018
「やっぱり、知ってたんだよな? イリアも……」
いくらイリアでも、あんな話を聞かされて驚かないのはさすがにおかしい。
それなのにさっきから落ち着き払ったまま。これっぽっちも驚いていなかった。
確かに前と比べて少し雰囲気は変わったと思う。
それでも、根っこの部分は変わってない。いっしょに過ごせば過ごすほど、その印象は強くなった。
……この前ホラー特集を見た時なんて、可哀想なくらいビビってたし。
「分からない筈がないでしょう? 一体どれだけの時間を過ごしたと思っているんですか」
「その理屈だと、自分のことなのに気付けなかった俺がとんでもないお馬鹿ってことになるんだけどな?」
「確たる証拠があったわけではありません。……考え方次第では、以前のあなたと同じと言えるのかもしれませんね」
「褒められてるんだか貶されてるんだか……」
俺が知らなかった一面を、イリアは毎日のように見せてくれる。
たとえばこんな茶目っ気たっぷりの笑顔なんて、あの頃は見た覚えがない。
イリアの記憶のことも、結局あの瞬間まで確信は持てなかった。
あの時だってまるで驚かなかったわけじゃない。状況がそれを許してくれなかっただけで。
「隠していたことは謝ります。あれの意見を肯定するようで複雑ですが……あなたの反応が、なんとなく想像できてしまいましたから」
「複雑とか言わない。……それに、多分、あるって分かったら乱用してただろうし」
「……その部分を肯定する言葉が欲しかったわけではありませんよ?」
今回のことも、ある意味では同じ。
新しく知ったからって、今更変に変える必要なんてない。今まで通りにしっかりとやっていけばいい。
それこそ、どんな影響があるか分からない。
組織の罰則がなくなっても、これ幸いと乱用しないように。
あの魔法を使えるようになった時には、今まで以上に影響を受けそうだけど。
(そういえば……イリアにはまだ、その話もしていなかったような?)
隠し続けるのもおかしな話。
秘密にしておけと言われたわけじゃないけど、言いふらせとも言われなかった。
「隠し事と言えば、なんだけど……実はもう一つ、まだイリアに言ってないことがあって」
もっと早く言っておけばよかった。
何せこんなタイミング。ついでみたい、と思われても仕方がない。
「あれに渡された映像資料の内容……ですか」
「…………見てた?」
「いえ、一度も。それでもあなたが一度も使ったことのない系統の魔法を練習している事くらいは想像できますよ」
「見てないのにそこまで分かるとか、もう一種の特殊能力だろ」
まさか、まさかイリアにバレバレとは思わなかった。
いつも練習の様子を見に来てくれるわけじゃないから、そういうものだと思ってた。
一つ一つ自分の口で説明しようおと思っていたところだったのに。
どうしてそんな事まで全部お見通しなんだよ。美咲に師事したのか。
「分かりますよ。あなたのことですから。分からない筈がありません」
「もうちょっと緩くてもよくない? 俺か美咲以外のことも頭に入れておくとか」
「ありますよ。勿論。もう使い切ってしました」
「配分がおかしい……」
そして極端。極端にも程がある。
俺や美咲と、それ以外への扱いの差が幾らなんでも酷すぎる。篝さん泣くぞ。
「おかしくなどありません。これが私にとっての最善です。……心配しなくとも、あなたにまで強要するつもりはありませんよ」
「それはそれでなんだかなぁ……」
家族や友達のことを忘れたいなんて思わない。思うわけない。そういう話じゃない。
(……こんな調子で本当に大丈夫か? 外に出た後……)
本人が『最善』とまで言い切ってるのに指摘するのもどうかと思うけど、ヤバい。
いくらなんでもヤバい。大問題だ。
「私のことはいいんです。それより、今は私に見せたいものがあるんでしょう?」
「そう言って、そのままどこかに置き去りにするつもりじゃないだろうな。ちゃんと話を聞いてくれるんだよな??」
「えぇ、いつか」
こんなに胡散臭い笑みを見たのも、初めて。
忘れないよう、どこかにメモをしておいた方がいいかも。本気で有耶無耶にしそう。
「とにかく、今は場所を移すべきです。……こんな場所では、誰に見られるか分かりませんから」
「トレーニングルームがないとこういう時に不便だよなぁ……」
「あら、また空まで連れて行ってくれてもいいんですよ?」
「師匠に叩き落とされそうだから却下」
こっちのイリアを見たくらいで、今更美咲が態度を変えることなんてないのに。
それでも、まだ美咲には伝えてなかった。
俺が勝手に喋っていい内容なんかじゃないから。最近もよく二人でやりとりしてるみたいだし。
「……そういえば、どっちの通路から行けばいいんだっけ? 裏手のスペース」
美咲と出掛けて、仮拠点に戻ると決まってイリアが美咲と喋ってる。
だからきっと、俺の弱点なんて今まで以上に筒抜けだろう。
「……そこだけは、ひょっとすると未来永劫治らないのかもしれませんね」
……失礼な。
なんてことを言ってくれるんだ。
本当に治らなかったらどうしてくれるんだか、まったく。
「すぐそこですよ。……少し、急ぎましょうか。これ以上余計な邪魔が入る前に」
折角見てくれるんだし、あまりがっかりさせたくない。
「…………」
こればかりは、予想外という他ありませんでした。
初めて見た時には、きっとキリハも同じ感想を抱いたことでしょう。
彼がこれまでに学んできた魔法からかけ離れている以上、それが自然な反応です。
「どう……だった? まだ、色々と不慣れで……そんなに長い時間は、維持できないんだけどさ……」
魔法と言えば、射出式の攻撃手段の一つ。
数少ない例外も、身体強化を施すものがほとんどだと聞かされていました。
この世界でなくとも大半はそうでしょう。
実際、桐葉が手間取っていた理由もそこにあったのでしょうね。
あのぎこちなさは魔法に不慣れな者のそれと何ら変わりありません。
今の桐葉であれば本来、縁のない筈のもの。
「イリア? おーい? できれば感想とか聞きたいんだけど……もしかして、一瞬過ぎて見えなかった?」
「いえ、そういうわけでは……」
大空へと羽ばたくあの翼のように、イメージで補強することも難しいでしょう。
完成品を思い浮かべさえすればいいというわけでもありませんから。
あの魔法は使用者を常に浮かせ続けているという点に注視すれば、その役割を果たしていると言えます。
(しかし、この魔法は……)
同じように考えたところで上手くいくものでもないでしょう。
ただ手に握り続けているだけでは、その役割を果たしていると言えませんから。
(魔力の消費が増える事くらい、分かっていた筈……)
それでも教えたというんですか。こんなものを。
扱いが難しいどころではないと知りながら。
「……剣の魔法……しっかりと、見せてもらいましたよ。桐葉」
おそらく、彼が想像している以上に奇妙なものでしょう。
ですが……桐葉が、彼自身の意思で手にしたのであれば……否定することなどできる筈がありません。




