047
実際に聞かされるまで、そんなことになるとは思ってもみなかった。
弟や妹がいたら、なんて思ったのもかなり昔のこと。
そもそも、そこまで本気で思っていたわけじゃない。
友達と喋っていて、流れでほんの少し考えてみただけ。
両親にも言わないレベルの、ちょっとした妄想でしかなかったんだから。
そのせいで辛い思いをしたとか、そんな経験も当然ない。
ありもしないもしものことを考えはしたけれど、本当にそれだけだった。
その時の俺にとっては、それが当たり前だったし。
2つの家族が合体したような生活を送っていたのもあるだろうけど。
下にきょうだいのいる友達には逆に羨まれたくらい。
それがまさか、中学2年にもなって変わるなんて。そんなこと思ってもみなかった。
確か、5本尻尾とやり合った少し後のこと。
大事な話があると言われて伝えられたのがそれだった。
予想外なんてものじゃなかった。
派手に椅子から転げ落ちてしまうくらい、驚かされた。
直後に起きた事件のせいで、すっかりそれどころではなくなってしまったけど。
色々、考えることが増えたのも本当だった。
素直に嬉しかったのも本当。
町を出るよう言われた時は『俺がいなくても……』なんて、あんまりなことを思ったり。
ただその中で、ひとつだけ。
いくら俺が頑張ったところでどうにもならない心配ごとがあったのも、確かだった。
「……だから、もし狐塚さんが魔力を手にしても」
その気持ちは、俺もよく分かる。
先生は自分の推測だと言っていたけれど、多分、先生の中にそういう気持ちがあったんだと思う。
少なくとも、俺はそうだった。
「戦いに関わることがないようにと思うのは、自然なことだったと思う」
そうならなければいいと思わずにはいられなかった。
確かに魔力があれば、あの化け犬を倒せるようにもなるけど。
それは、話の通じないあの連中と戦うということでもある。
特任となれば、俺達以上にそういうものに触れる機会は多い筈で。
単純に強力な敵と戦う場面もきっと、多くなる。
実際には、そんなことを言っていられないことだってあると思う。
魔力を持っていたら、それはそれで狙われるわけで。
あいつらの活動が続けば俺や西明さんと同じような目に遭わされるかもしれない。
結局、このどうしようもない戦いを終わらせないことには根本的な解決に至らない。
「天条君にも、似た経験はあるだろう」
親になったことはないけれど。
とにかく、そういう場所へ無理矢理に押し出すのは違う気がした。
俺でさえこんな風に思っているんだから、きっと、その2人はもっといろいろなことも考えていたんだと思う。
「妹がいるんですよ。俺」
もしも桜華が魔力を宿してしまったら。
そう思うと、背中に冷たいものを感じずにはいられない。
「情けないことに、兄らしいことなんて何もできいませんけど。この前の3月に1歳になった、妹がいるんです」
「……そうだったね」
将来的なことも考えたら、可能性が一番高いのは桜華。
まだそうだと決まったわけじゃないけど、やっぱり不安はあった。
「勿論、妹に限った話ではないんですよ? ないんですけど」
今から大体10年後。
1人にとっては十分に長い時間。
だけどこの戦い全体でみると、そこまでの長さでもない。
例の立ち入り禁止エリアの存在がいい証拠。
一体どれだけのものが積み重ねられてきたのか、俺には想像もつかない。
そんな俺が、続いていることはあり得ないなんて言えるわけなかった。
「もしあいつに、魔力が宿るようなことがあったらって……考えないわけじゃないんです」
だから余計に、こんなものに触れてほしくない。
仮定に仮定を重ねたような話だと頭では理解している。
理解はしているけれど、今回の一件を思うとつい考えてしまう。
「……確かに、あり得る話だ。子供の代になって急に発現するようになったという事例はいくつもある。天条君の両親は……」
「正真正銘、一般人です。ちょっとお酒が好きなだけで」
実際、狐塚さんは戦いが続いていたからこそあんなことになってしまったわけで。
実際にできるかはともかくとして、終わらせなければと思うのも当然のこと。
あんなことを繰り返していいわけがない。
魔力の発現を止める方法がないんだから、どうしてもそこに行き着く。
一応、昔の俺並に少なければどうにかできるけど。
あれはあれでかなり極端な例だったみたいだし。
「ちなみに、なんですけど。両親がどちらも魔力を持っていた場合は」
「絶対に魔力を宿すわけではない、としか言えない」
考えだすと、色々妙なことまで思いついてしまう。
もし仮に出来たとしても、そうすることが正しいのか――とか。他にもいろいろ。
狐塚さんのことがあるから、余計に。
「血縁以外に別の要因があるというのが通説だ。それ以上のことは、まだ何も」
「そうですか……」
魔力が発現する条件さえ分かれば、事前に保護することだって――
「それはそうとして、天条君」
――東雲先生の雰囲気が、少し変わった。
目を細め、まるで何かを思い出すように。
だけどその姿は、どこか苦しそうにも見えた。
「魔力を持ってしまったら……君はそう言ったね」
「え、えぇ。確かに……言いましたけど」
そんな姿を見て、つい身構えてしまう。
おかしなことを言ってはいない、筈。
魔力云々については、先生も似たようなことを考えているように見えたけど――
「だけどそれは、あくまで私達の側から見た話でしかないんだ」
(え?)
東雲先生の言葉に思わず、固まってしまった。
「…………と、言うと」
どうにか、そのひと言を絞り出すことはできたけど。
「その答えは、自分自身で見つけないと意味がない。……大丈夫。きっと少しずつ、見えてくると思うよ」
先生はゆっくりと首を振って、それ以上のことは何も言ってくれなかった。




