008
「事情があるみたいだから仕方ないけど、あんまり遅くならないようにね?」
「ほんと母親かよお前」
「嫌ならもっとしっかりしなさい」
「はいはい、仰る通りでございますー」
「『はい』は一回。そんなこと言わせないでよ」
今日も今日とて美咲の正論アタックが痛い。めちゃくちゃ痛い。
後ろの車の運転手的に乗った後もまだ続きそうなのが辛い。
「帰る前にはちゃんと連絡するから。またあとで」
「あ、ちゃんと覚えてたんだ?」
「忘れるかっての」
是が非でも帰らないと。
ヤバいどうこう以前にひたすら申し訳ない。
本当にいつも通りのままな美咲。
その背中を見送る間も緊張の糸は全く緩んでくれなかった。
めんどくささで言ったら美咲の比じゃない。
聖人様と比べるのも失礼ってレベル。
「言い逃れたか」
「開口一番がそれってどうなんですか。橘さん」
もうちょっと言い方くらいあるでしょうよ。
聞いてたけど、いざ本当に迎えに来られると言いようのない違和感がある。
放課後には一度拠点に行って、程々の時間に家に送ってもらう。
それ以降はイリアとも基本的に電話で。
朝も一番に向こうに顔を出してほしいって頼まれた。
土日と悩んだ割に、出てきたのはありきたりなアイデアだった。
お試し期間みたいなものだって橘さんは言った。
俺の周囲も含め反応を試したい。らしい。
「機密の保持が最優先事項だ。一般人に知られるわけにはいかん」
「分かりますけど。言いたいことは分かりますけど。人を襲うような連中相手に何を呑気な……」
知らせてどうにかなるならとっくにやってたと思う。
それは分かるんだけど、どうにも納得いかないのが本音。
「だが奴等は知られる事を恐れている。過去の隠蔽工作もそのためだ。しかし逆に、その枷が外れた時どうなるか……」
「なんで教団のやつらがバレるのを怖がるんですか。犯罪行為上等みたいな一味なのに」
「それだけの理由がある。それこそ、片手間で語るには複雑すぎる理由がな」
「まあいいですけどね。聞いたところで分かりっこないでしょうし」
「自らの馬鹿さ加減くらいは自覚できるようになったか」
「橘さんもその口の悪さ、そろそろ自覚した方がいいですよ?」
試しに一日ずっと橘さんみたいな口調で接してやろうか。
いや、無駄か。そんなので改善するタチじゃない。
「その言葉は貴様に返す。いつまでもそんな態度が許されると思うな」
「ごめんなさい身近にいるのが暴言マシンみたいなのでして」
「反面教師という言葉を知らんのか?」
「橘さんのことも含めて言ったんですけどね?」
そりゃ師匠の言動なんか真似するつもりないけど。
一部に至っては真似したくても真似のしようがないけど。
「とにかくだ。こうして組織に属した以上、将来的には他の地域へ向かうことになる。その時もそんな態度では話にならんだろう」
「……かもしれませんね。その辺りは比較的真面目に考えておきます」
「どうした。珍しく聞き分けがいいな」
「そういう時は『何かあったか』だけで止めておくもんですよ普通」
珍しく、なんて余計な一言が無かったらいつもそういう感じで接するのに。
この人はもう少し自分にも原因があるかもって考えた方がいい。絶対いい。
「だったら貴様が言ったとおりにしてやる。何かあったのか」
「別に大したことじゃないですよ。ただ……訓練してる人見てたら、なんとなくそうなのかなって」
「訓練を?」
「いるじゃないですか。大勢」
昨日も一昨日もそうだった。
この前一気に捕まえたって話なのに、全然緩んだ空気感がなかった。
師匠の話だと、騙し討ち同然に気絶させた連中も連行させたらしい。
それなのにあんな状況だ。ということは、まだ他にもいるってこと。
そもそもこんな田舎町だけで全部収まってるわけがない。
「貴様達を見ているのは……ああ、篝彩希那か。そんなものまで見せていたとはな」
「え、橘さんの指示じゃなかったんですか? あれ」
「違う。頃合いを見て利用させようと思っていたが、そうか。もう知っていたか。……ならば……」
「橘さーん? もしもーし?」
自分だけの世界で考えごとしないでください。
これで前方不注意にならないんだからなあ……
父さんより安全運転かも。この人。
「時に天条」
「なんですか橘さん」
急に話したと思ったら。
「貴様に、空を飛ぶ覚悟はあるか?」
「……は?」
……何言ってるんだろう。この人。
「ひぃいいやぁあああああ――――っ!!?!?」
風が。とにかく風が。
わけが分からないけど浮いてる。
浮いてるけどわけが分からない。
拠点に着いて、イリアに抱き着かれて、篝さんにも挨拶して、喋ってただけなのに。
『叫ぶな。落ちないことくらい貴様を浮かせている風で分かるだろう。万一に備えクッション性の高い素材を敷いている』
「その風が問題なんですよ!!」
外にいるからって好き放題言いやがって。
こんな状況じゃ飛ぶもくそもないだろうが!
