006
「わぁあああ~! 可愛い~!!」
「………………うるさい」
だからそんな、憎しみ交じりの目を向けなくても。
篝さんもそんな引っ付かなくてもいいでしょ。いくらクーラー効いてるからって。
薄着でも見てるこっちが暑くなりそう。
ただでさえ隣からの圧もあるっていうのに。
「まさかこれほど早く結論を出すとはな。終わる寸前まで粘ると思っていた」
「それ、時間がないから仕方なく受け入れるパターンでしょうが」
やっぱりそういう仕様だったのかよ。イリアが行きたいって言ってた時点でもうこの先完全に決まってたんだろ。どうせ。
そりゃ悩んだよ。頭がパンクするくらいに悩んだよ。
でもこんなことならあそこまで悩むんじゃなかった。美咲に相談まで乗ってもらったのに。
「……なんて、相談に乗ってくれた人のおかげで決められたんですけど」
でもあれ、美咲の方が大丈夫じゃないかもしれない。
珍しく美咲がなにか勘違いしてた気がするんだけど。男友達と思ってそうな雰囲気だったんだけど。
「余計な事まで話していないだろうな」
「してませんよ。するわけないじゃないですか。橘さん、もうちょっとくらい信頼してくれてもいいんですけどね?」
「だったらまずは行動で示す事だ」
例によって正論、と。この人もこの人で……
夏休みにもしょっちゅう話したんだし、ちょっとくらい態度も柔らかくなるかもって期待してた。
まあ師匠にも言われてたし、実際には無いだろうと思ってたけど。
さすが伊達に長く付き合ってない。よく当たる。
逆に橘さんに聞けば師匠のことも……止めた。下手に分かったつもりで痛い目を見るだけだ。
「っていうかなんでここいるんですか。暇人ですか。師匠以外に友達とか……あ、ごめんなさい。いいです。やっぱりなんでもないです」
「……丁度いい。一つ教えてやろう。信頼を得たいのならその口を閉じておけ」
「無茶苦茶言いますね」
喋りもせずにどうしろと。
大体橘さん、自分にも非があるって自覚ないのか。ほとんど一人じゃん。任務以外。
二、三人くらいのグループでいる人の方が多いし組み合わせも度々変わる。何度か話してる内にそれは分かった。
でも、今までの様子を見るにこの人……って、師匠もか。スタンドプレーっぷりならあっちのが上か。
とにかく仲のいい相手ってイメージが浮かんでこない。さすがに次が俺なんてことはないよな?
他の拠点もあるだろうし。そこも最低、ここくらいの規模はあるだろうし。
「でも、本当にいいんですか? 制服だって篝さんに預けてたのに、わざわざこっちに来てまで……」
「自分の目で確かめなければ分からない事もある」
「このタイミングでその発言、下手したら通報ものですよ? 良かったですね。俺が橘さんマニュアル持ってて」
「……マニュアル? そんなものを渡した覚えはないが。何だそれは」
ああ、やっぱり師匠、言ってなかったんだ。
でも本当に良かった。知らなかったら絶対言ってた。『通報しますよ』って言ってそこで止めてた。
で、そのままお説教コース。いつものパターンだ。
そういう意味なら師匠バージョンも欲しいんだけど、作ってくれるわけないよなぁ。
渡してきたときの表情からして。絶対に。
「え、ここに。安心できない神堂じr」
「寄越せ」
「………………やっぱり?」
寄越せって言いながらひったくるのはどうなんだ。知ってたけど。
師匠お手製、完全攻略ガイド。そんなものがあるって分かったら奪いたくなるに決まってる。
師匠がもしそんなものを作ったら俺だってそうする。なんならこの世から存在を消す。
橘さんみたいに魔法で塵に変えてでも。
この人本当に躊躇いなかったな。燃やすか普通。ここまで躊躇いなく燃やすか?
