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リヴァイバー・ゼロ  作者: 風降よさず
Fateful Encounter
3/596

003

「……マジかよ」


 真っ先に飛び込んで来たのは見慣れた天井だった。

 壁際には小学校に入る前に買ってもらった学習机。その隣には胸くらいの高さの本棚。


 間違いない。俺の部屋だ。何度見直しても、びっくりするくらい俺の部屋だ。


「っぇ……あの犬ッコロ、派手に踏みつけやがって……」


 昨日サボろうとした罰が当たったってか。やかましい。


「にしてもあの後どうやって帰ったんだっけ……つつ」


 おかしい。全く記憶がない。


(……こんなことあるか、普通?)


 それに、かさぶたもないのにまだ痛む。

 きっと精神的なあれとかそれが原因で。そう、昨日の。


「……なんだったんだよ、昨日のあれ」


 あんな化け物が実在してるなんて思いもしなかった。

 犬にしてはやたらデカかった。しかもあの見た目。


 魔犬か何かがそのまま目の前に現れたんじゃないかってくらい。

 夢だと思いたかったけど、掴まれた痕がくっきり残ってる。


「……本当、なんだったんだ」


 寒くもないのに身体が震える。


 正直、本気で後悔してた。あんな道つかうんじゃなかったって。

 分かるわけがない。あんな化け物に出くわすなんて。


 ――prrr♪


「っち、こんな朝っぱらから誰が……げっ」


 ……親切な親切な幼馴染様じゃないですか。


 ヤバい。どうしよう。


「昨日のだよなぁ、絶対……」


 覚えておけと言われて美咲が忘れていた試しがない。残念なことに。


 真面目ちゃんで成績は優秀。しかも人当たりがいい。

 そんな人間出来過ぎてる美咲は怒ると怖い。非常に怖い。


 いつもの笑顔はたちまち閻魔の冷徹な微笑みに。

 その上背後に阿修羅を呼ぶもんだからもう逆らいようがない。


 言い訳は無用。下手したら凍死寸前にされる。

 閻魔様は周囲の温度を操ることもできるらしい。


 昔はそこまででもなかったのに。あのしっかり者は一体どこで道を間違えt


 ――prrr!!


「あっハイすぐに出ます」


 選択権なんてなかった。


 どうなってるんだ、俺のケータイ。


 いつの間に相手の気持ちを汲み取る機能なんて追加されたんだよ。超ハイテク。


 ぶっちゃけ出たくない。

 けど放っておけば遅くとも二十分以内に我が家のチャイムが鳴らされる。

 逃げ道はない。チクショウ。こうなったらなるようになれだ。……よし。


「お、おはようゴザイマスデス美咲サマ……」

『……大丈夫? ベッドから落ちて頭打った?』

「ごめんやっぱりなんでもない」


 可哀想なものを見る美咲の姿が目に浮かぶようだった。

 止めて。そんな目で見ないで。


『もー、本当に? 昨日だって結局かなり遅い時間になるまで帰ってなかったみたいだし……心配したんだからね?』

「……やっぱり?」

『何。もしかして私が心配しないとか思ってた?』

「ああいや、そっちじゃなくて。すぐに帰ってこなかったって方」

『……覚えてないの?』


 あ、ヤバい。

 けどもう誤魔化しようがない。


 ……美咲に会ったわけじゃないのか。ならよかった。


「いや実はさ、電話もらった後なんかぼーっとしてたって言うか……昨日の夜のことほとんど覚えてなくて。ウケる」

『ウケないから。全然笑えないから。病院行こ?』

「さすがに勘弁。それより、話は変わるんだけど……全身真っ黒で普通より二回りくらいデカい犬なんていたっけ?」

『ごめんね。ちょっと何言ってるのか分かんない』

「だよな」


 そりゃそうだ。

 例の噂話でもそんなの聞いたことないし。


『ん~……やっぱり今日は休んだ方がいいよ。なんかいつも以上におかしいし』

「失礼な。それだとまるで俺が年中頭おかしいやつみたいじゃないか」

『いつも何してるか、思い出してみよっか?』

「いつもって言われてもなぁ」


 普通に学校行って、普通に勉強して……


「……やっぱり何の異常もないな?」

『いくら何でも判定甘すぎだよ!』 

「えー」

『何その不満そうな言い方! いつも突拍子もないこと言ってるのは誰だと思ってるの!?』

「自分語りする数学の爺さん」

『それはそうかもしれないけど! そっちじゃなくて!』


 あ、今ちょっと本音が出た。

 よかった美咲もちゃんとそういう風に思ってたのか。


「さっきからどうしたんだよ。そんなキレちらかしてー。カルシウム足りてないなら小魚でも食べたら? あ、それとも買って行った方がいい?」

『それ! そういうボケの話! もっと他にあるよね!?』

「ごめんごめん。牛乳の方が良かった?」

『そっちじゃなくて!! さっきからわざとやってるでしょ! ねえ!?』

「割と深刻なカルシウム不足っぽいし」

『ないから! そういうのじゃないから! どうしてそういつもいつも――』



「な? いつも通りだろ?」



『……うん?』


 ひょっとして気付いてない?

