013
(危ねぇ危ねぇ。こいつの喧嘩早さナメてたわ)
逃げられそうならそのまま逃げろっつの。
躊躇いなく迎撃しようとしやがって。
おかげで予定狂っちまったじゃねぇか。
(ちとタイミング間違えたかもなぁ……危なくない程度に逃げられりゃそれでいいってのに)
連中は連中で使えもしねぇ。
迷惑かけてばっかなんだからそのくらい役に立てっつの。
そもそもこいつらが余計なことしなけりゃそんな必要もねぇのに。
(大事なのはそこじゃねぇんだよ)
今の天条があのクソ犬仕留められることくらい分かってんだよ。
(こりゃあ橘の話もマジかもな。Dランの伸びじゃねぇ)
ったく、こんなヤバいやつさっさと保護しとけよ。
調べさせてもまともな情報がこれっぽっちも入ってこねぇ。
諜報班がサボるわけねぇし、資料にもないとなると……
(ただ珍しいってだけじゃねぇわなぁ……)
例外なんざそう見つかるわけがねぇ。
……もう少し、見極めるための時間が必要だな。
「で、結局どういうつもりで俺を走らせたりしたんですか? 囮に使う必要、なかったんですよね?」
「ホー、そのくらいは気付いたか。ま、それならそのまま自分で考えろ。教えてやるわけねぇだろ」
「秘密主義っぽく振る舞ったって今更師匠がミステリアスな雰囲気とかだせるわkぁがががががが!!?」
「誰がんな馬鹿なこと言った? えぇ??」
またそうやってヘッドロックかけやがって!
もうなんか慣れた気がする。痛いけど。それでもめちゃくちゃ痛いけど。
なのにどうしてか痕が残らない不思議。……あ、やっと終わった。
「全くそうやってすぐ暴力に訴えて……悪い癖ですよ? 俺、一応敵じゃないですからね?」
「悔しかったら抜け出せるくらいの力つけるんだな。ハッ」
「その間にもっと力つけるなんてことにならなきゃいいですけど」
「どうだろうなぁ?」
あ、やる気だこの人。
何考えてるんだろう意味が分からない。
今の時点で出鱈目に強いっていうのに更に強くなるって?
まだこっちは師匠の本気すら引き出せないっていうのに?
なんか、さっきの連中が哀れに思えた。
こんなインチキ野郎とやり合わなきゃいけないとか。普通に絶望。
「まあいいですよ。こんな短期間で何年も戦ってたであろう大エース様を抜けるわけがないってことくらい分かってますから。……同じ年齢の時の能力がどうかは、分かりませんけどね?」
「やれるもんならやってみろよ。完全勝利決めてやっから」
はっ。言ってくれる。
中学が無理なら高校、高校が無理なら大学。
まだチャンスは十分ある。真正面から追い越そうと思ったらその後。
自分の力に胡坐かいてくれるような人ならまだなんとかなったかもしれないのに。
まあ、だからいいんだけど。
「……きっくん? そんなところで何してるの?」
……なんかまた幻聴が。
しかもすごい。今度は幻影のセットだ。なんかこっちに向かって――
……いや、あれ本物じゃん。
「みみみみみ美咲!? なんでこんなところに!?」
「それ私が先に聞いたから。……もう一回聞くね。なんで?」
「いやっ、例の人とちょっといつもと違うコースを走ろうって……」
「あの人ってどの人? 誰もいないけど」
「……あ?」
逃げやがったなあの野郎!
さっきの大学生くらいの連中もいない。
師匠と話してるときはまだ伸びっぱなしだったし、また何か変なことした?
