃。
光線というよりは爆発のよう。
(今、わざと動きを詰まらせていたような)
手元のノートに書きとる暇もなく、一撃を放った“剣聖”を岩が殴る。
魔力の鎖に繋がれた大岩が、たった1人によって振り回されていた。
一撃の重さは相当のもの。
黒犬どころかあの大鳥でさえ押しつぶしてしまいそう。
だけど、それを受けた“剣聖”突き飛ばされただけだった。
復活した炎の大蛇も、隕石のような一撃も“剣聖”を突破することはない。
氷に閉ざしてもたちまち切り裂かれてしまう。
息を潜めている1人の特大魔法を撃ち込もうにも、その隙が生み出せずにいた。
全身が鎧で包まれているようなものとは聞いたけど、冗談じゃない。
あんな代物が何個もあって堪るか。
分かってはいた。
そうだろうと思っていた。
これまでに一度でも“剣聖”を叩きのめすことができていたのなら、記録に残されていただろう。
これまで蓄積された資料の中に簡単な突破口が残されているなら苦労はしない。
「…………」
そうして、新たな日課となった“剣聖”対策は成果がないまま本日も時間切れを迎えた。




