020
「ま、まあ確かに今のはあれだったけど、もうちょっとだけ待ってくれよ。ちゃんと迎えに行くからさ。絶対なんとかする」
「ぅ……」
余計なこと言うんじゃなかった。
睨んでるよ。あのイリアが思いっきり睨んでるよ。
それだけでも心にクるものがある。美咲に軽蔑の視線を向けられた時みたいだ。
って、やってる場合か。
(本当にどうすりゃいいんだよこの状況……地上何メートルだよ。ヘリでも飛ばないだろこれ)
俺がちゃんと飛行魔法を覚えられていたら。
それでも危ないことに変わりはないけど、多分ちょっとくらいはマシになってたと思う。
師匠ならひとっとびでこの化け鳥捕まえることくらいできるかもしれないけど、いつになるか分からないし。
なんとかできるなら師匠がとっくにやってる筈。
そうしてないってことはできな理由があるってこと。
肝心な時に使えないとか、そんな失礼なこと言ってる場合じゃない。
「おーい、イリア! 聞こえてる?」
「……どうか、した?」
「いや、ちょっとした確認を。無事ならいいんだよ。無事なら」
イリアの声も聞こえなかったら色んな意味で危なかったかも。
こんな空高くに一人だけバケモノ鳥に連れ去られたら、きっと正気じゃいられなかった。
普段の比じゃないくらい月が近い。
手を伸ばせば届きそうっていうか、そのまま押し潰されそう。
その上、風も冷たい。とにかく冷たい。
身体も冷え切ったみたいで、さっきからくしゃみもほとんど押さえられなかった。
(こんな調子じゃ明日は風邪だな。確実に)
その前にこのイカレた状況をなんとかしなきゃいけないわけだけど。
本当にどうしたらいいんだよ。これ。
化け鳥はこれっぽっちも休もうとしない。
こんなデカブツが町に降りたらそれはそれで大事件だろうけど、今だけはすぐにでも降りてほしかった。
「ん、ぅ……!」
あとどのくらい飛ぶつもりなんだろう。
暗いし高いし、今どの辺りなのかもまるで分からない。
でも、バケモノ鳥は身体を下に向けようとしなかった。
まだ目的地は遠い筈。そう思いたい。まさか空を飛ぶ城があるわけじゃないだろうし。
(……一か八か、やってみるか?)
成功しても後が怖い。
怖いけどやるしかない。どうせこのままじゃ俺もイリアも連中のところに連れて行かれてジ・エンドだ。
(飛べ、飛べ……)
あくまでも化け鳥の毛は掴んだまま。
こいつから身体が離れすぎたらもう絶対に助からない。
「飛b、ぅおぁあああっ!?」
浮いた。
身体が浮いた。無理矢理押し上げられた。
「ッ……!」
しがみつく。とにかく、掴まないと。
飛ばされる。絶対戻れない。
揺れる。
上に、下に、右に、左に、あっちこっちに揺れる。
どっちが前か分からない。
痛くて、冷たくて、怖くて。
「ぃっ、ぎぃ……!」
やっと、落ち着いた。
化け鳥の背中に全身が着いた。
「――っ、ハァ、ハァ、ハァ……っ!」
信じられないくらい腕が痛い。
無理矢理化け鳥によじ登った分の疲れまでまた押し寄せてきやがった。
(あ、危なぁ――――!?)
ヤバかった。今のは冗談抜きでヤバかった。
あの機械に放り込まれたときもここまではらなかった。
無理。死ぬ。
こんなこと繰り返してたら絶対にどこかで死ぬ。手が滑って吹っ飛ばされる。
なんであんな馬鹿なこと思いついたんだろう。どうにかできるわけでもないのに。
飛べるようになっても吹っ飛ばされて終わりだろ、あんなの。
もし飛べてもイリアを助けるどころじゃなくなる。それじゃあ本末転倒だ。
「んっ……! くぅ……!」
とりあえず飛ぶのは却下。飛ぶ前にもっと高いところに行く羽目になる。
こんなことなら背中じゃなくてイリアがいる方を目指すんだった。……それはそれで危ないか。
それよりあれだ。
さっきの無茶でまた心配させてたら悪いし、早いとこ声かけとかないと。
「なあ、イリア? 悪いんだけどもうちょっとだけ待ってくれないか? 今ちょっといいアイデアが全く思いつけなくて――」
「ぅ……! ぁぅっ……!」
イリアは頬をリス見たいに膨らませてた。
両手で化け鳥の足を掴んで、見たことないくらい本気で力を込めてる。
あんなのまるで拘束を脱出しようとしてるみたい――
「ってオイっ!?」
みたいじゃなくてそのまんまだろあれ!