「ああ、師匠の涙の結晶が……」
「笑い転げた程度であいつは涙など流さん」
だと思った。言っててそんな気はしてた。
馬鹿笑いまでは絶対しない。いつもの調子でおちょくるように笑うくらい。
とりあえず俺の方に怒りの矢印は向かってなさそうだし一安心。師匠が『天条が頼んだ』なんて嘘でもつかない限り。
「で、なんでしたっけ。イリアの様子? 橘さん、そんなことまで調べなきゃいけない立場なんですか?」
「……あいつがすると思うか? そんなことを」
「満点の回答返されたらさすがに何も言えませんね。お疲れ様です」
するわけない。今までもしてる姿を見たことがない。
もうちょっとくらい興味持ってくれてもいいのに。
トレーニングのときだってそう。イリアの『イ』の字も出そうとしない。
別に毛嫌いしてるってわけでもない筈なのに。イリアの側からはちょっと微妙だけど。
「ちなみに、なんですけど。苗字ってどうなるんですか? まさかイリアで通すわけじゃないですよね?」
「今更過ぎる疑問だな。これを見ろ」
「なんですかコレ」
「見ての通りだ」
確かに分かった。すぐに分かった。分かりやすすぎるくらいだった。
何度見ても、『天上衣璃亜』の名前は変わらない。
「……当て字?」
「他に何がある。幾つかの候補の中から絞らせた結果だ」
「もっと早く教えてくれてもよかったじゃないですか。しかも天上って……」
字が違うだけで俺と全く同じじゃん。
何考えてるんだよ。誰だよ。言い出したのは。
「何だ、そんなに揃えてほしかったか」
「魔法ってそんな妄想力がないとまともに使えないんですかね」
逆。真逆。前にエスパー発揮できたんだから今回もしっかり当ててくださいよ。
っていうか……えぇ? 本気?
「響きを合わせたいというのは本人の希望だ。かといって、全く同じ字では不都合もあるだろう」
「まあ確かに、これから先、出席番号順に並ぶ時とか手間は少なそうですけど……」
学年上がった時とか。何なら進学した後とか。
この人達のことだし、同じクラスにするよう仕向けるくらいできるに決まってる。
「貴様ごときが文句を言ったところでどうにかなる問題ではない。受け入れろ」
「言われなくたってそうしますよ。何から何までご丁寧にどうもありがとうございます」
用事ってこれか。だから残ったのか。終わったから帰るのか。
真面目なのは分かる。分かるけど……本当によく当たってるな。あれ。
「その顔、やっぱりびっくりした? ごめんねー、ずっと黙ってて。上から言われたら私も逆らえないんだよー……」
「大丈夫です。その辺の話は全部さっき終わらせたので。……ところでイリア? それ、暑くないのか?」
「平気。全然」
「じゃあ……クーラーが寒かった?」
「違、う」
じゃあどうしてさ。
そんな布なんて巻きつけたりして。本当に暑くないのか?
「桐葉くんそこは分かってあげないとぉ。見せるのが恥ずかしいんだよー。ねー?」
「黙っ、て」
……恥ずかしい? って、まさか……
「そんなに拒否るレベル? 俺も見たかったんだけど……それにほら、学校に通うようになったら毎日見るわけだし」
「ぅ……」
制服姿が見られたくないって……マジか。マジか。
言えない。さっきまで見えてたって言えない。言ったらどうなるか分からない。
せっかくよく似合ってたのに。
「そうだよー。桐葉くん相手に慣れておかないとぉ。クラスにはもっとたくさん人がいるんだから」
「……どうでも、いい」
「その言い方絶対するなよ? お願いだから、クラスメイトに向かってそんなこと言うなよ?」
篝さんだから許してくれてるだけだって自覚して。お願いだから。
美咲でもさすがに困惑するぞそれ。
「桐葉くん、さっき橘さんと話してる時にも見えてたと思うしー……隠しても仕方ないんじゃなぁい?」
「ちょっと!?」
なんで人が言わなかったことを! そんなことバラしたら――
「……分かっ、た」
……え?
諦めた? あれで?
悪いわけじゃないけど……なんか意外。
隠すようにイリアが体に巻き付けてた布も落ちて、セーラー服姿のイリアが現れる。
私服姿は見慣れてきたけど、なんていうか……
(……綺麗だ)
「……おかしく、ない?」
「ないない。すごく似合ってる。めちゃくちゃ綺麗」
「……ん」
着る人次第でこんなに印象って変わるものなんだな。……ちょっと、びっくり。




