005
「なるほど。学校か。確かにそれは問題だな……」
ですよね。理解が得られたようで何よりですよ。でもね。
「あの、橘さん? 朝っぱらから口だけでフルボッコにされた哀れな後輩に一言あったりしないんですかね?」
「ない。貴様の説明不足が招いたことだ」
「あんたが言いますかそれ。っていうかこの状況をどう説明しろと」
秘密事項のオンパレードなのに。
こんな状況、魔法の事を一切明かさず説明できるやつがいるなら会ってみたい。
「それを考えるのも貴様の役目だ。多少なら手を貸してやってもいい」
「そりゃどうも。優しさに涙が出そうですよ。嘘ですけど。今朝、師匠は?」
「知らん。貴様こそ会っていないのか」
「だから聞いたんですけど。この子のこともあるし、朝練どうするか相談したかったのに……」
メール送ったのに反応ないし。
てっきりドア蹴破って『いつまでダラダラしてんだこのナマケモノ』とかなんとか言われるかと思ったんだけど。
「神堂もさすがにその程度の理解はあるようだがな」
「は?」
「見ろ」
差し出されたのは小さなメモ用紙。
見ればそこには師匠の殴り書き。
『これから一週間は特別に免除してやる。感謝しやがれ。
ただし、次の結果が悪かったら天条オマエ、覚悟しとけよ?』
……勢い余って殴られそう。
「これはあれですかね。執行猶予的な?」
「的なものだろう。神堂のやつ、珍しく貴様には期待しているらしいな」
「橘さんその眼鏡、度が入ってないみたいですけど。それとも曇ってます?」
「生憎だが新品だ。貴様の小生意気な顔もしっかり見えている」
え、これのどこが? 本気でそう見えてる?
「よく見ろ。この書き方、少なくとも次がある。あいつがこんな対応をするなど異例のことだ」
「その発言、めちゃくちゃ酷いこと言ってません? 主に師匠に対して」
「だが事実だ。何せ神堂に食らいつこうとする馬鹿など下の世代では初めてだからな。あいつにも思うところがあるのだろう」
「まるで他のやつらはついていけずにリタイアしたみたいに聞こえますね? あと今バカっていいました?」
「『みたい』ではない。事実その通りだ。神堂より年下に限定しても貴様が通う中学の全校生徒に匹敵する」
「うわ……」
なんて悪夢のような歴史。
何年続いてるんだろう。俺より何世代上から?
いや待て。
「ちょっと待ってください。それはさすがにおかしくないですか? それだけの人数見てたなら他にも俺みたいなのだって一人や二人、いた筈ですよね?」
「大抵はその前に心が折れる。あいつの超人ぶりは見ただろう」
「いやまあ、確かに空から降って来ても平然としてるのはどうかと思いましたけど。道歩いてたらいきなり『ズドン』っつって。一体何が起きたのかと」
「……あったな、そんなことも」
頭痛?
って、そうか。あの時派手に地面も割れたから。
「それはもういい。済んだ事だ。忘れさせろ。今はそこの少女の件だ」
「って言われても。……な? 目つき悪いけどとりあえず安全そうだろ?」
「天条、貴様……」
事実じゃないですか。
そんな不安ならもう少し表情禁緩めてください。それはそれで不気味そうだけど。
そう、今朝はこの子の前で少し橘さんと話してみて、昨日の連中とは違うって事を分かってもらうつもりだった。
これ以上やいのやいの言っても仕方ない。個人的にそう思ってたのもある。
「こわ、ぃ……」
でも正直、この子がこうなるのも仕方ない。
「て、ん、じょォ……?」
「わー怖ぁーい。真面目な話、そういうところですよ橘さん。その目。凶悪犯のそれじゃないですか」
「ふざけている場合か貴様!」
「ひっ……!」
「大丈夫。大丈夫だから。……まったく。橘さん? あまり大きな声出さないでくださいよ。怖がっちゃうじゃないですか」
追いかけられてる間もそのせいで怖い思いしてたのに。
誰か他に適任いないのか。誰か。もうちょっとコミュニケーションとれるやついるだろ。
こういう時頼りになる美咲は今ここにいないし。いたら困るし。
「ここにいても怖いお兄さんに怒られるし帰ろうか。さっ、こっちこっち」
「ぅ……」
「ごめんなー。もうちょっと話しやすい相手がいればいいんだけど。ここ、どうもそういう人ばっかりなんだよ。あとでちょっと他の人当たってみようか」
「……きりはだけで、いい」
「それは嬉しいんだけどな? そういうわけにはいかないんだよ。残念ながら」
橘さんも睨まないでくださいよ。
そういう目が余計に恐怖感を与えるんですから。そのくらい橘さんなら分かってるでしょうに。
実際、橘さんは分かってた。
「というわけで、お姉さんがやってきましたー!」
じゃなきゃこんな人を寄越したりなんてしない。
「……はい?」
で、誰このテンション高い人。
部屋でゆっくり休もうと思ったら。
テレビくらいなら見てくれてるみたいだし、なんて思ってたのに。
突然入って来たのは多分年上の女の人。
染めた感じのある茶髪のフワフワ髪。なんて言うんだっけ。あれ。
おかげでまた服の背中が伸びる伸びる。
もうちょっとでいいから力を緩めて。お願いだから。
組織の備品とやらを下手に痛めたりしたら何を言われるか分からない。
見たところ普通の服っぽいけど油断しちゃだめだ。
「話は聞いたよー。天条桐葉くんだね? よろしくー」
「あ、はい。ご丁寧にありがとうございます。えっと……」
「待って待って。先にその子。名前は?」
「……ぅ」
……この人でも駄目か。
いやでも、しょうがない。俺も分からないし。本当に誰なんだこの人。
「すみません。その辺りもまだ聞けてなくて。もうちょっとだけ時間もらえませんかね?」
「ダメダメ。そんなことしたら天条君の負担が大きくなっちゃう。ここはお姉さんに任せて?」
「フレンドリーに接すりゃいいってもんでもないでしょうに……」
「え?」
「はい?」
俺そんなに間違ったこと言った?
しかも俺もこの人のことを何も知らない。
師匠や橘さんと違って全くと言っていいほど知らない。
そんな相手に警戒しない筈がないし、多分そのままこの子にも伝わってた。
先に声かけておくとか何かあったろ。絶対。
「待って待って。天条君の素ってそっち? 橘さんから温厚で誰にでも人当たりのいい男の子って聞いたんだけど……」
「残念ながらほぼ真逆ですね」
仕返しか。セコい仕返しを考えてくれるじゃないですかあの腹黒メガネ。
今度その中身通りの真っ黒なサングラスでも用意してやろうかあの野郎。
「なんだよかったー。そんなすごく真面目ないい子ならどうしようって緊張してたんだよー」
「それ、遠回しに不真面目の悪い子って言ってたりします?」
そりゃデマに踊らされて変な緊張されても困るけど。
意味が分からない。年下似合うだけで緊張って。
「きり、は……」
「ごめんごめん。どうかした? 一旦この人には外で待ってもらおうか?」
「入らせてもらったばっかりだからせめて部屋の中で待たせてくれる??」
だって現れ方からひとつ残らず怪しい要素しかないじゃないですか。あなた。
せめて名乗れよ。




