022
「……遅い」
腕を組み、携帯を見下ろす美咲。
しかし待てど暮らせど、着信を知らせるメロディが鳴ることはなかった。
幼馴染である彼の部屋にも明かりはつかないまま。
「早く帰るって……あの時、言ってたよね……きっくん――っ!!」
そろそろ、美咲の怒りは頂点に達しようとしていた。
「ふ、ざ、け、ん――なっ!! っ痛ぅ……!?」
美咲が桐葉への怒りを募らせている頃。
何かに駆られるように拳を叩きつけた桐葉を待っていたのは腕の痛みだけだった。
「きり、は……?」
「あ、うん平気。大丈夫だからほんと。下がってて。もう一回試すから」
先程以上の力を――少なくとも桐葉はそのつもりでいた――込めた一撃も結果は同じ。
破壊は愚か、僅かな亀裂も生じないままだった。
(別の場所を探す? でもこの壁、どう見ても右にも左にも続いて……くそっ、閉じ込めてるなら最初からそう言えよ!)
元より、[創世白教]は少女を逃がすつもりなどなかった。
それこそが山全域を包み込むドーム状の結界。
地面の下にも行き届く不可視の壁だった。
「ゼェ、ハァ……ど、どうやら貴様もここまでのようだな……」
「息切れしてる人達が何言ってるんですかね。こっちはまだまだ余裕ありますけど?」
「フン、結界を抜け出す力もないくせに」
「子供に追いつく体力もないくせに」
しかし[創世白教]にとって、桐葉の存在は想定外のものだった。
走らされ、魔法を使わされ、結果として信徒たちは当初彼らが予定していた数倍のペースで消耗させられてしまっていた。
呼吸を整え、挑発的な言葉を投げかける桐葉へ一気に迫る体力さえ残っていなかったのだ。
(とか言って、何故か壁の向こうにあの化け犬がいやがるんだよな……)
当然、桐葉の側にも問題はあった。
不可視の壁がある筈の場所を黒い異形は自由に行き来していた。
少なくとも桐葉が目を付けた一匹はそうしていた。
(まさかあいつだけ自由に出入りできるのかよ。俺ルールも大概にしろっての!)
桐葉が何度試しても越えられない壁を容易く越えていた。
「逃げ、る?」
「隙があればな。けど……」
故に、不可視の壁へ背を預けることも出来なかった。
黒き異形が自由に出入りできる以上、少女を庇うことも出来ない。
更に信徒たちはその身に纏うローブとは対照的な、黒のサングラスをかけていた。
一度は呆気にとられた桐葉だったが、すぐに思い直す。
その時桐葉の脳内で《閃光》が選択肢から完全に消えた。
(無駄に用意周到だなおい。ほんと余計なことばっかり……)
信徒たちは意気揚々と身に着けていた。
そんなものがはったりである筈がないと、無意識ながらに桐葉は感じ取っていたのだ。
追い詰められた。
自信を取り囲む[創世白教]を前に息を呑む。
「ンなちゃちなオモチャで喜んでんのかよ。やること小せぇなぁテメエら」
緊張で張り詰めた空気を完膚なきまでに粉砕したのは、圧倒的な存在感を放つ一人の男だった。
(今の――)
「――動くんじゃねぇぞ」
短な声は桐葉にしか聞こえなかった。
否、神堂が桐葉にしか聞こえないように言った。
桐葉が突破できなかった結界がガラスが砕けるように割れたのは、その直後の事だった。
「師匠!」
「ったく、こんなショボい結界ごときに足止め食らいやがって。壊せるだろうが簡単に」
たった一撃でドーム状の結界は完全に崩壊した。
予備動作もほとんどない、拳を当てるような一撃で盛大に崩れ去った。
「あんたの基準で語らないでください常識クラッシャー師匠。俺が弱いの差し引いても簡単に壊せないですから、普通」
「その俺が鍛えてやってんだからオマエも出来るようになれやこの虚弱」
「横暴。さすがに横暴が過ぎますよスパルタトレーナー。せめてあと半年くらい時間ください」
