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リヴァイバー・ゼロ  作者: 風降よさず
Fateful Encounter
21/596

021

(――痛い痛い痛い痛い! 滑り台感覚でどうにかしようと思ったのが間違いだった!)


 靴の裏をすり減らしながら滑り落ちる桐葉は、両足から伝わる痛みを必死にこらえていた。


 これまでの特訓の甲斐あって姿勢こそ保てていたものの、普段はない重みが姿勢の均衡を乱していた。


 そんな桐葉の目の前に、またも黒い影が姿を現す。


「っ、とぉ……!?」


 右足の向きをかけただけの急ブレーキ。


 開いた左手で手近な気を掴むことでやっと桐葉は滑り落ちる勢いを殺すに至った。


(速いって。無駄に速いって。なんでもう回り込んでるんだよコイツ!)


 軽くよろめくも桐葉はすぐさま立て直す。


 左へ、右へ身体を揺らし動きを誘おうとした桐葉だったが暗闇に全身を包まれた怪物が乗せられることはない


「あそこだ! 早く終え!」

「追ってこなくていいって別に……!」


 背後から響く[創世白教]の信徒たちの声はそう遠くなかった。


 落ちた枝を踏み抜く音が何度も桐葉の耳に響く。


 黒の異形が桐葉へ飛び掛かったのは、声のした方へと桐葉が顔を向けようとした時の事だった。


「っておわっ!? だ、大丈夫!?」

「ひ……っ!」


 慌てながらも少女と共に伏せ、躱す。


 右肩を掴む少女の手の力が更に強まるのを桐葉は感じた。


「こっち!」


 またも飛び掛かった黒犬を躱した桐葉は左へ走る。


 並走する黒の怪物に下山を阻まれてしまっていた。


(さっきのは俺のせいだな完全に!)


 自身の挑発が信徒たちの怒りを買っている自覚は桐葉も持っていた。


 最初は、そのまま自身へ注意を引きつけその間に少女に逃げてもらうことも考えていた。


 しかし桐葉と少女は未だ満足に言葉を交わすことも出来ておらず、ひたすらに山の中を逃げ回る以外の選択肢は残っていなかった。


「いい加減にしろ! そいつをこっちに寄越せと言っている!」

「だーかーら! 何度も言ってるだろ! 人を襲うような連中に任せられないって! そんなことも覚えられないんですかそのローブのモチーフ鶏ですかー!?」

「調子乗ってんじゃねぇぞ小僧!」


 再び叫び声が、炎が桐葉達へ近付く。


 頭上を駆け抜けた火球の一発が遠くの枝を爆砕した。


 獣道ですらない傾斜の途中。

 信徒たちの動きは桐葉よりも機敏だった。


 しかし桐葉達と信徒との距離が急激に詰められることはなかった。

 的外れの軌道を描く炎弾が葉を焼き、木の幹に阻まれる。


 走り続ける桐葉と少女の元へ届くことは一度もなかった。


(っわぁ釣れる釣れる。単細胞の集まりかよこいつら)


 桐葉は自身の挑発に[創世白教]が乱されているのを感じていた。


 これまでの経験から、話し合う余地はないと桐葉は考えていた。

 信徒が問いに答えなかった時点で、桐葉の中に少女の身柄を引き渡すという選択肢は消えていた。


 一度襲われた経験があるからこそ、その確信があった。


(今はまだ少し余裕があるけど――)


「お願いします御使い様!」

「っ、またかよ……!」


 またしても桐葉の目の前に異形の姿。

 それでも足は止まらない。


 少女を置き去りにするよう求める声を、桐葉は聞いた。


(また口から出まかせばっかり……!)


 もっとも、桐葉はその言葉を信じてなどいなかった。


 何より、少女を犠牲に助かろうなどとは思えなかった。


(一か八か――!)


 開いたままの左腕。


 利き腕でないにもかかわらず、桐葉は硬く拳を握り、


「邪魔するなよ犬ッコロ!」


 ありったけの力と共に突き出した。


 回避も叶わず、黒犬が飛ぶ。


 地面に着く間もなくその姿は消えていた。


(なんとか、このまま――……!)


「そこまでだ!」


(マジか……っ!)


 桐葉の前に現れたのは、一人、奥へ向かっていた筈の信徒だった。


「よくも散々逃げてくれたな。だがもう終わりだ。大人しくその子を渡せ」

「だから、それなら納得できる説明くらいしてもらえませんかね? できるならですけど」

「今ここで『何もしない』って言って、お前信じるの?」

「いいやまったく」

「ほらみろ。無駄なんだよこんなやり取りは」

「っ……」


 思わず一歩、後退る桐葉。


 しかし後ろからは未だに残った信徒の声が響いていた。


 坂の下に待ち構えていた黒の異形の姿も遠くないことは分かっていた。


(一番やばいあいつの姿が見えづらいのが本当にもう……! こんな暗闇じゃなかったら――……暗闇……)


 暗闇の中、桐葉と少女を取り囲む包囲網は徐々に形を成しつつあった。


(この暗闇、もしかしたら――!)


