018
「お前、は……!」
どういうことだよ。
こっちのルートなら安全な筈じゃなかったのか!?
なのになんであの白ローブが!
「駄目ですねぇ。言葉遣いがなっていませんよ、君。『あなた』と呼ぶべきです」
「知る、かよ……っ!」
立て。いいからとにかくさっさと立てよ俺の身体!
「おや……いいんですか? そんなに慌てて起き上がっても。突き飛ばされた痛みだって残っているでしょう?」
「……離せよ……」
「はい?」
じゃなきゃこいつに連れ去られる。
「その手さっさと離せよこのクソ野郎!」
こんな得体の知れない連中に。
平然とした顔で人を襲わせる連中に。
「後方不注意ですよ」
「い゛っ……!?」
でも、飛び掛かる暇もなかった。
気付けばまた鼻の先から湿った土の香りがしてる。
それに、覚えのある妙な圧迫感。
「君、まるで人の話を聞きませんねぇ……もう忘れましたか? 言葉遣いがなっていませんよ、と」
「黙ってろよ……!」
「黙れと言われましても、すぐに退散する予定ですので。お疲れ様でした」
「てめっ、ふざk、んぐっ!?」
「ああ、さすがです。是非そのまま押さえつけておいてください」
またこの犬かよ人のこと押さえつけやがって!
しかもこの前の速いヤツより力も強いし!
「きり、は……!」
「あなたも大人しくしてください。精々少しの辛抱ですよ。すぐ楽になります」
「んっ……! んっ!!」
「あなたも無駄な努力がお好きなようで。結構ですが、汚さないで下さいね? とても大切なものですから」
そうかよ。真っ白な見た目でいることがそんな大事かよ。
そんなに大事なら俺も特別丁寧に飾ってやるよ。
「……相当記憶力が悪いようですねぇ? 汚さないよう忠告したばかりだったと思いますが」
「だからだよ」
「幼くとも[アライアンス]であることに変わりはないようですねぇ。その悪辣さ、敬服しますよ」
「うるせぇ悪趣味ロリコン野郎」
投げた土はしっかり白いローブに当たった。
俺も、間違いなく強くなってる。
前あの化け犬に押さえつけられた時は本当に手も足も出なかった。
でも今はそうじゃない。
(……さすがに今のじゃあ脱出できないかー……)
掴んで肘から先で投げただけだし、仕方ない。
これでも上出来な方だと思う。自分では。
「謂れのない罵倒というのは思いのほか響かないものですねぇ? どうも。おかげで参考になりましたよ」
「別に? 俺も都合の悪いことから目を背けたがる大人の情けなさが分かったし」
「では、そのうるさい口もできればそろそろ閉じてもらいたいものです」
「やなこった」
「……君はどうやらまだ状況を理解できていないようですねぇ?」
……実力行使かよ。
押さえつける力は強かった。
多分、前に襲って来たやつよりも。気のせいなんかじゃない。
でも。
「師匠に比べたら……屁でもないんだよ!!」
でも、このくらいなら押し返せる。
背中からだって投げ飛ばせる。別に倒せなくたっていい。
「これはまた……随分と無茶をしますねぇ。痛くないんですか?」
「なんでそんなこと聞くんだよ」
「当然ではありませんか。……ああ、折角あのお方から授かったというのにひっくり返ってしまって……」
痛くないかって? なに言ってるんだ。こいつ。
今だって、こうして走って地面を叩いただけでも身体に響くくらい――
「――痛いに決まってるだろこのバカ野郎!」
そんなこと気にしてあのデタラメ人間に教われるか!
「……はい?」
油断してくれてて本当に良かった。
全力で走って突っ込んで、イリアの拘束が緩んだ隙に二人で全力疾走。
我ながら完璧だ。勝手にそのまま尻もちでもついてろよ。
「怪我は? 何か変なことされてない?」
「だいじょう、ぶ」
その一言だけでもため息が出た。
まだ安心はできないけど、前みたいに怯えてもいない。
本当に、それだけでも本当に、心の底からほっとした。
「あり、がと」
「お礼は逃げ切ってからにしてくれよ。……まだちょっとヤバいから」
「あと、すこし」
「だといいけどな……!」
でも確かに、少し余裕はありそう。
派手に転んだみたいだし、このまま引き離してやればそのうち師匠に――
「汚さないで下さいと言ったでしょう!」
――炎!
イリアの頭を庇って屈んだ。
でも足は止められない。そんなことしたらまたすぐに追い付かれる。
何発も、何発も。
木に隠れてもお構いなしだ。もうこうなったら走るしかない。
イリアと二人でとにかく逃げる。間違っても手は離さないように。
梯子を上る時に結んだ紐なんて、もうとっくに千切られてた。
「大人しく従いなさい! さもなくば容赦はしませんよ!」
「言葉遣いは丁寧でも結局それかよ!」
そうだろうな。そうだろうよ。もう撃ってるし。
こんなやつらに常識なんて解かれたくない。
力を強くしたせいなのか、いつの間にか起き上がってた黒犬の姿も後ろのまま。
白ローブは更に遅い。おかげでどんどん距離が開いてく。
段々白ローブの魔法の精度も落ちていって、俺達の足元にも届かなくなっていった。
それでも近くの枝や幹が何度も何度も巻き込まれる。
結局かよ。そういうことならこっちだってやってやる。
(この前みたいに、足元を狙って――!)
黒犬を倒せるならそれが一番。
やり方もまだしっかり頭の中に残ってる。
(熱く、熱く、とにかく熱く――)
着地の瞬間に爆発するように。
はっきりとしたイメージで。
「――《火炎》!」
右手に宿った炎を、投げつける。
「げっ……!」
「はず、れ」
「言わなくていいから。今わざわざ言わなくていいから」
使うのが遅すぎた。
あいつの魔法にちょっとビビり過ぎたかも。
投げた炎弾は黒犬よりも更に手前で爆発した。
化け物にも全然ダメージは入ってない。
向こうの魔法も当たらないんだから届くわけない。
……師匠にだけは隠しておかないと。何をさせられるか分かったもんじゃない。
「こうげき、だめ。ころぶ」
「かもな……!」
でも効果はあった。
やたら腹の立つ喋り方の白ローブの足が爆発の瞬間に止まってた。
黒犬に当ててやるつもりで投げ続けたらいけるかもしれない。
俺が無制限に魔法を使えたらの話だけど。
「むり。たりない」
「止めてイリア。冷静な分析は止めて。イリアに言われるとさすがにダメージがデカい」
「?」
「それ、何でも許される魔法のポーズじゃないからな?」
別に怒りはしないけど。
そもそも起こるつもりなんてかなったけど。
「――このような子供に使うことになるとは思いませんでしたよ」
……誰の声?
あの白ローブの声に似てる。
でも、あいつはもっと後ろに――
何か聞こえた。
音を聞いて真っ先に思い浮かんだのは羽ばたく鳥。
実際、そのイメージは正解だった。
「い、や……!」
「なんっ……!?」
でもまさか、鳥型の怪物までいるなんて思っても見なかった。




