013
「ふっ、ほっ、はっ……」
何故かその日は予定の時間になっても迎えが来なかった。
仕方なく橘さんに連絡してみたら『問題はないから好きに過ごせ』と言われる始末。
本当にいいのか。そんな調子で。もっと早く言ってくれ。
イリアにも電話したけど、そもそも出てくれなかった。
土日でも基本、八時には起きてる筈なのに。そして九時には寝る。健康的かよ。
そういう事情もあって、拠点に向かう時間も夏休み前に比べると遅くなったと思う。
結果的に美咲と話す時間も増えた――というより、前に近付いた。
おかげで近所のチビッ子たちのラジオ体操に付き合わされるハメになったけど。
なんでうちの幼馴染はこう、近所の皆様からやたらめったら頼られまくるのかね。
保護者ももうちょっと考えろよ。地区委員さえいりゃいいってか。バイト代出せ。
「とっ、やっ、せいっ……!」
結局、飛行魔法のヒントは未だに掴めないままだった。
ヘンテコ装置も使えないから庭でひたすらに跳ねるしかない。
あの装置はムチャクチャだけど、ないとそれはそれで調子が狂うっていうか。
それもこれも、家に母さんも父さんもいないからこそできること。鍵っ子万歳。
「……きっくん? ラジオ体操、もう終わってるよ?」
「こんな時間にやるわけないだろ。暑いだけなのに」
「その暑い時間にぴょんぴょん跳ねてるみたいだから聞いたんだけどね?」
何で今日に限って家に誰もいないんだよ。ちくしょう。
よりにもよってこんな変なところを見られるなんて。
最悪。超最悪。横着せずに山行きゃよかった。
美咲もせめてチャイム鳴らしてから入ってほしい。
玄関前から呼んで、とまでは言わないから。
「水も飲んでないみたいだし……そんな調子だとそのうち熱中症になるよ? いつからやってるの?」
「さすがにそこまでバカじゃないっての。それに確か……そう、始めたのも大体一〇分前だし」
「はいダウト」
「残念。そこのタイマーで測ってるんだな、これが」
見れば今、丁度一〇分が経過したところだった。
完璧だ。これだけはっきりした証拠があれば美咲も何も言えないはz
「そんなものいくらでもリセットできるでしょ」
「もうちょっとくらい信頼してくれてもよくない?」
「汗まみれのタオル置いたまま言う? それを」
「……あぁっ!?」
「ほらやっぱり」
ぬかった。完全に。
美咲の目を見れば分かる。もう誤魔化しなんて通じない。
先にもう一つ抑えてたのかよ。さすが。さすがだけど怖い。
「もう一回聞くね? ……いつからやってたの?」
「……三〇分前です」
「水分補給は?」
「タオル取りに行くついでに……」
「……はぁ」
ため息までつかなくてもいいだろ。おい。
「そんな目をしても駄目なものは駄目。ため息だってつきたくなるよ。子供じゃないんだからね」
「こんな聞き分けの悪い子供がいたらそりゃ親も大変だよな」
「自覚あるなら直そっか?」
「分かりましたよ美咲様」
できる限り努力は続ける所存ですよ。
「それよりどうしたんだよ。こんな炎天下で待ってたら倒れるぞ? 俺がいたからよかったけど」
「もうおばさんにはメールしてあるから大丈夫。合鍵では言っていいって」
「家族かよ」
「今更?」
そりゃそうだ。
さすがにこれ以上続ける気も起きなくて、美咲と二人で縁側から屋根の下に。
日差しは防げるけどそれでも暑い。
「で、何それ。スイカ? 家庭菜園は結局止めたんじゃ?」
「それ前にお父さんがやろうとした方ね。こっちはお母さんの実家から」
「二玉くらいそっちで消費できたろうに」
「そうなんだけどね。この前のお返しだって。ほら、あのお菓子の」
「ああ、出張の時の」
あからさまに綾河家用との間に差があった例のやつか。
しかも父さん、自分はちゃっかり両方試食してたみたいだし。
別にそんなの気にしなくていいのにな。今に始まったことでもないけど。