 かなりわざとらしくやったから、エスパー美咲ならてっきり秒で見抜くと思ってたんだけど。


「ほら、さっきから美咲がマジトーンで心配するもんだから、別にそこまでしなくても大丈夫だってアピールしたかったんだよ。でもそうだよな。真面目ちゃんにはちょっと強かったよな。いやはや、申し訳ない」


 うっかりうっかり。

 変なところで信じやすいから本当にどうにかしないと――


『ふぅん……』


 ……あれ?


「あの? もしもし美咲? 美咲様?」


 冷や汗が止まらない。

 何このプレッシャー。電話越しでも息が詰まりそうなんですけど。


『そっか。そっかぁ。確かに、そんなこと言えるなら体調はそこまで心配しなくてもいいかもねぇー……?』

「おーい。おーい? 美咲? 綾河美咲さん? さっきからお声が怖いd」


 ――ブツッ。


「……はて?」


 いきなりどうしたんだろう。

 こっちから切った覚えなんてこれっぽっちもないのに。


 まあいいか。1回だけかけ直してみて、それでも出なかったら行く途中にでも聞けば。

 充電。そう、きっとただの充電だ。そうに違いない。


 今チャイムが鳴ったのも、ドアが開いたのも、俺の部屋に殺気の塊みたいなあれが近付いているのは気のせい。全部気のせい。


「……そういうわけで、一件落着っ」


 さっさと準備してしまおう。それがいい。

 とりあえず朝食を終わらせて――


「おはよう、きっくん。いい朝だね?」


 Oh……






「あ゛ー……」


「うわ、何これ。どうしたのさ?」

「天条が綾河キレさせた。以上」

「ああ、それで……天条ってば何やってるのさ」

「あ゛あ゛……」

「ってかこれ言語能力退化してね? 今なら何言っても反論できなさそう」

「その発言、情けなくならない?」

「プライドで飯は食えないんだよ。やーい、奇人変人天条桐葉ぁー」

「あ゛?」

「器用だね。『あ゛』だけで」


 聞こえてるんだよこっちは。なめんな。


「あーもう朝から疲れた。ひたすらにだるい……」

「ならいつも通りってわけだね」

「……だよな?」

「あれ、珍しい。『おいコラどういう意味だ』とか言いそうなのに」

「そういう日もあるんだよ」


 昨日のあれのせいで、余計に。


「じゃあ明日は槍が降るな」

「ケンカ売ってんのかぶっ飛ばすぞ」

「なんで俺だけ!?」


 最後に言ったからだ。文句あるか。


「まあでも程々にしときなよ? 綾河さんだってお説教みたいなことばっかりするのは嫌だと思うしさ」

「おー? なんだ鈴木。急に綾河のこと持ち上げて。気でもあんの?」

「そういう安直な発想だからモテないんじゃない? 佐藤は」

「おい止めろ。お前まで天条みたいなこと言う気か同類のくせに!」


 俺もそこまで言わないけどな? ……え、そうでもない?


「心外だなぁ。今だってどうやったら彼女に喜んでもらえるか考えてるくらいなのに」

「……へ、へー? そりゃ大変だなぁ? いやぁフリーの俺には分かってやれそうにないわー残念だわー」

「悔しさにまみれた顔しながら言うセリフかそれ」


 俺も驚きはしたけど。


「この裏切り者ッ! なんだ鈴木テメェ一人だけ抜け駆けか! なんで隠してやがった!?」

「だってそうやってキレるの目に見えてたし」

「「当たり前だ!!」」

「祝えよそこは。いやまあ、まだおめでとうには早いかもだけどさ」

「だね。相手が年上だからって甘え過ぎるのもどうかなって」

「中学でそこまで考えるのもそれはそれでどうなんだ……?」

「別にいいじゃんそれだけ本気ってことだろ」


 ああでも、あれか? 計算づくが過ぎるとかえってよくないってやつ?


「高橋の無計画な試験勉強よりはいいと思うけど」

「なんで知ってんだお前。俺のファンか?」

「実績だろ。一年からの。どうせまだ手も付けてないんだろ、課題」

「残念。一ページ終わってんだなぁこれが」


 マジか。


「……素直にすげぇ」

「大きな進歩じゃない。おめでとう高橋」

「嫌がらせかこの野郎!!」

「毎回毎回前日に詰め込んでたくせになに言ってるのさ」


 ほんとよく間に合うよなぁあれで。

 答え丸写しにしたって腕が疲れるだけだし俺ならやりたくない。

 これで点数もとれたらもっとよかったんだろうけど。


「あ、そうそう天条」


 ……って、鈴木?


「何があったか知らないけど、相談しなよ? 少しくらいは協力してあげてもいいからさ」

「……ん、サンキュ」


 できることならしたかったよ。ああ、全部。


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