その日は、すぐそこに
「んっ、ん~……! 終わったぁ~……!」
「そんなに疲れ切った反応しなくても……」
そんなことを言われても。ようやくこの日が来たんだから伸びの一つもしたくなる。
この解放感、やっぱり最高。
「春休みが来たくらいでそんなに喜ぶ? 普通……」
「そりゃあもう。ようやく一年が終わったんだって解放感でいっぱい」
「いくらなんでも大袈裟だと思うけどなぁ……」
長かった。つまらなかったわけじゃないけど、やっぱり長かった。
……いや、学校の授業はそんなに面白くもなかったな。別に。
「それに、一年の終わりって言ったら普通大晦日でしょ? 今日はただの修了式だよ?」
「それはそれでこれはこれ。終わったっていう実感が欲しいんだよ。今は。分からない?」
「ん、んー……?」
これだけ言っても美咲様は首を傾げていらっしゃる。
未知の文化に直面したみたい。美咲ならなんとなくで察してくれると思ったんだけど。
「……まったく、これだから真面目ちゃんは」
「何その言い草! そこまで言われる筋合いないよね!?」
根っこの部分が真面目だから、どこかで無意識にブレーキがかかってる。
チキンレースにもならないくらいのタイミングで容赦なくブレーキを踏んでる。
……そんなことばっかりしてるから定期的にぶっ壊れるんだろ。思いっきり。
「ほらほら、美咲ももっとテンション上げて。日々のストレス全部吹っ飛ばす勢いで」
「きっくんのそういう言動が一番の原因なんだけど!!」
「またまたぁー」
教員連中の余計な頼み事とか、他にも色々。
美咲ときたら雑用でも二つ返事で引き受けるんだから。心配で見ていられない。放っておけるわけない。
係の仕事化は係のやつにやらせときゃいいんだよ。そういうルールなんだし。
「なんなの、どうして今日はそんなにテンションが高いの……」
「だから言ってるじゃん。全てが終わったことへの解放感だって」
「……春休みの宿題は?」
「あんなのあってないようなものだし」
今夜にでも終わらせられるくらいの量しか配られてないし。
どうせなら長期休暇全部この量でいいのに。面倒くさいから。
「あとはほら、余計なボケを拾わなくて済むなぁ、って」
「一番ボケてるのはきっくんでしょ――――っ!!!」
……今日もいい声だよ。本当に。遠くの鳥が一斉に逃げ出すくらい。
「言ってるよね。いっつも言ってるよね! ボケなくていいの! 私別にツッコミがしたいわけじゃないから!」
「いやいや、俺なんてあのトリオに比べたら軽いって。特に佐藤と高橋」
「ひとまとめにするんじゃありません。大切な友達でしょ?」
「またそうやって母親じみたことを言う……」
なんなら母さんより様になってる。別に妹も弟もいないのに。美咲も。
「いつも大きな弟みたいな子の面倒見てるせいじゃない?」
「どこの誰だよ、まったく。とんでもないやつもいるもんだな」
「鏡、見せてあげようか?」
「いいや、別に」
見ても面白いものが映ってるわけじゃないし。
自分の顔なんて見て何が楽しいんだよ。身だしなみでも整えろってか。
どこから出したんだろう。あの手鏡。さっきまで何も持ってなかった筈なんだけど。
制服のポケットだって……見た感じ、そこまで大きくないし。
「で、さっきの話だけどさ、他にどうしたらいいんだよ。いいじゃん。三人セット」
「どこがどういいのか全く分からないよ?」
初対面に『桐葉って名前、女の子だと思った』とか言われた気持ちにもなってほしい。
大体なんだよ。苗字的に美少女だと思ったって。うちの父さんにでも言ってこいよ。
(まあでも、確かに鈴木は外しても……)
いや、ないわ。絶対ないわ。あいつが一番タチ悪いのに。
関係なくてもノってくる。関係があれば当然ノってくる。あいつらのノリに。
……しかも、言い出しっぺだったらしいな。名前のこと。知ってたくせに。
「というかいいの? きっくん。それだと仲間外れになるけど」
「……美咲とコンビ?」
「何の!?」
そんな本気で返されても。深く考えて喋るなら言わないって。あんなこと。
どうしてもセットにしたいなら探偵と助手とかその辺でいいじゃん。
美咲探偵。……やべ、また頭の中見られてる。
「冗談、冗談。美咲とペアなら深山の方が良さそうだし」
「え、やだ……」
「あいつ泣くぞ。おい」
ちょっと口撃がきつい以外はいいやつじゃん。あとはたまに辺りが強いくらい。
別に態度が悪いばっかりじゃないし。
「なんか、そういうのとはちょっと違うっていうか……いい友達? 嫌いなわけじゃなくてね?」
「俺はむしろ美咲の感覚が分からないんだけど」
別に美咲がそんなこと考えるなんて思ってない。
もしそんなことを言い出したらそれはもう美咲じゃない。
「分からない? きっくんも鈴木君とコンビみたいって言われたら『なんか違う』ってなるよね?」
「止めてくれよ。そんな想像するだけでも恐ろしい」
「そこまで言う!?」
あいつとコンビだなんて。そんな。とてもとても。
もちろん悪いやつじゃない。ないんだけどさぁ……
たまに俺より邪悪というか。容赦がないというか。
「……それに、私はいいの。もういるから」
それでも、美咲にはかなわないけど。
「さっきは否定してたじゃん」
「きっくんが変なこと考えてたからでしょ。今回は……探偵とか?」
「だからエスパー能力は発揮しなくていいんだって」
バレてたよ。やっぱりバレてたよ。どうやったらそこまで的確に見抜けるんだよ。
「そういうわけだから、今日も手伝いお願いね? お母さんから色々頼まれちゃって」
「何がどういうわけなのか説明してもらおうか」
「んー……さっきのペナルティ? 気に入らないならもっと重くしよっか?」
「喜んでお供させていただきます」
「ん、よろしい」
そんなこと言われなくても最初から手伝うつもりだったんだけど。
今日も綾河家のご馳走になるんだし。
俺もどうせならその方がいい。一人だけならテキトーに済ませる自信がある。
そうと決まれば早速買い物を済ませt
「――わぷっ!?」
な、なんだ!? 黒!? ……いや人か!
「す、すみませ……! 前、ちょっと見てなくて……!」
スーツだよ。スーツしっかり着込んでるよ。……何故かサラリーマンっぽくないけど。
(……ヤの人じゃないよな?)
なんていうか、雰囲気がある。ぶっちゃけ怖い。
「……気にするな。次は気を付けろ」
……でも、男の人は何もせずに歩いて行った。
思いっきり睨まれたくらいで、それ以外は本当に何もされてない。
「……なんか微妙に高圧的」
「そういう言い方をするんじゃありません」
なんなんだろう、あの人。
分からない。分からないけど気になる。
「いいから行こっ。セール品がなくなっちゃう」
「それが中学生の台詞かよ……」
「い、いいの。いつものことなんだから」
「はいはい、そういうことにしておきますよ、っと」
「『はい』は一回。何度も言わせないの」
そりゃ確かに。
下らないことで起こらせる前に、さっさと――
「…………?」
……なんだろ。身体が、ざわっとするみたいな。
意識しても何も感じない。
最初の一回があったきり、もう何も起こらない。
「……きっくん?」
「んーん、なんでもない。ちょっと制服にゴミがついてただけ」
気のせいだよな。きっと。
――全てが動き出すまで、あと少し。




