018
あの日起きていたことは、あとからメールで師匠に聞かせてもらった。
あの白ローブ――[創世白教]の連中、なんでも人数を分散させてたらしい。
少しでも広い範囲を見られるように。
一カ所当たりの人数は少なくても、場所はバラバラ。
師匠みたいにひとっ飛びできるわけじゃないから余計に手間取ってたらしい。
一応、グループに分けたりはしてあったみたいだけど。
それから……
「……美咲の記憶、消したんですか」
「ったり前だろうが。オマエあんなロクでもないこと覚えさせときてぇのか?」
「なわけないでしょうが。そっちじゃなくて、本当にちゃんと消えたんですよね?」
あるならちゃんと使っておけばいいのに。
覚えてたんだけど。俺、次の日もバッチリ覚えてたんだけど。
……大丈夫なんだよな? 怪しい感じはなかったけど本当に大丈夫なんだよな?
「オマエの件は完全なイレギュラーなんだよ。普通『F-』レベルの抵抗力じゃどうにもならねぇのに」
「いつまで掘り返すんですかその話。……うん? ちょっと待った。俺の時も使ってたんですか?」
「だから妙だっつってんだよ理解しろそのくらい」
「記憶操作されたこと自体初耳だったんですよ。話しておいてくださいそのくらい」
今更恥も何もないでしょうに。
思い返してみてもやっぱりそんな感覚なんてない。
いや、記憶操作された感覚なんてあるのか知らないけど。
とにかく頭に違和感みたいなものは全くなかった。
「けど、残念だったな? あのコ庇いながら必死にやってたのに。間違っても言うんじゃねぇぞ」
「ニヤニヤしながら言われても。人のことなんだと思ってるんですか。言いませんよ」
「当たり前だ」
怖い記憶にしかならないのに。
そんなこと思い出させてどうなるんだか。論外だ論外。
しばらく気を付けた方がいいかも。犬とか白とか。
……なんでこんな一般的な単語ばっかりなんだよ。
「――ま、でも一応今回は褒めてやるよ。よくやった。それと、悪かったな。時間かかっちまって」
……ナニゴト?
とうとう耳までおかしくなった?
それとも向こうの頭? 一周回ってまともになったとか?
「どうしたんですか。本当にどうしたんですか師匠。急にそんなこと言うなんて。変なものでも食べました?」
「明日覚えとけよテメェ。メニュー三倍な?」
「わぁ優しいー」
いつもなら後ろにゼロが一つあってもおかしくないのに。
もしかして今回の件で責任感じてたりする?
確かに悪態はついたけど、すぐ来れない理由があったことくらい分かってるのに。
「まあ今のは嘘ですけど、普段師匠そんなこと言わないじゃないですか。『勝手に戦ってんじゃねぇよこの突撃魚』くらいのことは言われると思ってたんですけど」
「何もしねぇよりマシだろうが。あんな状況で俺に言われたから戦えないとかほざく腰抜けなんざ要らねぇよ」
「……それは俺も、ちょっとだけ思いました」
今までにも何度か思ったことだった。
無抵抗だったらやられるし、あの時も倒せなかったらどうなってたか分からない。
やらなきゃやられる。嫌な現実を改めて思い知らされた気分だった。
「狂っちまった予定はこっちで調整してやる。けど、今回の件で調子乗るんじゃねぇぞ? 倒した後の判断が甘い」
「言わないでください。分かってます。あの時はどうもありがとうございました」
よかった。やっぱりいつも通りだ。
無茶苦茶に暴れてなんとか拘束は抜け出せたけど、師匠が間に合わなかったら結局同じだった。
悔しいけど、やっぱりああいう時は本当に頼りになる。
「おう、感謝しろ。もっと称えろよ」
「じゃあやりましょうか? いつものあれ」
「そんなに絞められてぇかクソガキ」
「やめてください。まだ痛み残ってるんですから。ここがどこだか分かってます?」
「ならもっと殊勝な態度とれっつの」
「持ち帰って検討しておきますよ。気が向けば」
「ほんとに口の減らねぇヤツ……見逃してやるからオマエもさっさと帰れよ?」
コンビニじゃなかったらやってたのかよ。やるわきっと。