お返しのお返しのお返しの――なんて調子だったけど、いつの間にかもうそれが当たり前になったっていうか。
前は予定を合わせて出かけることもそれなりにあったんだけど。
「いっそもう全部食べてやろうかこれ。美咲もどう?」
「おなか壊すだけだよねそれ。あと、共犯に仕立て上げようとするんじゃありません」
「成長期ならなんとかいけるって。証拠隠滅の手立てもあるし」
「おばさんにメールしたって話、忘れた?」
チッ、やっぱり無理か。諦めて放り込もっと。近くに川なんてないし。
冷蔵庫の冷気が気持ちいい。でもそれも一瞬だった。
「しっかし、あ゛っづいなおい……どうなってんだ、気温」
「止めて。言わないで。聞いてる私まで暑くなるから」
「クーラーつけとく?」
「お願い」
家に帰るって選択肢はないらしい。
おばさんなら今も家にいるはずだし、何も居座ることないだろ。俺はいいけど。
「でも珍しいね? 今日は家?」
「ドタキャンされたようなもんだよ。今現在お問合わせ中」
「悪質クレーマーにならないようにね」
「誰がそんなこと」
イリアにするわけない。師匠や橘さんが相手ならまだともかく。
「それより聞きたいことがあるんだけどさ」
「んー?」
「『空を飛ぶ』って聞いたら、美咲は何を思い浮かべる?」
「……ん?」
ものはついでだ。
美咲に聞いたら何かアイデア浮かぶかも。
「何それ。診断テスト?」
「みたいな感じ。分からない、はNGで」
「んー、空を飛ぶ……きっくんは?」
「それ言ったら意味ないだろ」
「だよね」
考えすぎたせいでもう頭の中はグチャグチャだった。
ジェット噴射みたいな方法は難しそう。
ロボットみたいな変形なんてできっこない。
ヘリコプターに至ってはどうやったらいいのかさっぱりだ。師匠のあれは論外。
「どんな方法でもいいんだよね?」
「人間にできることなら」
「それだと飛行機とかに絞られるんだけど」
「ゴメンやっぱり今のなし」
美咲は魔法のことなんか知らないんだからそうなるに決まってる。
「飛ぶって言ったら、虫とか?」
「セミか。さっきからうるさいセミのせいかそれ」
「夏の風物詩になんてこと言うのきっくん」
「俺は扇風機とか風鈴とか涼しげな感じの方がいい」
「暑さがあるから引き立つのに」
確かにそれはそうなんだけど。例によってド正論なんだけど。
よりにもよってそれか。
「じゃあどうする? かき氷は」
「……お願い、作って?」
「急にあざといオーラ出さなくても」
小首まで傾げちゃって。なんて、元から作るつもりだったけど。
昨日洗っておいてよかった。本当に。
「あ……っ」
「どうしたんだよ。え、これどこか壊れてる?」
参ったな。スペアなんてないぞさすがに。
コンビニまでアイス買いに行くのはさすがにダルいし。
諦めて麦茶? もうちょっとジュースとかないのかよ、マジで。酒の割合高すぎだろ。
「違う違う。そのハンドル」
「ハンドル?」
何も変わった物なんてないけど。
どこかで見たような気がしなくもないキャラクターのイラストが載ってるだけだ。
「空を飛ぶとは少し違うかもしれないけど、そこの天使みたいなのものあったなーって思っちゃって」
「天使……」
見れば確かに、翼の生えたマスコットみたいなやつも紛れてる。
翼を広げたまま、浮いたみたいな――……
「……それだ!!」
「どれ!?」
なんで気付かなかったんだろう。
あんなこと言って、できないって思ってたのは俺の方かよ。
「ありがと美咲! 今のでやっと閃いた! これなら多分行ける!」
「ど、どういたしまして? いきなりどうしたのきっくん。さっき診断テストって言ってなかった?」
「そうだよ、そうすればよかったんだよ! そうと決まればあとは――!」
師匠に聞いてみて、それから橘さんにも何か参考になるものがないか教えてもらわないと。
あとは鳥。前は無理だと思ってたけど、今ならきっと、参考資料くらいにはなってくれる。
「だからなんの話!? ねえ!?」