俺の体重浮かせられるって相当だぞコレ。
『まずは上空の感覚に慣れろと言っている。これはそのための訓練施設だと説明した筈だ。貴様も納得していただろう』
「まさか直に暴風浴びせまくるとは思いませんでしたからね!」
こうして喋れてるのが不思議なくらい。
助けて。誰でもいいからさすがに助けて。
どこの馬鹿が作ったんだよこの虐待装置。
頭のネジ全部この暴風で吹き飛ばされたんじゃないだろうな。
『ファイトだよぉ桐葉くん。ほらほら、イリアちゃんも応援してるんだよー?』
『さわらない、で』
あの二人はあの二人で相変わらずだな、おい。
大丈夫か本当に。今日だけなら俺より接した時間長い――
『余所見をするな馬鹿者』
「ぶべぇっ……!?」
風が! 風が!!
あの野郎いきなり威力上げやがったな!
「何するんですかこの虐待メガネ! 内臓潰れるかと思いましたよ!」
『余所見をしては時間が伸びるだけだ。真面目にやれ』
「ならもっとまともな装置作ったらどうですか!」
こんなのあったら命が幾つあっても足りないっての!
っていうかどうなんだ。
こんな無茶苦茶な機械使われるような組織の連中がなんで師匠のトレーニングが耐えられないんだよ。
方向性は違っても無茶苦茶っぷりはそう変わってないだろ!
『大真面目だ。それとも貴様、上空からじかに叩き落とされたいか?』
「そんなことまでしてたんですか! 常識ってもんを考えましょうよ!?」
『連中を相手に常識など通じない』
「あんたらも常識ないことやってるでしょうが!」
この装置とかこの装置とかこの装置とか!
この拠点だって何があるか分かったもんじゃない。
他にも一つや二つ、表に出せないものくらいありそうだ。
『……五月蝿いやつだ』
「痛っ!?」
……急に切りやがった。
確かに床もクッション性は高いんだろう。
声は出たけど実際には痛くない。精神ダメージの方がキツイ。
「きり、は……!」
「あーだいじょぶ、大丈夫……なんとか起きれるから。ごめんな。さっきまで待たせてたのに」
「い、い。……いたく、ない?」
「誰かさんに無駄に鍛えてもらったおかげで」
「?」
「いやそこはスルーして」
思い出したくもない。
あのランニングだけでもどれだけ涙を呑む羽目になったか。
仕舞いには喉もカラカラにさせられた。
「元気だねぇ桐葉くん。私なんて最初やったときは最低レベルでもしばらく動けなかったのにー」
「……最低レベル?」
「そうだよー? 今の、本当なら二か月くらい経ってからやる出力だったんだから。よく耐えたねぇ」
「……橘さん? どういうことか、説明してもらえます?」
納得させてくださいよこのふざけた状況。
さすがの橘さんでも無理でしょうよ。
「貴様なら耐えると判断した。それまでのことだ」
……へぇ。
そうかよ。そういうこと言うんですか。
「だからって初っ端からあんなアホ威力にしてどうするんですかこのドSメガネ!」
そういうのはもう師匠で十二分に間に合ってるんだよ!




