002
「凍れ、凍れ……っ、《凍結》!」
手のひらにいきなり冷水をぶっかけられたような、唐突な冷たさ。
分かっていてもやっぱり慣れない。
しかも、ここまでやって近くの葉っぱ一枚を凍らせるのが限界ときた。
(これ、木を丸ごと凍らせようと思ったらどうなるんだよ。超局所的な南極?)
そのまま手も氷漬けになるからシロップ掛けて召し上がれってか。殺す気か。
(まだ他の魔法もあるのに大丈夫なのかよこれ……)
他にも水とか雷とか風とか土とか。
纏めて出しすぎだろ。なに考えてるんだあの人。まだ炎だって満足に扱えてないのに。
翼の魔法に名前を付けたその翌日に師匠が後出ししてきた夏休みの宿題。
日ごとに練習する魔法を変えながら、かれこれ一週間以上。
八月ももう半ばを過ぎたけど、まだまだ終わってくれそうになかった。
「五点」
「あ、意外。てっきりゼロどころかマイナス突入コースだと思ってたのに」
「外は初めてだろうが。初回大サービスしてやったんだよ。ほら感謝しろ」
「……え、またあれやらせる気ですか? なぁんだ。師匠、気に入ってたならこんなことしなくてもぃ痛だだだだ!!」
「んなわけねぇだろうがこの間抜け。あァ?」
せめて毎回同じなら。
ポーズから何まで毎回同じなら抜け出すための試行錯誤もできるのに。
どうしてこんなに手の掛け方やら何やら無駄にバリエーション豊富なんだよ。このデタラメ人間は。
純粋な力だけでも大概なのに。誰か止めて。誰にもできないだろうけど。
「と、というかですよ? いいんですか。こんな立派な木を凍らせたりして。プールの水満タンにするのとはわけが違うと思うんですけど」
「ンな心配はまともに凍らせられるようになってからしやがれ。これっぽっちで足止めする気か?」
「足止め扱いはひどくないですかね?」
「今のオマエに一番必要なものだろうが」
分かってる。
教団の連中や化け物を足止めできるならそれがいい。
行動不能にして、その間にイリアと逃げる。今は戦う以上に大切なこと。
師匠のチョイスがそういう系統に偏ってるのは何となく感じてた。
たとえば痺れさせる魔法とか、遠くに吹き飛ばす魔法とか。
もっと攻撃的な魔法だって、それこそ《火炎》みたいなものだってあるに決まってる。
氷の礫を飛ばすとか、雷を落とすとか。他にも色々。
……こういうところはちゃんと考えてくれてるのに、どうして空から放り投げたりするんだろう。この人。
そういうところが無かったらもっと素直に尊敬できるのに。多分、篝さんも。
「とにかくどれか一つでいいからとっとと覚えろ。練習場も使えるだけ使え。いいな?」
「一時間越えると篝さんとか橘さんがすっ飛んでくるんですけど」
「バカ、誰がぶっ通しでやれっつった。ダラダラやったって効果ねぇよ」
そりゃそうだ。
言われてみれば師匠の特訓もそこまで長引いたことはない。気がする。
内容が重すぎて時間の感覚バグってるけど。
今日だってなん……何キロ? 走らされたんだっけ。全力疾走で。
聞いてない。師匠に五回追い抜かれたらペナルティ追加なんて聞いてなかった。
しかも師匠との組手。これならまだ走らされた方がマシだ。
おかげで全身痛いったらない。
これで傷もほとんど残らないから厄介ありがたいわけだけど。
「んで? 結局どうなんだよ。この俺にここまで付き合わせてまさかまだ分からねぇとは言わねぇよな?」
「……ちなみに、なんですけど。もしまだって言ったら……」
「あ? 何身構えてやがんだテメェ。避けられるとでも思ってんのか?」
「いや、その……別になんでもないですよ? や、やだなぁ師匠。何もそんな睨まなくても」
「睨んでねぇよタコ」