「ハッ、やってみろよ。やれるもんなら」
絶対的な安心感。
神堂の到着は、桐葉の中に詰まった緊張を吐き出させるには十分すぎるものだった。
普段のような軽口も自身の安全を確かめるためのものだった。
不可視の壁の向こう側で少女を狙っていた黒き異形の姿は既にない。
結界を破壊する直前、神堂に目を向けられることもなく倒されたのだ。
「神堂……零次……!」
「よォ。ショボい結界しか張れない筋金入りのヘボ共。どうだこのバカ。少しはやるだろ?」
「大丈夫。あれ一応味方。どれだけ無茶苦茶でも一応味方だから」
「テメエぶちのめすぞコラ」
しかし少女にとって神堂は、突如現れた最大級の脅威でしかなかった。
桐葉と以外、言葉を交わした記憶すらない少女から見ても異質な存在だった。
「ま、つっても今回はオマエらどうこうするつもりはねぇけど」
「は……!?」
しかしその時は行動に留まらず、[創世白教]達へ桐葉すら驚くような案を提示した。
「なに考えてるんですか慢心ですか!? っていうか組織の他のメンバーは!?」
「ここの連中動かせねぇんだよこの前の騒ぎのせいで。こんな下っ端構ってる余裕なんざねぇよ」
「「「誰が下っ端だ!」」」
「弱いナンタラ程よく吠える、っつってな」
叫び声を上げた信徒たちの声が続くことはなかった。
悲鳴の一つすらなく五人残らずその場に崩れ落ちてしまう。
桐葉の目には、何が起こったのかさえ分からなかった。
気が付いたときには少女を追っていた敵が一斉に倒れていたのだ。
「……結局倒してるじゃん」
「敵の言葉信じる方が悪ぃんだよ」
「いやまあ、俺もそうでしたけど……えぇ?」
「質問なら後で聞いてやるから手伝え。こいつら縛るぞ」
事実、神堂の実力があれば信徒たちを正面から一瞬で制圧することは十分に可能だった。
桐葉には、あのような方法を取る必要があるとは思えなかったのだ。
背に少女の気配を感じながらも拘束を続ける桐葉。
その間も、釈然としないものは残り続けていた。
「ほーら、やっぱ【白】じゃねぇか」
「いや白って。どいつもこいつもそうじゃないですか。この趣味悪いローブ」
「そっちじゃねぇよ。よく見ろマヌケ。首ンとこの結晶が真っ白だろうが」
言われた桐葉は覗き込む。
すると、一人の首元で何かが光るのが見えた。
目を凝らすと、そこには。
(白……)
小さな六角形の結晶だった。
鉱石に疎い桐葉に詳細は分からなかったが、子供騙しの玩具でないことは彼の目にも明らかだった。
「こいつらが一番弱ぇんだよ。こんなのが群れたって何の脅威にもならねぇ」
「そういうこと言ってる人ほど足元掬われるらしいですよ?」
「このレベルにそれだけ骨のあるやつがいればな。特別に肘喰らわせてやるよ」
「太い骨でも砕け散りそうですね」
神堂の肘攻撃など桐葉には想像したくもないものだった。
視認不可能な超常現象を何度も目の前で起こされ、桐葉の中ではすっかりそういうものとして認識されていた。
「おう橘。【白】ふん縛ったから隣の連中に運ばせろ。んじゃ」
不慣れな桐葉が四苦八苦している間にも神堂はまたも横暴な電話をかける。
呆れる桐葉を、覚えのない浮遊感が襲う。
気付けば少女と共に、左右からそれぞれ抱えられていた。
「!? ~!?」
「お、落ち着いて。大丈夫だから。……ところで師匠? さすがに誘拐で訴えますよ?」
「黙ってろっつの。拠点に連れて行ってやるんだからよ」
「きょ、拠点? なんの……」
神堂の言葉に、戸惑わずにはいられなかった。
その一方で、薄々ながらも感じていた。
「決まってんだろ。[アライアンス]のだよ」
とうとう、その時が来たのだと。
(To Be Continued...)




