006
「えー…………?」
本当に帰って来ちゃったんですけど。普通に家まで送ってもらっちゃったんですけど。
いくらなんでもそりゃ無理だろうって思ってたのに。
「あの、これ……いいんですか? 色々と」
「構わないよ。本来なら君くらいの年齢の子にあれこれ任せる方がおかしいんだから」
「異常事態なわけですし、『普通なら』とかそんな話は持ち出さなくても……」
「ははは、確かに。でも天条君、君もこの前の件で色々と疲れたろう。たまには家でゆっくりしておいで」
たまに、なんて言われるほどたまにではないような。
いやまあ、少し前からほとんどあっちに泊まり込みだったけど。
「何かあればすぐに連絡するから。よいお年を」
「よいお年を……って、年明けまでこっちに滞在するのは確定なんですか?」
「いつまでも病院とその周辺に集めておくわけにはいかないんだよ。……多分、この辺りでうちのメンバーの姿も見ることになるんじゃないかな」
「お、お疲れ様です……家の確保とか、色々」
「気にしなくていいんだよ。組織の伝手を頼るだけだから。それじゃあね」
一応、今まで使っていた寮も無事だって聞いてる。
それだけじゃあどうにもならないってことなんだと思う。ほとんどあの拠点で暮らしてるって人もいるみたいだし。
「……それはまあ、分かるんだけど……」
一軒家を持ってる人だっているだろ。他にも。何もうちの近くを対象にしなくたって。
「何が分かるの?」
「何がって……。……? …………美咲は今日も神出鬼没だなって」
「人を妖怪みたいに言わないで!?」
だってそうじゃん。音もなく現れるんだもの。忍者かよ。
家をちょっと眺めてただけなのに。この位置、美咲の部屋からも見えないだろ。
「もー……なんなの? 帰ってきて早々……痛いところはない?」
「脈絡。前半部分はどこ行った。……いや、痛いところは特にないけど」
未だに分からないことだらけなイリアセラピーのおかげで。
師匠とのトレーニングなんてもう慣れっこだし。
教えてもらった魔法もなんとか形になって来た。あとは、少しでもその動作を速めるだけ。
火力の底上げはその更に後。
「ならいいけど、とにかく今はしっかりと休むこと。運動も駄目だからね?」
「え、走り込みも?」
「駄目です。運動しちゃ駄目って言ってるでしょ」
「いやいや、そこをなんとか。腕立て伏せくらいなら」
「筋トレも禁止! 身体に負荷かけてどうするの!?」
「えー……」
「『えー』じゃないでしょーっ!」
どうやって抜け出そう。師匠ってば一応何日かこっちにいるんじゃなかったっけ。
魔法の練習なんて言えの中でできる訳ないし……《硬化》くらい?
「まったくもー……衣璃亜ちゃんもずっと心配してたんだからね? どうしてそういうことしかできないの?」
「うわ、辛辣……違うし。別にそういうわけじゃないし」
あれよあれよと話が進んだせいで着いていけないんだよ。こっちは。
師匠が止めると思ったら、全然そんなこともなかったし。文句は言ってたけど。
「言い訳はいいから入りなさい。今すぐに入りなさい。……おじさんもおばさんも、心配してたんだからね?」
「……さすがにそろそろ親孝行とか考えなきゃだなぁ……」
「分かってるならもうちょっと行動を改めなさい」
分かってるんだよ。俺だって、これでも一応分かってるんだよ。
卒業と同時に飛び出したりとか普通じゃない。とんでもない不良息子だよ。
「まあ、大丈夫。その辺りはちびが俺をしっかりと反面教師にしてくれる筈だから」
「それのどこがどう大丈夫なのか、後でちゃんと作文にして教えてね? ……採点するから」
「せめて下限はゼロ点でお願いいたします」
「保証はしかねます」
だから怖いって。
一体どれだけ下げるつもりなんだよ。無限減点方式かよ。せめて加点方式にして。ゼロ点スタートの。
「そういえば、高校の学費はどうするの? あと、住むところとか」