 そして自身を取り囲む環境が桐葉に閃きをもたらした。


「光れ《閃光》!!」


 目くらましによる脱出の一手を。


「今の内に!」






「っはぁ、はぁ……あーしくじった。ごめんな。下の方に逃げてたらこんな隠れなくて済んだのに」

「…………」


(無反応ですかそうですか。……いや、敵意向けられてないだけマシ? 怖がられてるわけでもないし)


 最初は桐葉も下を目指そうとした。


 しかしその時、何かが桐葉の足に触れたのだ。

 それが桐葉に直進を躊躇わせた。


 何より不慣れな桐葉には出力の調整も間に合わなかった。


 結果、桐葉自身が想像していた以上に強烈な光が辺りを支配してしまった。


 間抜けな失態を犯してしまったという自覚は彼の目を周囲に向けさせる。

 少女の違和感に気付けたのはそのおかげだった。


「……ん? 君、靴は?」

「?」

「いや『?』じゃなくて。これ、こういうの。何も履いてない?」


 左足首を掴み、自身の運動靴を少女に向ける桐葉。

 しかし少女はまたしても首を傾げた。


 そのものを見たことがないと言わんばかりの表情で。


(マジか。いや冗談きついって。俺そんな子連れて山の中は知り回ってたのかよ。最低かよ)


 怪我らしい怪我はなくとも桐葉が自分を責める理由としては十分すぎるものだった。

 何よりまだ、[創世白教]による追跡は終わっていない。


(……まだ逃げなきゃだしなあ……両手塞ぐとちょっと危ないし)


 少女を抱え上げることは今の桐葉にとって、そう難しい事ではなかった。

 手を引いた時の感覚が、あまりにも軽かったのだ。


 しかしそれでは黒の怪物を倒せない。


 そうして、悩んだ桐葉は。


「他にないからとりあえずこれ。サイズ合わないかもしれなけど、変なもの踏むよりは安全だと思うから」

「へんな、もの?」

「お、やっと喋ってくれた。……ほら、その辺の枝とか。こんな風に刺すと痛いじゃん?」

「……いた、い?」

「マジか君」


 自らの靴を差し出した桐葉は更なる衝撃に襲われた。

 少女の表情は、とてもうそをついているものには見えなかったのだ。


「さすがに説明のしようがないや。嫌じゃなかったらとりあえずそれ履いといて。そこに足をそっと……ああうん、そうそう。そのまま反対側も」

「ん……」


(……さすがに一般常識欠如し過ぎるだろ)


 あり得ないとさえ、桐葉は思った。


 靴の履き方さえ桐葉が説明しなければ理解していなかった。

 そんな姿を目の当たりにした桐葉の感想は、年齢を踏まえれば当然のものだった。


「君、名前は? どこから来たの?」

「なま、え……」

「うんうん。俺は桐葉って言うんだけど、君は?」

「きり、は……?」

「そっ。天条桐葉。『天』に、条件の『条』に『桐』の『葉』っぱ。最初は断ち『斬』る『刃』なんてつけようとしてたんだってさ、じいちゃんが。酷くね?」


「――確かに酷いな。酷い由来だ」


「……別にあんた達に言った覚え、ないんですけど?」


 少しでも少女の気を紛らわせようと桐葉が口にした話も、信徒の出現に止めざるを得なかった。


「さあ、渡せ。これ以上は我々も見逃せなくなる」


 一人ではなかった。


 他にも二人。更に黒い身体の怪物も傍には控えている。


「……そうですか。はぁ、そうなんですか」


(本人じゃなくて――)


「爆ぜろ《火炎》!」


 そして、桐葉にはやはり少女を引き渡そうという気はなかった。


(っし! 足元狙い成功!)


 激しい爆発に襲われた信徒達。

 彼らが怯んだ隙に桐葉は走り出した。


 ぶっつけ本番の一発。それを桐葉は成功させた。


「なんということを……! これだから[アライアンス]の無法者共は……!」

「はぁ? 先に撃ってきたのはそっちでしょうが! あの化け物だって呼び出してるくせに!」

「逃げるお前達が悪いのだ!」

「追い駆けたのはそっちだろ!」


 叫びながらも桐葉は少女と共にひたすら走った。


 下を、街道を目指して必死に走った。


「い、行き止まり……!?」


 しかし、そんな彼らを待っていたのは姿のない強固な壁だった。

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