003
「……なんです? ここ」
「見れば分かるだろう。そこの少女の生活スペースだ」
はぁ。これが。
「あの真新しいカーペットは?」
「こんな冷たい床の上では過ごしづらい。下には畳を敷いておいた」
「じゃあ、こっちから見て左奥のやたら立派な棚は」
「本を仕舞う場所が必要だろう」
「テレビ……」
「娯楽もなしにこんな狭い部屋に住まわせるつもりか。貴様は」
「……狭い?」
「たった八畳だ。物を置けばすぐ埋まる。どう取り繕っても広いとは言えん」
はぁ。そうですか。それがそちらの言い分ですか。
「あの、師匠? 橘さんって二重人格か何かなんですかね?」
「ねぇよ。これがあの堅物のやり方だ。な、クソ真面目だろ?」
「というよりは……バカ真面目?」
わざわざここまで整えるなんて。
よくやるよほんと。いい意味でも悪い意味でも。
ベッドとかテーブルとかクッションとか。その辺りは分かる。
どれもこれも新品同然なのは気になるけど、まだ納得できる範囲内。
でもなんか他は少し完備しすぎな気がする。
キッチンないのもどうせ危ないからとかそんな理由だろうし。
「神堂も天条もそこになおれ。貴様らには一度『常識』というものを徹底的に教え込んでやる」
「こんな経理泣かせなことやってる人に言われても」
「問題ない。予算内に収まっている」
「っわぁお金持ちー」
予算が幾らあるのかなんて知らない。興味もない。
でもこんな、一人分の部屋を用意しようと思ったらかなりの額がかかる筈。
ガラス張りの壁だって後付けしたんじゃないのか? わざわざ大きな部屋を仕切ってまで。
(……ん?)
いや、おかしい。
俺が師匠にこの子のことを伝えてからそんなに時間は経ってない筈だ。
そこから橘さんに連絡したんだろうから……用意できる時間なんてないような。
移動時間も誰かさんのおかげで文字通りあっという間。
閉まってる店だってあるだろうし、どうやって用意したんだよコレ。
「大半は元あった備品の一つだ。一から揃えていては資金がいくらあっても足りん」
「俺、何も言ってませんよね?」
「舐めるな。見れば分かる」
エスパーの知り合いなんて一人だけで十分なのに。
そんなに分かりやすいってか。余計なお世話だ。
「っていうか備品って。これが? 一人暮らし始めるメンバーでもいたんですか」
「……まあ、概ねそんなところだ」
何だその微妙に引っかかるような言い方。
それに一人暮らし始めるメンバーの家具なんて使ったらその人のはどうなるんだよ。
「いいじゃねぇか。使ってやれば。ゴミになるよかマシだろうが」
「分かっている」
ゴミに?
使うメンバーどこ行った。間違って一つ多く頼んだなら知らないけど。
「というわけだ天条。これで貴様も納得しただろう。問題なく生活できる」
「しましたよ。ドン引きするレベルでしましたよ。疑ってすみません」
「フン、分かればいい」
もうちょっとここの一言なんとかならないのかね。この人。
今回に限れば疑ってたのは俺なわけだけれども。
「きり、は?」
「なんでもない。それよりこっちこっち。今日からしばらくここが君の部屋になるんだからさ」
「へ、や……」
「そうそう。……そういうわけだし、そろそろ手を離してくれてもいいんだけどな?」
「んっ!」
出たよ。
でも分かる。こんなの分からないわけがない。
言葉が分からなくても以心伝心できるんだなとかそんな呑気なこと言ってる場合じゃない。
「心配するな。各所に監視カメラを設置している」
「どういう意味ですかね高圧メガネ」
「んな度胸ねぇもんなァ、オマエ」
「師匠もこれ幸いとボロカス言うの止めてくれません?」
こちとら度胸試しみたいなことばっかりさせられてるってのに随分な言い草してくれるじゃないですか。
ほんと我ながら大した悪運だよ。あれだけあったのに無事でいられてるんだから。
今回は靴下が犠牲になったけど。
「とにかくシャワーくらい浴びてこい。話はそれからだ」
「…………きりは?」
「アウト。さすがにそれはやめような? マジで。頼むから」
「ぅ……」
「服掴まれてもどうしようもないんだって。な? ちゃんと待ってるから。な??」
「……うざってぇ」
言うなよ。
師匠の視点からすりゃめんどくさいだけなんだろうけどそれは言うなよ。
何かアイデア食らい出してくれないもんかね。この大人たち。
「じゃあこうしよう。すぐ外で待ってる。それならどう?」
「…………」
「できれば頷いて。横に振るんじゃなくて。さすがにそこは頷いて」
万策尽きた。
橘さんも知らんぷり。
こんな時だけガン無視決め込みやがってこいつ――
「だぁあああああっ!! 聞いてるだけでめんどくせぇ! 鬱陶しいからタオル巻いて浴びてこいやクソガキども!」
また、身体が浮いた。
師匠がキレた。そのくらい分かる。
そこに至るまでのわずかな一瞬さえ師匠相手には致命的なのが何もかも悪かった。
景色が飛ぶように消えていく。
気付いた時にはもう、『シャワールーム』って書かれた扉の前だった。
「ちょっと師匠! こんな時にいきなり暴力――」
「うるっせぇ! 黙ってそのガキの面倒見とけ!」
「何をそんなにキレて――……ちょっと? 師匠? まさか本気で閉じ込めたんですか? もしもーし?」
……やりやがったなあの野郎。
覚えとけよ。絶対覚えとけよあいつ。
生涯かけて仕返ししてやる。あらゆる手段で仕返ししてやるからなこの野郎。
「天条! 無事――では、ないようだな」
「分かってもらえて何よりですよ……あと、静かにしてください……」
「何? ……寝ているのか」
「着替え終わって即すぴーですよ。こんな寝顔見せられたら、怒るに怒れませんけどね」
「無理はするな。手伝ってやる」
「気持ちだけもらっておきます。なんか起きそうな気がして」
「……ありえるな」
都合いい話だけど、今だけは橘さんが天使に見える。
ないのに。そんなこと絶対ないのに。
でも本当、安心した。
こんなほっとしたような表情を見せてくれるなんて。まさに寝顔は天使のよう、って感じ。
軽く背負えるのがちょっと不安だけど。何も食べてないのかこの子。
「まったく、神堂のやつは何を考えているんだ……こんな子供を相手に」
「それでも律儀に服だけはもってきてくれたみたいですけどね。俺の分まで」
「あいつのことだ。それで騒がれたら面倒だと思ったに過ぎん」
でしょうね。
それに持って来たのも別人だろう。
どうせならそのまま着替えも手伝ってほしかったけど。
ラッキースケベとか何それ。断じてそんな気楽なものじゃない。
「大丈夫ですかね? あれで明日のメニュー倍増したりとか」
「ない。とは言い切れんが……おそらく大丈夫だろう。これまで耐えられたなら」
「トレーニングに耐えるってどうかと思いますけど」
「知らん。文句はあいつに言え」
言って聞かないからあんたに言ってるんだよ。
でもまあ無理か。
さっきのやりとりを見ても師匠を一方的に説き伏せられるわけじゃなさそうだし。
「それより今は貴様の事だ。本当に身体の問題はないんだろうな?」
「無いです全く。薄暗い山の中を靴下で走り回れるくらいには健康体ですよ。どうしたんですか急に。そんなまともなこと言い出して」
「貴様はまずその減らず口を直せ。馬鹿者め」
……まあでも、言うほど喧嘩する必要はないのかも。この人とも。