放課後の待ち合わせ場所。トレーニングもなし。
本当にここでいいのか疑問だけど向こうが指定したんだから仕方ない。
荷物は全部置いて来た。まさかこんなに早く師匠が帰るなんて思わなかったから。
――prr♪
そのせいでコレだ。
「美咲? どうしたんだよ、コンビニに欲しいものでもあった? 今ゼクスだけど」
『……また会ってたの? いつもの人と』
我が幼馴染様はとうとう千里眼まで会得されたらしい。
ないよな。さすがにないよな? 服のどこかに盗聴器なんて。
『その反応、やっぱり会ってたんだ? 大丈夫なの? もう遅いのに』
「いや時間。まだ暗くもなってないし。全然遅くない」
『校則的には黒寄りだけどね?』
あったっけ。そんな校則。
覚えてない。マジで全然覚えてない。
美咲はなんでそんなものまで……さすが真面目ちゃん。
「まだギリセーフだから。運動部もまだ帰ってないだろこの時間。全速力で戻れば余裕だって」
『それはそれで危ないから止めなさい』
「日に日に母親っぷりが板についてるなーほんと」
『うわ……』
「止めてそのマジトーン」
……とりあえず、あの件の影響はやっぱりなさそう。
深山とかトリオにも聞いてたけど、まだ少し不安はあった。
不審な目で見られるくらい安いもんだ。
『……前から気になってたんだけど、きっくんそういう趣味でもあるの? 事あるごとに母親みたい、なんて言って』
「違うから。そういうのじゃないから。どんな趣味だよ」
『そ、そこはどうでもいいの。違うならそれでいいから』
まあ確かに美咲の方がぶっちゃけ母親オーラはありそう――止めた。なんか今寒気がした。
「じゃあそろそろ、用件聞いてもいい? 暇つぶしってわけじゃないんだろ?」
『最初からそうしてくれればいいのに』
先制攻撃仕掛けたの美咲じゃん。まあいいけど。
十中八九明かりが点いてないのが原因だろ。今家に誰もいないし。
本気でそう思ってた。
『ありがと、きっくん』
だから、そう言われた時は思わず面食らった。
「……美咲こそ大丈夫? 変なものでも食べた?」
『なんでお礼言っただけでそんなに言われなきゃいけないのかな!! 話の流れ作れなかったのきっくんのせいでしょ!』
「人に変な疑惑持ち出したのは美咲だろオイ」
甘えたい症候群だの何だの言って。
あれか。あれが原因か。
前に『ママー』なんて言ったせいかあんなの本気で言うと思ったか!
「話の流れ云々まで言ったら本当に意味分からないんだって。なんでだよ」
『分かんない』
「は?」
『分からないけど、きっくんには何か助けてもらった気がしたから。だから……ありがと』
「お、おう……」
……まだ微妙に覚えてるのか?
嬉しかった。嬉しくないわけがなかった。
でもその時だけは素直に喜べなかった。
理由は分からない。そう言った。
とりあえずあの化け犬の事まで思い出せるわけじゃない。筈。
師匠に訊きたくてもついさっき帰ったところ。
見計らってない時は本当にタイミング悪いなあの人。
『ん、やっぱり言ってよかった。なんかすごくすっきりした気分』
「俺はむしろモヤモヤが増えたんですけど」
『そんな深刻に考えないでよ。それより早く帰って来ること。気を抜いてるとすぐに暗くなるよ?』
「あーあー、分かりましたよ美咲様。うよはお」
『それ朝の挨拶』
「だから逆から読んだんだろ」
『変なボケしなくていいから! もー、切るからね!』
さすが。通じた。絶対嬉しくないだろうけど。
あれくらい会って言えばいいのに。
っていうか今日学校だったのに。……まさか今の今まで迷ってた?
「ったく、心配性なんだから……」
いいや。美咲にああ言われたしさっさと帰ろ。
この前みたいな事もあるかもしれないし、大通りから。
(まあかなりの人数しょっ引いたって話だし、さすがにもう――)
いない筈。
襲われることも、当面の間は。
そう思ってた時に、また見つけた。
「……いるじゃん」
真っ白いのが向こうで堂々と群れてるじゃん。
その頃は知らなかった。
教団がどれだけの規模を持っているのかなんて。