だってまた何か飛んで来そうだし。
予想なんてできっこないけど、あるいはもしかしたらひょっとするかもしれないし。
でも結局、師匠はため息をつくだけだった。
属性の向き不向き。
人によって伸びやすい属性がそれぞれある。らしい。よく分からないけど。
橘さんは炎に高い適性があるとかなんとか。
言われてみれば確かに、あの日も炎の魔法を使ってた。師匠は黙秘してるから分からない。
あのグーを魔法って言い張れば、個人的にはあれ一択だと思う。
下手な魔法より絶対に強い。あと何年かけたらあれに並ぶくらいの魔法が使えるようになるんだか。
師匠が『早ければこのくらいではっきりする』って言うから探ってるけど、これがまるで分らない。
魔力の保有量とかみたいに機械で判別できないのかよ。適正って。得意科目とはわけが違うだろ。
師匠は『なんとなく使い辛さを感じたら苦手だと思え』って言ってたけどさ……
「違和感ないから全部の属性に適性がある、とか甘えたこと考えてんじゃねぇぞ」
「あのショボい氷魔法を見た後でそれ言えるほど能天気じゃないんで安心してください」
「言えよそのくらい。根性みせろ。根性」
「『調子乗んなこのタコ』って師匠から制裁下されるのが目に見えてるので却下で」
「面白くもねぇ。いつもの減らず口はどこいった」
「師匠、師匠、前から気になってましたけど俺のことなんだと思ってるんです? このデタラメ野郎」
言えってか。言えって言うならいくらでも言ってやるよこの野郎。
「口だけかよ。行動で示せってぇの」
「……いいですよ? だったら、お望み通り――」
それから、もうひとつ。
「遅い上に詰めが甘い」
「……ぅぇっ!?」
魔法練習の比じゃない宿題がもうひとつ。
「いったぁ……遠慮なく投げるのやめてくれませんかね。受け身取ってなきゃ大ケガだったんですけど」
どんな形でもいいから、師匠に一発。
もう何回目かもわからないけど、まるで当てられる気がしなかった。
「あれっぽっちでぴーぴー騒いでんじゃねぇよ、ったく。殴ったこっちだって痛ぇのに。あー痛いわぁー」
「嘘ばっか。その顔で言われても説得力ミジンコほどもないですよ」
この人を真っ向からねじ伏せる方法があるならむしろ俺が聞きたいくらいなのに。
「……桐葉くん? そんなにお仕置きされたいのぉ?」
「勘弁してくださいお願いですから」
そういう趣味なんてない。あるわけない。
普段ならともかく、さすがに今は洒落にならない。
「無茶ばっかりするんだからぁ……今時の子ってみんなこうなの? 大怪我してからじゃ遅いんだよ?」
「師弟関係だろうと言われっぱなしはどうかと思うんですよね。俺」
「桐葉くん?」
なんて、むしろ師匠が相手だからやれることなんだけど。
それこそ甘えてる、みたいな。言わないけど。口が裂けても絶対に。
「でも、あれ、わるい。きりは、いじめてる」
「だからあれ呼びはやめろって。別に虐められてもいないから。本当に。ちゃんと状況見て言い返すから」
「でも、きりは、なげた」
「……篝さん?」
「何でも隠せばいいってわけじゃないんだよー? イリアちゃんだっておかしいって思ってたんだからぁ」
それはそうかもしれないけど。
むしろぶっ倒れたところを見て何も思われなかったらそれはそれで悲しいけど。
だからって具体的な犯行内容まで教えなくてもいいのに。
それに、認めたくないけど、本当に認めたくはないんだけど、おかげで化け鳥から飛び降りた時も冷静でいられた。
じゃなきゃ足が竦んでたかもしれない。
パニックになって、イリアの手を掴めなかったかもしれない。
それを思えば、あの無茶苦茶な特訓に文句なんて言えなかった。




