016
「《魔力剣》――」
その正体を確かめるより早く、桐葉は剣を手に取った。
「ッ……!」
そのまま、剣へ魔力を注ぎ込む。
強度を増すためではない。
注がれた魔力は内部に留まることなく溢れ出す。
その一方で、垂れ流しになることもなく。
その様は刃を包み込んでいるようにも思われた。
(まだ、いける)
震え、悲鳴を上げ始めた《魔力剣》を左右の手で握り従わせる。
ほとんど抑え込むような態勢で。
強く剣を握りしめる。
地面に軽く抑えつけて待った。
「上だ!」
標的の居場所が明らかとなるその瞬間。
「切り裂け――――ッ!!」
溜めにためた魔力を、斬撃とともに解き放つために。
「うおっ……!?」
振り切った際の衝撃に、誰かが声を漏らした。
他の誰よりも早く放たれた斬撃の魔法。
未完成ながらも速さは十分。
直後、空の影は光の中へと消えていった。
ほんの一瞬だけ、赤い双眸を怪しく光らせ。
しかしそのまま姿を消した。
やや遅れて斬撃も消えていく。
青い空へと溶け込むように。
それはほんの一瞬の出来事。
しかし、見届けた者達の記憶には確かに刻み込まれていた。
「……速攻で仕留めやがった……」
散り際を見届けた面々が呆然とする中、宏太が呟く。
桐葉以外の誰よりも冷静に。
普段、宏太が桐葉へ接するような態度で言った。
「いいことじゃん。長引かせるわけにもいかないし」
そんな呆れたような様子の宏太に、桐葉は不服そうに返す。
怪物の姿はどこにもない。
確かに、桐葉の魔法によって消滅させられていた。
「そりゃそーだけどよ、そうなんだけどよ? なんつーか……なぁ?」
「なぁ? ってなんだよ。なあって。もうちょっと具体的に」
「後で千急かしのの目にでも聞いてみろよ」
「むぐ……」
彼の手にあった《魔力剣》も消えている。
(まだ、一発しか撃ってないんだけど)
小城の言葉にほんの少し頬を膨らませる一方で、自身の魔法の不安定さに呆れてもいた。
強力な一撃を放つことができるとはいえ。
今回のような状況ばかりでもない。
実戦で扱うための課題はあまりにも多かった。
「っつーか、いきなり過ぎんだよ。味方の不意打ちとか怖ぇんだって」
「……やっぱり『撃ちます』って言うべきだった?」
「あんまり変わらなそうだけどな」
普段とそう変わらない調子で宏太に返しつつも。
「じゃあ一体どうしろと」
「どうしようもねーんだろ」
一瞬だけ拳を握る力を強め――すぐに緩めた。
剣の残滓が隙間から逃げていくのみ。
作り直すほかないという現実を改めて突きつけられた。
「とにかく、オメーがぶっ飛ばしたヤツが出てきたトコ調べようぜ、まだ何かあるかもしれねーだろ」
「確かに。……というわけで、夏谷さん。何か具体的な割り当てとか――」
その時だった。
「ぇ――」
斬撃の魔法については一旦そういうものだと受け止めて。
独断専行を避けるべく指示を求めようとしたところに、それは襲い掛かった。
(まだ、何か……っ!?)
局所的かつ、突発的な暴風。
そのものが意思を持っているかのように桐葉を襲う。
それでいて、桐葉の身体が地面を離れかけてしまう程に強力だった。
動こうにも動けない。
今はまだ、前触れなく襲い掛かった暴力に耐え忍ぶのがやっとだった。
(これ、魔法……? それとも……というか、どこから……っ!?)
辛うじて開けた右目で元凶を探す。
突如として襲い掛かったソレが自然現象でないというのは明らか。
どこかに暴風を起こした者がいる筈なのだ。
堂々と姿を見せることはなくとも。
何か痕跡のようなものはある筈だと、桐葉は探る。
「2人とも、前! 前ッ!!」
しかし飛び込んできたのは、夏谷の声。
「っ……? って――!」
その声が焦りに満ちていたのは。
(まだいたのか!)
赤い目を爛々と輝かせる怪物が、桐葉達に向かって突進してきたからに他ならなかった。
吹き荒れる暴風に構うことなく。
それどころか風など吹いていないかのように、真っ直ぐと。
四本の足を最大限に活かし、速度を増していく。
発達した頭部が衝突した衝撃は桐葉も予測しきれない。
「阻め、炎の――」
その時、遠くで魔力が高められていくのを感じたが。
(間に合わない!)
これまでの経験が、桐葉に冷たい確信を抱かせる。
風の影響を受けないソレは、あと少しで手が届くというところまで接近している。
回避も迎撃も悪手。
多少慣れてきたとはいえ、暴風の中では桐葉達もいつものように動けない。
「っ、は――」
故に、桐葉は。
「――ぁあァッ!!」
溢れんばかりの魔力をのせて、殴り飛ばした。
暴風を耐える姿勢から一転。
自ら怪物の方へ飛び込むように、右の拳を叩きつけた。
黒い身体のソレに回避する術はなく。
桐葉に殴り飛ばされた途端、先程までの動きが嘘だったかのように空中で荒れ狂う。
怪物は地面からみるみる離れ。
魔法による追撃が馬鹿らしく思えてしまうほど高くへと飛ばされた。
「っ、ち……」
消滅を見届けることなく、桐葉は素早く左右を探る。
依然として収まらない暴風に耐えながら。
翻弄されている場合ではないと自分自身に言い聞かせて。
(2匹!)
そうして、再び見つけた。
まるで地面から分裂するように現れた化け物の姿を視界に捉えた。
距離は遠いものの、やはり怪物が風の影響を受けている様子はない。
平然とした様子でそこにいる。
(とりあえず、上手く誘ってこっちに向かわせて)
いずれにせよ、やるべきことに変わりはない。
「燃やし、尽くせ……!」
しかしソレが桐葉の元へ向かうことはなかった。
一歩も動くことなく炎に包まれ、そのまま消えた。
組織の一員の魔法によって葬られた。
「ぼーっとするな! まだいるぞ!」
桐葉が感謝の言葉を口にするより早く、鋭い指示が飛ぶ。
桐葉だけでなく、その場にいた全員へ向けて。
今この瞬間にも黒い獣が現れているのだと。
暴風の勢いは衰えていない。
怪物に対し影響しないところもそのまま。
「はぁっ!」
それでも彼らに戦わないという選択肢はなかった。
ある者は徒手空拳で。
またある者は、射出する必要のない魔法を頼りに。
時には風に姿勢を崩されながら。
仲間の魔法に冷や汗をかきつつも。
全ての標的が消えるまで、完全に動きを止めることはなかった。