やりかねないのが怖い。やっぱり瞬間移動も出来たんだ、あの人。
全く気付かなかったよこんちくしょう。あとで覚えとけよ。
「大丈夫? きっくんやっぱり疲れてるんじゃない?」
「違うから。居もしないお化けを見たとかそんなのじゃないから。なんなら幽霊の比じゃないくらい怖い怪物だから」
「またそんなわけの分からない話ばっかり……」
本当だから。今回ばっかりは本当だから。
でも、なんで信じてもらえないんだろうとは思わなかった。思えなかった。
さっきまで隣にいた人が瞬間移動めいた動きで消えたんですって言ったって信じてもらえるわけがない。
そんなこと言ったらきっと、次の瞬間には病院だろう。
あと、日ごろの行い。主に俺の。
このままオオカミに食われるってか。さっき襲われそうになったばっかりなのに笑えねぇよ。
「ごめん美咲。あの人、音速飛行が趣味なんだ」
「そんな速度で身体が無事だと思う?」
「……ですよね」
本当なんだよ。本当にやるんだよあの人。
誰にでもできるわけじゃない。そのくらいの常識は残ってる。
でも、今更あの人が何をやっても最後は『師匠だし』の一言で終わり。思考停止最高。
「いいんだけどね。危ないことしてなかったら。……そうなんだよね?」
「俺への信頼、低すぎない?」
「半年も経ってないのに忘れるわけないでしょ、あんな話」
それよりバレないようにしないと。
美咲が言う『危ないこと』そのものに今の今まで巻き込まれかけてたんだから。
……本当、巻き込まれなくてよかった。
「その辺りはとりあえず大丈夫。多分。それより美咲は? この辺スーパーとかあったっけ」
「んーん、今日はお母さんの知り合いに届け物。きっくんも会ったことない? 音楽教室開いてるあの人」
「ああ、あのいかにもピアノ弾いてそうな」
「弾いてるからね。弾いてそうっていうか、実際に弾いてるからね?」
それもそうか。
正直殆ど話した覚えはないけど顔は覚えてる。
眼鏡をかけたおばあさん。
子供ももいないし、美咲がその音楽教室に通ってたわけじゃない。
おばさんの知り合いにしてはちょっと年が離れてる気がしたけど、まあ多分、色々あるんだと思う。
「おばさん自分で行けばいいのに。体調悪いとか? 手伝えることなら手伝うけど」
「他に予定があったんだって。そのくらいちゃんとしておいてほしかったよ、もー」
「弟か妹だったりして」
「ないから。さすがにないから。ただでさえ大きな弟がいるのに」
「誰がだオイ。俺は赤子と同レベルの扱いかよ」
失礼だなこの野郎。
「まあ、実際ないか。ほとんど親子レベルの年齢差じゃん。美咲ママぁー」
「……きっくん?」
「すみませんでした」
今の目はマジだった。
背筋凍ったよ。冗談抜きで。
美咲の殺気だけは一〇〇メートル離れてても分かる自信がある。
「こんな調子でよく否定する気になったね。弟の話」
「普通の姉弟、こんな関係じゃないと思うんだけどな?」
高橋とかほとんど顎で使われてるらしいし。
……気のせいかな。さっきから美咲の表情が変わってないような……
「あ、そうだ。そんなにしてほしいならやってあげる。服まで全部用意して写真撮って静乃ちゃんにメールしてみよっか?」
「ごめんなさい許してください俺が悪かったです美咲様」
殺す気か。俺を社会的に殺す気か。
謝ったじゃないですか。ねぇ。
いつもならそこで終了コースだったのに。
まさかまた機嫌悪いんじゃないだろうな。なんとか話変えないと。
「それよりどうしてあんな狭い道通ってたんだよ。あのあと何回も注意したのは美咲だろ? 変なの出るかもしれないってのに」
「変なこと言う幼馴染ならそこにいるよ?」
「なんか今日機嫌悪くない? なぁ?」
変なスイッチ押したっけ? 今日ばっかりは――
「仕方ないでしょ。あの道が一番近いんだから。呼びに行ったらきっくんいないし」
「もしかしなくても俺のせい?」
俺が原因だった。
それだと師匠のトレーニングの時間とか……むぅ。
「ごめん次から気を付ける。なんならケータイ鳴らしてくれてもいいから。美咲の説教ボイスに変えとく」
「それならもう……待って? いつ録ったのそんなの?」
着歴は……げっ、一〇件も。そりゃ機嫌悪くなるわ。
「……隙を見せた美咲が悪い、とか?」
「いいよそれならケータイ貸して! すぐに消すから!!」
「キャー、ドロボー」
「そんな調子でよく人に盗聴とかなんとか言えたよね! ねぇ!!?」
やっば、気付かれるつもりなかったのに。
別に狙って録音したわけじゃ――
「(……は?)」
狙ってたわけじゃなかった。
予想なんてこれっぽっちもしてなかった。
気付いたときにはもう、自分の手が美咲の目と口を塞いだあとだった。
「(き、きっくん!? 喋りづらいんだけど! せめて目は止めて!?)」
「(ごめん、本当にごめん。……事情は後でちゃんと説明するから)」
……どうして、またあの化け犬がここに。
そのまま一〇分。
ひたすら黙って、なんとかやり過ごせた。
他の使い手はどこにもいなくて、結局、どうしてこんなところに出たのか分からないままだった。