「あ、そっちは神堂さんとかがなんとかしてくれるんだってさ。なんかあの人あちこちに知り合いがいるみたいで」
「……それはなんか分かるかも」
「向こうの事情でもあるから、って。あの人もさすがにそこまで理不尽じゃないから」
組織が持ってる賃貸物件とか、他にも色々とあるみたいだし。
探せばきっとあるんだろうなぁ……教団持ちの物件も。
移動させられる人がどのくらい多いのか分からないけど、全員が拠点に住むわけでもないだろうし。
篝さんみたいに、両方使うってこともあるだろうし。
「……で、いつまでそこに立ってるつもりかな? きっくん?」
「あははは、やだなぁ。入るよ。すぐに……だからそんな怖い笑顔を向けなくても」
「? 怖いって……何が?」
全体的に。なんて言ったら多分、明日の朝日は拝めない。
こういう時の美咲には逆らわないに限る。それが最善。
思いっきり予定が狂ったんだからその建て直しの時間くらいあってもいいじゃないか。
「……ね、そろそろ入ってくれない? さすがにそろそろ冷えてきたんだけど……」
「ぐぬ……」
寒いよ。俺だって寒いに決まってるだろ。暖房代わりの魔法だってないんだから。
今日なんて特に寒いし。上着を貸してもらってなかったらどうなってたことか……
「ほーら、早く入ろ? おばさんも別に怒ってないから。大丈夫だよ。いつも通りで」
「っ、くぅううう~!」
なんか釈然としない。
この美咲の諭し方、何故だか知らないけど納得いかない。
「わかった。分かったってば。入るよ。入りますよ! ただいま!!」
「そんなヤケクソみたいに言わなくてもいいのに」
……どうして扉を開けてすぐそこに待ち構えてるんだよ。うちの母上様は。
うるさかったか。さっきの声、そんなにうるさかったか?
「おばさん、どうもー。きっくん確保しましたよー」
「はーい、ご苦労様ね。美咲ちゃん何食べたい? あの人すっかり張り切っちゃってて」
「とりあえず今はゆっくり温まりたいなーって」
「ごめんねぇ。うちの子が迷惑かけちゃって。あっちでゆっくりしてて。こたつあったまってるから」
おいこら。病み上がりとっ捕まえて言うことそれか。
「いえいえ、いつものことですから。……ほら、きっくんも」
「待って。何この体勢。俺、容疑者か何か? クリスマスはもう終わったけど?」
「え……なんでクリスマス?」
「なんでって……それはもう、俺の口からは恐ろしくてとてもとても」
「何が!?!!?」
うるせぇやい。そんなに気になるなら自分の行動を振り返ってみればいい。
駄目なら来年、監視カメラでもなんでもつけておけばいいんだよ。
「またそうやって美咲ちゃん困らせて……綾河さんのところにも伝えておくからね。すぐに来るから」
「どうぞご自由……は? 来る? どうなってんの。まだ大晦日でもないのに。俺の帰宅が周知の事実になってたりする?」
「「今更気付いたの?」」
「何その目。馬鹿を見るみたいな。今の今まで何の情報もなかったんだけど。俺」
どうやって気付けって言うんだよ。
イリアが言い出した時にはまだ細かい日程だって決まってなかったじゃん。その日に、とか無茶苦茶言ってたけど。
「で、リーク者は? 誰。どこの誰」
「誰って……橘さんの妹さんよ。さっき、連絡があってね。あと二〇分くらいで着きますよ、って。綺麗な声だったわよ?」
(イリアぁあああああっ!!?)
あいつだ。絶対あいつだ。思いっきりチクったなイリアめ!
なんてことをしてくれやがる。
こうなりゃヤケだ、って驚かせようと思ってたのに。
「そもそもね。帰るならあんたの方から連絡しなさいよ。ウチにだって買い物の都合があるんだから」
「普段は冷蔵庫の九割を酒が陣取ってるこの家に?」
「あなたー? 年越しソバの材料、一人分浮いたわよー」
「せこっ……」
だからまだなんだって。気が早いって。
毎年毎年ギリギリまで放っておくくせにどうして今年に限って……まあ、いいけど。