内側からなんとかして掴んだ腕を引き剥がそうとしてた。
でも化け鳥の方もしっかり掴んでるみたいで、脱出できそうな感じはまるでない。
おかげで落ちずに済んでいた。……まさかしっかり捕まえてることに感謝させられるなんて。
「な、に……?」
「『な、に』じゃないよそりゃこっちのセリフだよ! 止めろって! そんなことしたら落ちるぞ!?」
「でも、きりは、のぼった」
「あんなの良い子はまねしちゃいけません!」
師匠に鍛えられる前だったらやってない。絶対にやってない。
やりたくても途中で力尽きて、それこそ夜の街に真っ逆さまになったに決まってる。
これまで一緒に過ごして分かったけど、イリアは力の強い方じゃない。
部屋のテーブルを動かそうとしたときも苦労してたし、多分美咲より力は弱い。
さっきの俺みたいに登ろうとしたら絶対に落ちる。
「きりは、とおい」
「その解決策を今探してるところだから。だからやめて。本当にやめて。お願いだから」
「じゃあ、きりは、きて?」
「無茶をおっしゃる」
行きたいけどさ。行けることなら俺も行きたいけどさ。
さすがに今は待ってほしい。
あれだけ風に振り回されたばっかりなのにそんなことしたら今度こそ振り落とされる。
よじ登った時とはわけが違う。っていうか、降りられるのかこれ?
「……じゃあ、やる」
「だから待って。もうちょっと待って。……本当にどうしたんだよイリア。こんな状況だからってアグレッシブにならなくても。ここからの声はかけるからそれでなんとか」
「い、や」
……やる? やるしかない?
(拒否なんてできるわけ、ないよなぁ……)
やっと分かった。イリアは心細いんだって。
俺が一人上にいることが気に入らないとか、そういうのではなく。
そりゃそうだ。俺だってどうにかなりそうだっていうのに。
どこかで師匠がなんとかしてくれるんじゃないかって勝手に思ってた。
もう少し待てば来てくれるんじゃないかって。正気でいられる理由のもう一つは、多分それ。
でもイリアにはそれがない。師匠のこと自体、あまり信用してないみたいだった。
態度が悪いからそのせいだろ。きっと。
「……じっとしててくれよ?」
「ぅ、ん」
落ちたらアウト。しかも、さっきよりはるかに危ない。
腕にさえ掴まることができたらあとは、そのままどうにか――
「…………ぅ?」
どうにかできると思ってた。
「…………は?」
化け鳥は、絶対にイリアのことを離さないって思ってた。
「は?」
でも、化け鳥の腕の中にさっきまでいたイリアの姿はなくて。
「は……!?」
下へ下へ、どんどん遠ざかっていって。
「ざっけんなッ……!」
その時にはもう、手のひらから毛の感触はなくなってた。
自分で手放した。
「――ッ、つぅ……!」
師匠に投げられた時とそっくりだった。
身体が切られてるような気分。なんとか、イリアの姿だけは目で追いかける。
(急げよ……! 急げってんだよ!)
間に合わない。一秒でも早く追い付かないといけないのに。
手を伸ばしてもまるで届かない。イリアも、手を伸ばしてくれてるのに。
「イリア……」
急がせたくても追いつくための方法なんて分からなかった。
「イリア……!」
どれだけ『急げ』と思っても変わってくれない。
(あと少しなの、に……?)
そのとき、また浮いた。
一瞬だけど浮いた気がした。
「きり、は……!」
でも、正体は確かめられなくて。
気付いた時にはもう、イリアの手を掴んでた。




